ポップ・サイエンティスト きのしたちひろ

博士になりました!

この記事は約6分で読めます by 常松心平

今回から海洋生物の研究者であり、イラストレーター、デザイナーとしても活躍するきのしたちひろさんのインタビューです。
今回が最終回、きのしたさんの「これから」についてうかがっていきます。

きのしたちひろ
東京海洋大海洋科学部海洋環境学科卒業後、東京大学大学院大気海洋研究所へ進み、佐藤克文教授に師事し、バイオロギングの手法でウミガメの生態を研究する。ウミガメの研究費のクラウドファンディングに成功し、注目を集める。生物・教育系の書籍や児童書のイラスト、研究機関のロゴやグッズ作成などデザイナー・イラストレーターとしても活動。野鳥専門誌「BIRDER」と釣り専門誌「へら専科」にて毎月連載中。 2020年博士号を取得。
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いつかは南極で研究を

博士号取ったんだよね! おめでとう!!

心平

ありがとうございます(笑)無事取れました。

木下

博士課程終わって、これからはどういう道があるの?

心平

いろいろな道がありますね。たとえば、他の大学の助教っていうポストに就いたり、ある研究プロジェクトの研究者として雇われたり。私の場合はお金をいただきながら研究をできる事になっていて、その任期が来年度まであります。なので、一応今いる研究室に、来年度まで所属する予定です。それ以降は決まってないので、仕事探しですね。

木下

他の大学で助教っていう道も考えてるの?

心平

その道も選択肢の一つとして考えています。ただ険しい道ではあります。そういうポストの多くは研究能力と同時に学生の教育能力も求められます。今の研究チームに後輩がいるのでいろいろ教えることがあるんですけど、教えたいことをうまく言語化して伝えるのが難しくて……。そうなった時のために今から練習が必要ですね。

木下

そうか、大学の先生ってなったら研究だけってわけにはいかないもんね。

心平

大学で自分の研究室を持つとそこに学生が入ってくるので、研究成果を一緒にまとめて世に送り出すという仕事は必須だと思います。

木下

大学じゃなくて研究所で職を得るっていう道もあるんだよね?

心平

あることにはあります。ただ、ウナギとかマグロとか食用になって人間の生活に役立つ生き物、いわゆる有用種を研究していればポストはそれなりにあると思いますけど、ウミガメの研究者の場合はあまりないですね。でも、ポストの少なさを理解した上でウミガメの研究を選んだし、そういう事態も見越してイラストを描いている部分もあるんですけどね。

木下

でも、イラストもできるっていう部分をおもしろがってくれる大学とか研究所とかあるかもしれないよね。

心平

そうですね。あればうれしいですね。

木下
『クジラのしらべかた』より。木下さんが研究者の青木かがりさんといっしょにつくった本。クジラシールつき。

ところで、卒業後も同じ研究室で研究するって言ってたけど、それはウミガメの研究をするの?

心平

そうですね。一応継続して研究するつもりです。ただ、まだ決定してないんですけど、とあるプロジェクトのメンバーとしてお誘いがあって。念願のクジラの研究ができる可能性がでてきました!

木下

そうなの? やったじゃん! 夢が叶うといいね。クジラ研究以外にも何かしたい研究ってあるの?

心平

実は、南極に行ってみたいという夢がありまして……。

木下

南極! いいね。誰でも行けるもんじゃないと思うけど、行けそうなの?

心平

例えば国立極地研究所などでポストを得ることができれば、行ける可能性が高まるかもしれませんね。

木下

実際に南極に行くまでにどれくらいかかるもんなの?

心平

申請が通って健康診断とかあって、諸々の書類を提出して準備もして……とかで大体1、2年後とかじゃないですかね。私の場合は今決まってるプロジェクトでの研究が終わってからなので、だいたい2、3年後に行けたら嬉しいなと思います。。

木下

なるほど。2、3年後ね。南極ではクジラを研究するの?

心平

ペンギンかアザラシなら実現性がありそうです。彼らはウミガメと同じ肺呼吸動物なんですけど、潜水中の生理状態に興味があります。ウミガメとも比較できますし。

木下

そうなんだ。そのへんはかなり柔軟なんだね。

心平
『クジラのしらべかた』より。

生き物の魅力を伝える

将来はこうなりたいっていう青写真は描いてる?

