ポップ・サイエンティスト きのしたちひろ

ウミガメはじめました

この記事は約7分で読めます by 常松心平

今回から海洋生物の研究者であり、イラストレーター、デザイナーとしても活躍する
きのしたちひろさんにインタビューします。
きのしたさんは、実は学生時代、303でアルバイトしていたという過去も。
科学とアートを、ポップに結びつける、きのしたさんのルーツを探ります。

きのしたちひろ
東京海洋大海洋科学部海洋環境学科卒業後、東京大学大学院大気海洋研究所へ進み、佐藤克文教授に師事し、バイオロギングの手法でウミガメの生態を研究する。ウミガメの研究費のクラウドファンディングに成功し、注目を集める。生物・教育系の書籍や児童書のイラスト、研究機関のロゴやグッズ作成などデザイナー・イラストレーターとしても活動。野鳥専門誌「BIRDER」と釣り専門誌「へら専科」にて毎月連載中。 2020年博士号を取得。
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タタミからウミへ

久しぶりだね~。303で働いてたのって何年前だっけ?

心平

私が大学2年か3年だったので、8~9年前ですね。

木下
学生時代、北海道で撮影したエゾシカ。旅行に行けばこういうシーンに出会えるのがきのしたさん。「持っている」感がすごい。

当時は東京海洋大学(以下海洋大)の学生だったよね。やっぱり高校の頃から海の生き物の研究をしたいって思ってたの?

心平

実はそういうわけでもなかったです。父親が柔道整復師っていうこともあって中学から高校までずっと柔道をやっていて、その当時は体育大学に行きたいと思ってました。クラスも文系でしたね。

木下

柔道!? 体育大と海洋大の振れ幅すごいよ!?

心平

当時は柔道選手になってオリンピックに出たいって思ってたんで、かなり真剣に打ち込んでいました。でも、結局中国四国大会で3位というのが最高の結果で、「将来、柔道でやっていくのは無理かも」って思ったんです。

木下

それでも、海洋大を目指すようになるまで、まだ結構飛躍があるよ!? 

心平

ほかに自分が好きなものを考え直したときに、海洋生物が出てきたんですよ。子どもの頃からクジラとかが好きで、図鑑とかよく読んでましたから。それで、海洋生物を勉強できて、文系でも合格できそうな大学を探してたら、海洋大にたどり着きました。

木下

文系でも合格できるの!?

心平

普通、理系の大学とか学部だと、二次試験で「数ⅢC」っていう文系の人が履修しない科目が出るんですよ。でも海洋大の試験ではそれが出なかったので、文系の私でも1年くらい浪人したら、なんとか合格できるかなと。

木下

で、見事合格したんだね。すごい! なんていう学部に入ったの?

心平

海洋科学部の海洋環境学科のところに入りました。

木下

海洋大ではどんなことを学んだの?

心平

海中ではどういう場所に栄養が集まりやすいとか、この生き物がこんな場所でこういうものをエサにしているとか、海洋環境や生態系について勉強しました。あと、クジラの研究をやりましたね。

木下
学生時代、きのしたさんが沖縄で撮影したザトウクジラ。やはり「持っている」。

その頃に、好きだったクジラの研究をしてたんだ。夢叶って。

心平

そうですね。クジラは海を回遊しながら暮らしてるんですが、その移動は鳥の「渡り」のように季節ごとに行われるんですよ。卒論ではクジラが季節ごとに移動する理由をさまざまな環境要因から研究しました。

木下

大学院は東京大学大気海洋研究所だよね。なんでそこに決めたの?

心平

研究所にバイオロギング※で有名な佐藤克文先生がいたからですね。佐藤先生は「自分が研究していることを一般の方々にも広めないといけない」っていう考えを持っていて、大人向けから子ども向けまでたくさんの著作があるんですよ。先生の研究内容がおもしろいそうだったのはもちろんですけど、そういう姿勢に感銘を受けたんです。あと先生はTBSの『情熱大陸』に出てらしたんですけど、それを観て、学生を大事にする方だなと思ったのも決め手でしたね。

木下

※バイオロギング=データロガーという小型記録計を動物にとりつけて速度・加速度・位置情報などの行動データを得たり、小型カメラを取りつけて動物目線の映像を得たりして,実際の行動や生活環境を調べる科学のこと。東京大学大気海洋研究所教授の佐藤克文先生はバイオロギングを用いた研究の第一人者。

海洋生物の遊泳速度、推進、水温、映像などが記録できるデータロガー。

そうなんだ。先生は優しい?

心平

はい、よかったです(笑)

木下

クジラからウミガメへ

今はその佐藤先生の研究所でウミガメの研究をしてるんだよね。なんでウミガメになったの?

