ポップ・サイエンティスト きのしたちひろ

バイオロギングの世界

この記事は約6分で読めます by 常松心平

海洋生物の研究者であり、イラストレーター、デザイナーとしても活躍する
きのしたちひろさんのインタビュー第2回です。
今回はバイオロギングの手法を使った最新のウミガメ研究のお話をくわしくうかがいます。

きのしたちひろ
東京海洋大海洋科学部海洋環境学科卒業後、東京大学大学院大気海洋研究所へ進み、佐藤克文教授に師事し、バイオロギングの手法でウミガメの生態を研究する。ウミガメの研究費のクラウドファンディングに成功し、注目を集める。生物・教育系の書籍や児童書のイラスト、研究機関のロゴやグッズ作成などデザイナー・イラストレーターとしても活動。野鳥専門誌「BIRDER」と釣り専門誌「へら専科」にて毎月連載中。 2020年博士号を取得。
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海中を泳ぐウミガメをデータで「観る」

前回、ウミガメについていろいろ話してもらったけど、ウミガメの研究っておもしろそうだね~?

心平

楽しいです! 1つ新たな発見があると3つぐらい謎が出てくるんですよ。だから常に「これを解明したい、あれを解明したい」ってワクワクしながら研究してます。やり始めると止められない感じですね。

木下

それは最高だね! でも調査とか大変でしょ?

心平

そうですね。不測の事態がよく起こるんで調査は大変ですけど、ウミガメを追ってるとクジラや魚、海鳥とかほかの海洋生物も観察できる機会もあってうれしいですね。

木下

不測の事態というと例えばどんなことがあるの?

心平

嵐で定置網が壊れて調査するウミガメを確保できなかったり、反対に集まりすぎちゃったり。

木下

集まりすぎると都合が悪いの? 素人目から見たらいっぱい調べられていいじゃんって思っちゃうけど…。

心平

ウミガメを計測するときは1頭ずつ手作業で大きさを測ってタグをつけて放すんですよ。1個体の計測で大体1時間くらいかかるんですけど、たとえば15頭かかっちゃったら1日中計測しないといけないんです。私たち研究者の仕事は計測じゃなくて、計測したデータを用いて科学的知見を形にするというのが本分なので、計測にあまり時間は割けないんですが、そういう計測地獄みたいな事態におちいることがありますね。

木下
捕獲されたウミガメを計測するきのしたさん。

それはかなりハードだね…。調査自体はいつやってるの?

心平

毎年夏に岩手に行って調査してます。期間でいうと3ヶ月くらいですね。残りは研究とデータ解析ですね。

木下

データ解析っていうのはバイオロギングで得たデータってことだよね?

心平

そうですね、水温とか深度、加速度、遊泳速度とかですね。

木下
実際にウミガメにつけられデータロガーから取得されたデータ。

いろいろとれるんだ。そういうデータを時系列で並べたり3Dで表したりすることはできるの?

心平

できますね。頭が地球に対して東西南北のどちらを向いているかっていうデータも入っているので、例えば潜水速度と遊泳速度のデータを組み合わせると海中でウミガメどういうルートで泳いでいるかを3Dで展開することできますよ。

木下

すごいなー。観察できない姿を見るのって楽しそう!

心平

そういうデータを取れるのがバイオロギングの強みですね。

木下

得られた生のデータって全部数値だよね?それを解析して論文にするの?

心平

はい、解析前のデータは数値がただ並んでいるようなものなので、それを表にしたりグラフにしたり解読可能な形に整えます。そうして解析したデータを使って、ウミガメがどのように行動しているのかを論文にまとめていきます。この作業で大体9ヶ月くらいかかります。

木下

じゃあほぼ1年中研究・データ解析してるんだ。すごいね~。

心平

そこほめなくていいとこです。研究者なら当たり前なんですよ(笑)

木下
データを解析するきのしたさん

ところで、ウミガメっていってもいろいろ種類があると思うんだけど、なんていうウミガメを研究してるの?