心平

研究者をやりつつイラストを描いて、一般の人に最新の研究のアウトリーチ活動※ができることが一番の理想ですね。

木下

※研究成果を広く一般の人に知らせること。

アウトリーチね。大事だね〜、僕なんかもそうだけど、そもそも何でウミガメの研究をしているのかもわからないもん。「ウミガメの研究してどうなるの?」とか聞かれたらなんて答えてるの?

心平

一言で答えるのは難しいですね。私たちは、生き物に対する純粋な好奇心で研究してるんですけど、研究している領域の中にまだ発見されていない社会に役立つものがあって、そういった有用なものを二次的に発見するために研究しているのかなと思っています。

木下

というと、具体的にはどういうことだろう?

心平

たとえば、私たちとしてはウミガメに記録計をつけていろんなデータをとっています。これは純粋にウミガメの生態に興味があってやってることですけど、最近になってウミガメの遊泳時の深度や水温のデータが台風の発達予測とかに使えるんじゃないかと言うことがわかってきたんですよ。

木下
『DIVER』に寄稿した記事。

え⁉ なんでウミガメのデータが台風と関係あるの?

心平

台風の発達は海の水温にかなり依存してるんです。台風が強くなるか弱くなるかは、ある一定の温度以上の水の層が海面からどれぐらいの深さまで続いているかということに依存していて、そういうデータは台風の発達とか進路を予想するために重要なんですよ。

木下

でもそういうデータって気象庁が取ってるんじゃないの?

心平

もちろん気象庁の人たちは昔からブイとかを海に流してデータを取ってるんですけど、1つのブイを流すのに2億円とかかかるらしいんですよ。お金がかかるからブイをたくさん流せない、ブイをたくさん流せないから、データを取れない空白の部分がたくさんでてくる、そうすると予測精度も上がらないんです。

木下

でもウミガメなら…… !?

心平

そう、ブイでデータを取れない場所でも記録計をつけたウミガメならデータを取ることができるんですよ。そうやって取ったデータを気象予測をしている方々に渡してるんですけど、かなり予測精度が上がってきてるそうです。

木下

なるほど。たくさんデータが取れればすごい役立つね!

心平

そうですね。ただ、そういう社会に役立つ発見って、10個の研究のうち1個でも当たればいいほうで、ほとんどは外れちゃうんですよね。その外れた研究っていうのもみなさんが納めている税金でやらせてもらってるので、自分がやりたいようにやってそれで終わりではなく、何らかの形で社会に還元したいと思っています。

木下
論文を執筆するきのしたさん。

その還元っていうものの1つがアウトリーチなんだね。

心平

はい。研究者の中で「我々ができる社会貢献とはなにか」と言う議論はいつもあるんですよ。防災に役立つとか、生物多様性に繋がるとか、持続的な自然環境に寄与するとか……。いろいろ考えてるんですけど、私は子どもたちを楽しませたり一般の方々に知ってもらったりすることも、素朴だけど立派な社会貢献の1つかなと考えています。

木下

僕たちも生き物図鑑とか作ってるから、本の作り手としてアウトリーチの一端を担ってると思うんだけど、アウトリーチへの情熱を持ってる研究者がいるとありがたい。そういう研究者がいるから本をつくれるわけだよね。

心平

私自身、生き物の研究者になろうと思ったきっかけが、生き物図鑑とかを読んだときに受けた「生き物ってめっちゃおもしろい!」っていう感動や知的好奇心ですからね。心平さんみたいな編集者の方々の力を借りつつ、今度は私が自分の研究やイラストを通して子どもたちに感動や知的好奇心を与えられればなと思います。

木下

じゃあ、まずは303 BOOKSで本をつくろう! 子どもが一生忘れないような本にしたいね。ということで、今回はきのしたちひろさんにインタビューしました!じゃあ、次回は打ち合わせで!

心平

CREDIT

クレジット

聞き手
303 BOOKS(株式会社オフィス303)代表取締役。千葉県千葉市の埋めたて地出身。バイク雑誌、パズル雑誌を経て、児童書の編集者になる。本は読むものではなく、つくるものだと思っている。
撮影
千葉県千葉市美浜区出身。ゴースト・オブ・ツシマにはまってます。パンダが好き。
構成
株式会社オフィス303の元社員。黒豆で有名な兵庫県丹波篠山市出身。2017年に日本を飛び出して1年ほどラテンアメリカ諸国を行脚する。現在はライターやフリー翻訳者として働きながら超低空飛行で生き延びる。