心平

クジラの研究をするつもりで研究室に入ってきたんですけど、クジラの研究はけっこうお金がかかるんですよ。それに、バイオロギングサイエンスでは動物にデータロガーをつけて色々なデータを記録して研究するわけですが、クジラの場合は、移動距離もすごいので、データロガーの回収率がすごい悪いんですよ。だから、先生に「すぐにクジラを研究するのは難しいよ。今すぐに研究できるのはウミガメか魚、もしくは鳥かな」って言われて……。

木下

ウミガメのことはある程度勉強してたの?

心平

いやまったく(笑)。だから、そのときにどんな種がいるのかっていう初歩的なことから勉強し始めました。勉強するうちにクジラとは違うウミガメのおもしろさも見つかって、今はウミガメ専門で研究してます。

木下
岩手県でウミガメの調査をするきのしたさん

ウミガメってお母さんウミガメが砂浜に穴をほって涙を流しながら卵を産んで、その何か月後に孵化した子どもたちが海に入っていくっていうイメージくらいかな~。

心平

じつはウミガメってほとんど生態が知られてないんですよ。砂浜で孵化して海で成長して、メスなら産卵するためにまた砂浜に戻ってくる、これ以外の部分、つまり、ウミガメが子どもから大人になるプロセスは全然わかってないんですよ。

木下

その時期は海中にいて観察が難しいから?

心平

そうです。だから、バイオロギングという手法を用いて我々の見えないところでウミガメが何をしているのかを調べています。

木下
産卵のため上陸したアオウミガメ。

なるほど~。バイオロギングのおかげでわかったことってなにかあるの?

心平

たとえば、ウミガメが何を食べているのかもくわしく知られてなかったんですが、クラゲやウニを食べてることとか、クラゲとまちがえてビニール袋を食べてしまうこととか色々分かってきましたね。

木下

へーっ! そういう発見ができるのはおもしろいね。

心平

さっきも言ったようにウミガメが子どもから大人になるまでの期間にはわからないことがまだまだいっぱいありますね。私達はその期間を「青春時代」って呼んでるんですけど、私が集中的に研究しているのはこのウミガメの青春時代です。

木下

ウミガメはどう青春時代を過ごすの?

心平

まず、孵化した子どもは沖を目指して2、3日間泳ぎつづけます。沿岸には海鳥とか大きな魚がいて食べられてしまうので、敵のいない沖合へと逃げるわけです。うまく逃げられたら沖のほうをぐるぐると回ったりたまに沿岸に近づいたりしながら成長していって、繁殖できる状態になったら自分の砂浜に戻ってくるんです。ただ、その大人になる過程で、ウミガメたちは三陸海岸に立ち寄っていることがわかったんです。

木下

それが青春時代!?

心平

そうです。調べてみると体は大人のウミガメよりやっぱり小さいんです。
三陸に来ているウミガメは、アカウミガメは小笠原諸島生まれ、アオウミガメは屋久島出身なんです。

木下

そうなんだ。そんな南から来ているんだね。

心平

私は、三陸のウミガメが三陸の海中でどんな行動をとっているのか、三陸を離れた後、どこに移動していくのか、どれくらいの時間をかけて大人になるのかを調べています。

木下

どこまで移動するの?

心平

岩手でウミガメに発信機をつけて放して回遊ルートとかを記録するんですが、東は日付変更線を超えますね。北は歯舞諸島あたりまで行きます。南は石垣島とかそのあたりですね。

木下
きのしたさんが自身の研究をわかりやすく示した図。

日付変更線って日本から見てハワイのちょっと手前あたり!? けっこう遠いところまで行くんだね。

心平

そうですね、私もびっくりしました。これまで沖合はほとんどエサがないから生きのびるのは難しいと思われていたんですけど、ウミガメは飢餓に強くて1、2ヶ月食べなくても大丈夫なんですよ。

木下

すごい! いろいろウミガメのおもしろい話が出てきたので、次回もう少しウミガメの研究についてくわしく聞かせてね!

心平
きのしたさんが描いたウミガメ研究の絵。

バイオロギングの世界

CREDIT

クレジット

聞き手
303 BOOKS(株式会社オフィス303)代表取締役。千葉県千葉市の埋めたて地出身。バイク雑誌、パズル雑誌を経て、児童書の編集者になる。本は読むものではなく、つくるものだと思っている。
撮影
千葉県千葉市美浜区出身。ゴースト・オブ・ツシマにはまってます。パンダが好き。
構成
株式会社オフィス303の元社員。黒豆で有名な兵庫県丹波篠山市出身。2017年に日本を飛び出して1年ほどラテンアメリカ諸国を行脚する。現在はライターやフリー翻訳者として働きながら超低空飛行で生き延びる。