心平

私がメインで研究してるのはアカウミガメっていう種ですね。この種は生涯を通じて長い距離を旅するウミガメで、鹿児島県の屋久島で生まれた子どもが黒潮にのって太平洋を横断してメキシコのほうまで行くことがあるんですよ。メキシコまで行って、ある程度成長したら産卵するためにまた太平洋を横断して屋久島に戻ってきます。

木下

すごい長旅だね。メキシコまでいって帰ってくるためにどれくらい時間がかかるだろう。

心平

だいたい10年くらいですね。ウミガメにマイクロチップを埋め込んで個体を識別することができるんですけど、私の研究チームが管轄してる定置網にメキシコのほうから来たと思わるウミガメが引っかかったことがあって、チップを調べたら10年前に屋久島から放流されたものだったんです。

木下

メキシコに行ったかどうかはそのマイクロチップじゃわからないの?

心平

マイクロチップに記録されているのは個体情報だけなので、メキシコまで行ったはわかりません。ただ、メキシコ付近の海に日本由来のアカウミガメがいるっていうのはDNA調査から明らかになってるんで、おそらくメキシコまで行ってるんだろうと考えられます。

木下
きのしたさんの三陸での活動をわかりやすく示したもの。

なるほど、じゃあ位置情報を得るためには他の機器を使うんだね。

心平

衛星発信機というものをつけます。この衛星発信機を使えば1時間に1回くらいの頻度で位置情報を追えます。電池は大体1年くらいしかもたないので、追跡できるのも1年くらいです。記録計のほかにカメラもつけますが、そっちは12時間くらいしかもたないですね。

木下

半日か。意外と短いね。どうやって回収するの?

心平

カメラはウミガメの甲羅についてるんですけど、カメラの土台と甲羅を固定しているケーブルがああって、時間がくるとケーブルが破壊される仕組みになってるんですよ。ケーブルが破壊されたら土台が海面に浮き上がって位置情報を発信するアンテナが伸びるんです。その位置情報をパソコンで調べて船で回収します。

木下

なるほど。回収できない場合もある?

心平

台風で遠くまで流されたりとか回収不可能な場所に入ったりして回収できなかったものはありますけど、わたしたちも死にものぐるいで回収しに行くので回収率は90%以上ですね。1セット300万くらいしますから…。

木下

300万⁉ そんな高いの⁉

心平

カメラ自体は市販のものなんですけど、ウミガメは深海300mくらいまで潜るんで耐圧加工しないといけなくて。その加工が結構かかるんですよ。あとは加速度計とかほかの記録計とかもつけるんですけど、それは100万~150万くらいしますね。まぁ、そんな感じで300万くらいです。

木下

衛星発信機も高い?

心平

そうですね。衛星発信機の場合は本体のほかに維持費がかかりますね。発信機自体は20万くらいですが毎月衛星の使用費みたいなので2万くらいかかるんですよ。だから、1年間1匹のウミガメに衛星発信機を使うと50万近くかかりますね。

木下

結構かかるんだね…。クラウドファンディングやってたのはやっぱりそういう研究費が必要だったから?

心平

そうですね。あの年は研究費が本当になくて。クラウドファンディングの存在は知ってたんですけど、自分からやってみようとは思ったことなかったんですが、ある日「木下さんはイラストが描けるから、支援者を募るための活動報告や支援者へのお返しの品も良いものができると思う。だから支援金を集められる可能性は高いんじゃないかな」って勧められてたんですよ。それで、「じゃあやってみるか…」と。そしたら無事に76万の支援金が集まりました。

木下




きのしたさんが大学院生のときに行ったクラウドファンディング。大学院生が研究費をクラウドファンディングでまかなうのは珍しかったが、目標金額を大きく超える額が集まった。

そうだよね、研究者であると同時にイラストレーター、デザイナーでもあるもんね。じゃあ今回はここまでにして、次回はクリエィティブの部分についていろいろ話を聞かせてね!

心平

研究者でありクリエーター

CREDIT

クレジット

聞き手
303 BOOKS(株式会社オフィス303)代表取締役。千葉県千葉市の埋めたて地出身。バイク雑誌、パズル雑誌を経て、児童書の編集者になる。本は読むものではなく、つくるものだと思っている。
撮影
千葉県千葉市美浜区出身。ゴースト・オブ・ツシマにはまってます。パンダが好き。
構成
株式会社オフィス303の元社員。黒豆で有名な兵庫県丹波篠山市出身。2017年に日本を飛び出して1年ほどラテンアメリカ諸国を行脚する。現在はライターやフリー翻訳者として働きながら超低空飛行で生き延びる。