『ほんとうの星』『そらごとの月』刊行記念トークショー 今、表現者は何を伝えていくのか? 長田真作×小島慶子

不安と付き合って生きていく

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ついに発売された長田真作最新作『ほんとうの星』『そらごとの月』。この本の発売を記念して本屋B&B主催で行われたオンライントークショーの模様を誌上再現いたします。長田真作さんと語り合うのは、親交がある小島慶子さん。タレント活動をしながら、エッセイや小説を執筆されています。また社会に対する様々なメッセージも発しています。第2話は、そんなふたりの20代の息苦しかった時代の話です。

プロフィール(ページ下部へ移動します。)

『ほんとうの星』。帯は俳優の松坂桃李さんが寄稿。
『ほんとうの星』。帯は小島慶子さんが寄稿。
「まぶたの裏に流れる、不思議な幾何学模様
眠りに落ちる瞬間の心許なさ 人混みで感じる孤独
からだに閉じ込められた景色を 音と色彩に翻訳した、魔法の本。」

ビジュアルでおどろかせたい

月並みな表現になっちゃうんですけど、長田さんの絵の世界観ってすごい独特ですよね。帯にもちょっと書かせていただいたんですけど、私は長田さんの絵を見ると、眠りに落ちる時に見える得体の知れない奇妙な世界みたいなものが引っ張り出されるんですよ。ご自身としては、どんなことを読む人に期待して、こういった不思議で目が離せない絵をお描きになってるんですか?

小島

やっぱり読者をおどろかせたいっていう思いはありますね。僕が高校生のとき、たくさんの魑魅魍魎たちを描いた奇妙な年賀状を送ってたんですけど、それもびっくりさせたいっていう思いがあってやってたんですね。だから、その部分は本質的に変わってないと思います。

長田

どんな年賀状なんだろう(笑)。ちょっと見てみたいそれ。

小島

ちなみに、両親には「新年早々そんな不吉な年賀状を送るな」って怒られました(笑)。

長田

読者をおどろかせたいっていうことですけど、それはストーリーとかでというよりも、絵でっていうことですよね?

小島

そうですね。前回、はじめに構想を練ったりコンセプトを決めたりしないって言ったこととつながるんですけど、そうやって制作することで絵が「意味」とか「文脈」から自由になって、よりビジュアルが際立つことになると思うんですね。そういう、ビジュアルがより浮かび上がる世界で、自分の絵でどれだけ人をおどろかせられるかっていうところを作家として大事にしています。もちろん、それを読者がどう感じるかっていうのも興味ありますけどね。

長田
『ほんとうの星』
『そらごとの月』

絵本作家になったわけ

ところで、私はその昔テレビのアナウンサーをやってたんですけど、そのときにテレビっていうのはいろんな手を使って視聴者に見せたいものを見せるっていうメディアだって感じたんですよ。テロップとかワイプとか効果音を使って、「ここを見て!」「はい次はここ見て!」っていうふうにね。

小島

たしかに誘導型ですよね。

長田

その良し悪しはさておき、作り手が視聴者を誘導して見せたいものを見せるっていうのがテレビというメディアの特性だと思うんですけど、反対に絵本っていうメディアはすべて読者の自由ですよね。だから、読者に見せたいものが見てもらえないとか、テレビみたいに説明が入ることもないから長田さんの作風だと特に「これなにを描いているの?」っていう人もわりといると思うんです。表現手段として絵本というメディアを選んで、伝えたいことが伝わらないみたいな不安はないですか?

小島

それはないですね。というか、そもそも何かを表現したいから絵本を描き始めたとか、表現手段を求め続けて絵本にたどり着いた、とかそういう絵本作家らしい背景はなにひとつないんですよ(笑)

長田

えーそうなんですか!? じゃあどうして絵本の世界に?

小島

それは大先輩の作家である五味太郎さんと出会ったことが大きかったですね。20代中盤の時に五味さんの絵本と出会って衝撃を受けて……。

長田

なるほど。五味さんの絵本との出会いはどこかの書店でたまたま手にとったんですか?

小島

僕は広島の高校を卒業して東京に出てきて、学童保育のアルバイトをしていたんですね。そこで五味さんの本がとても人気があって、「なんでこんなに人気なんだろう?」って思って読み始めたのがきっかけでした。その後、知り合いのツテを頼りにご本人に連絡すると、直接会ってくれて、いろいろお話してくれたんですよ。そしたら、どういうわけか心が軽くなって、絵本を描いてみようと思ったんですよ。

長田

不安と付き合っていく手段としての表現

心が軽くなったっていうのは、当時なにかに行き詰まったり不安を抱えてたり鬱屈した日々を過ごしてたんですか?

小島

そうですね。当時20代半ばでしたが、鬱屈したことすら気づいてない末期状態だったと思います。

長田

私にもその鬱屈した若者時代っていうのがあって、ちょうど『ほんとうの星』を読んでてそのときのことを思い出してました。たとえば、フラミンゴみたいな生き物が家と地面の隙間に挟まっちゃってるページがありますよね、「あれ、あなた 大丈夫ですか?」って聞くと「気づいたら はさまっていたのさ でも 心配ご無用 これも悪くないぜ」ってそのフラミンゴが答えるんですけど、首は90度に曲がって挟まっちゃってて。

小島
『ほんとうの星』フラミンゴが挟まれているページ。

ありますね。

長田

このページが私はとっても好きなんですよ。会社に勤めるようになって、若者らしさとか女の子らしさとかそういういろんな型に自分自身が押し込まれて、このフラミンゴみたいに体がちょうどピタッと角に挟まっちゃったような息苦しさがあったんですよね。最初は苦しいんだけど、段々適応しちゃって、挟まってるの良くないよなとも思いつつも、「まあ落ち着いちゃったしいっか」てね。そうやって引き裂かれてた過去の自分が浮かんできましたね。

小島

そこまで投影してくださって光栄です。

長田

一方で、挟まってるフラミンゴだった当時の自分の内面は、青の『そらごとの月』の世界みたいでしたね。自分の正体も知らないし知りたくない、でも安らぎは得たい、でも、いつも何か頭の中に色んなものが湧いて出てきて気持ちが休まらないっていう状態。だから、このご本読んでを、ほんとにその10代から20代半ばぐらいまでにかけての自分に思いを巡らせてました。

小島
『そらごとの月』「もう、まっぴらだ…… わたし」「ウン、決めた…… わたし」。

そんな深く読み込んでいただいてありがとうございます。今回の2作ってちょうど自分が鬱屈してたときに描いてたものなんですけど、描き終わってみてこれが不安や心配に対する自分なりの付き合い方なのかなと思いました。不安を解消するとかではなく、あくまで不安と付き合っていく方法というか。

長田

その捉え方って素晴らしいですね。表現って、何かを発散して世に訴えるとか自分を世に打ち出すみたいなイメージもありますけど、不安との折り合いの付け方、不安と一緒に生きていくための一つの方法っていう捉え方はすごくいいですね。だからなのか、長田さんの本って「わけのわからないものと出会ってしまった!」って不安な気持ちにさせられるけど、かといって嫌な気持ちにはならないというか。

小島

そうだとありがたいですね、ほんと。

長田

ひとりの選択が社会を変えていく

プロフィール

©︎ 阿部祐介
長田真作(ながたしんさく)
1989年生まれ、広島県出身。2016年に『あおいカエル』(文・石井裕也/リトル・モア)で絵本作家としてデビュー。『きみょうなこうしん』『みずがあった』『もうひとつのせかい』(以上、現代企画室)、『風のよりどころ』(国書刊行会)、『すてきなロウソク』(共和国)、『とじてひらいて』(高陵社書店)など多数の作品を手がける。また、漫画『ONE PIECE』のスピンオフとなる絵本『光と闇と ルフィとエースとサボの物語』や、ファッションブランドOURETへのデザイン原画提供など、多分野のクリエイターたちとのコラボを実現させた。2018年には、渋谷ヒカリエで『GOOD MAD 長田真作 原画展』を開催。近著に『のりかえの旅』(あすなろ書房)、『おいらとぼく』(文化出版局)がある。
小島慶子(こじまけいこ)
1972年オーストラリア生まれ。幼少期は日本のほか、シンガポールや香港で育つ。学習院大学法学部政治学科卒業後、1995年にTBSに入社。アナウンサーとしてテレビ、ラジオに出演する。1999年、第36回ギャラクシーDJパーソナリティー賞を受賞。ワークライフバランスに関する社内の制度作りなどにも長く携わる。2010年に退社後は各種メディア出演のほか、執筆・講演活動を精力的に行っている。『AERA』『VERY』『日経ARIA』など連載多数。著書に『解縛』『るるらいらい』小説『ホライズン』ほか多数。最新著書『曼荼羅家族 「もしかしてVERY失格!?」完結編』(光文社)が話題に。現在は東京大学大学院情報学環客員研究員として、メディアやジャーナリズムに関するシンポジウムの開催なども行っている。昭和女子大学現代ビジネス研究所特別研究員。

構成:常松心平、笹島佑介