ポップ・サイエンティスト きのしたちひろ#3

研究者でありクリエーター

この記事は約7分で読めます by 常松心平

海洋生物の研究者であり、イラストレーター、デザイナーとしても活躍する
きのしたちひろさんのインタビュー第3回です。
今回は、きのしたさんのイラストレーター、デザイナーの側面に迫ります!

きのしたちひろ
東京海洋大海洋科学部海洋環境学科卒業後、東京大学大学院大気海洋研究所へ進み、佐藤克文教授に師事し、バイオロギングの手法でウミガメの生態を研究する。ウミガメの研究費のクラウドファンディングに成功し、注目を集める。生物・教育系の書籍や児童書のイラスト、研究機関のロゴやグッズ作成などデザイナー・イラストレーターとしても活動。野鳥専門誌「BIRDER」と釣り専門誌「へら専科」にて毎月連載中。 2020年博士号を取得。
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資料の図解から始まったイラストレーターの道

いつ頃からイラストレーターとして本格的に活動しはじめたの?

心平

前からちょこちょこ描いてたんですけど、お金をもらえるようになったのは修士に進んでからですね。2015年ぐらいからじゃないですかね。それ以前は趣味で描いてたり、ボランティアみたいな感じで知り合いの研究者の発表とか授業で使うスライドにイラストを描いてました。

木下

なるほど。そういうイラストが評判を呼んでって感じなのかな。

心平

そうですね。「生き物の特徴をとらえつつ、イラストっぽくフラットな感じに表現してほしい」っていう依頼でいろいろ描いてたら、多くの人から「いいね!」って言ってもらえて。それからイラストの仕事をいただくようになりました。

木下
きのしたさんのクリエーターとしての活動の一部。

ツールは?

心平

おもにCLIP STUDIO PAINT※ですね。デジタルツールで描いてます。アナログはアナログでいいなって思うんですけどね。私の場合は調査に行ったときに描くこともあるんですが、やっぱり画材とか持っていくのが難しくて。だからいつもiPadを持ち歩いています。

木下

※CLIP STUDIO PAINT=ペイントソフトだが、マンガ執筆のためのさまざまな機能が充実していることと、iPadでも使用できることから、マンガ家だけでなく、イラストレーターにも普及していっている。

調査もしないといけないもんね。そういえば、クジラのガムテープ作ったじゃない? あれすごくいいよね。どういう経緯でつくることになったの?

心平

あれは、クジラの研究者の方が卒業するときに、なんか贈り物をしようということになったんですよ。そのときにちょうどガムテープをつくりたいなと思っててつくりました。ほんとにプレゼント用に作ったもので売り物じゃないですね。というか1個2000円もするんで高すぎて売れない(笑)。

木下

でもあれすごいいいよ。あと、サケのファイルもいいよね。これはどういう流れで作ったの?

心平

ウミガメ調査の定置網にサケがかかることがあるのでよく観察するですけど、秋が深まるころに体の色が大きく変わるんですよ。しかも1ヶ月っていう短い期間に。この体色の変化がサケ科の特徴で、その変化も種ごとに違っていておもしろいんですよ。仲の良いサケの研究者がいるんですけど、その方と「これを一覧にしたらおもしろいよね」って盛り上がって、一緒に作りました。

木下

これめっちゃおもしろいよ。ちなみにこれは売ってるんだよね?

心平

これは堀之内出版っていう出版社のオンライストアで売ってもらってます。発送作業とかもしていただけるんで助かりますね。3ヶ月は岩手で調査しに行ってるんで自分ではできないですから。

木下
クジラのガムテープと、サケのクリアファイル。イラストもデザインも、きのしたさんが手掛けた。

そうなんだ。『科学論文イラスト図解』とか『南極のシャチステッカー』とかは自分のウェブショップで売ってるけど、物販してる研究者ってけっこう珍しくない?

心平

そうですね、もしかしたら珍しいかも(笑)。『科学論文イラスト図解』は、個人的に描きたかったものですね。今の時代、その気になればインターネットとか図書館とかでいろんな科学論文を読めますけど、基本的に英語じゃないですか。正直専門家でも英語の論文読むの疲れるんですよ(笑)。そういう論文の中には一般の方でもおもしろいと思える研究もたくさんあるんで。そういう研究成果をイラスト付きで楽しんで読めるものをつくりたいと思ったんです

木下

これは、すばらしすぎる! 見た目もとっつきやすい。内容も新しい発見の羅列っていう感じじゃなくて、研究のプロセスも紹介してておもしろいよね。広義のマンガだよね!

心平

研究者の間で「結果としての新しい知識も大事だけど、その知識が生み出される過程も知ってもらいたよね」っていう声があって、「まずこういう背景があって、研究者がこの部分に着眼点を置いて、こういう手法で調査してこういう結果が得られて、それを解析するとこういう考察が得られます」っていう新しい知識が生まれる流れも紹介したかったんです。

木下

たしかに、その部分は外部の人間はわからないし、研究プロセスを知ることで知識だけじゃなくて科学的な発想とかも学べるからいいね。海鳥の飛行データをそういうことに活用するなんてすごい発想だ!って感動したよ。

心平

ありがとうございます(笑)

木下
『科学論文イラスト図解』同僚の論文をもとに、編集、イラスト、デザインをすべてきのしたさんが行った本。研究者としての知識とクリエイティブの能力が両方ないとできない一冊。

「正しく」て「わかりやすい」イラストを目指して

野鳥雑誌の『BIRDER』とか釣り雑誌の『へら専科』で連載してるんだよね?

心平

はい、『BIRDER』は菅原貴徳さんっていう海洋大出身で野鳥写真家の友人がいて、彼経由で仕事をいただきました。名古屋大学の依田憲先生が記事を書いて私が絵を添えてます。『へら専科』は、コイの研究者と一緒に仕事をしたときに描いた絵を編集の方が見てくれたみたいで、「連載してみませんか?」ってお声がけいただきました。

木下
上『BIRDER』、下『へら専科』の連載から。鳥や魚は専門外ながら、そのサイエンスイラストとしてのおもしろさは、すでに専門誌には、注目されている。

鳥にしても魚にしても、絵がイラストエッセイっぽくてすごくおもしろいよね。研究者は精密でいわゆる「正しい」イラストが大事っていうイメージがあるけど、木下さんは上手く省略しながら描いてるよね?

心平

まだまだ足りないところはあるのですが、できるだけ特徴を残しつつデフォルメをするようにしています。特に研究者は「その生き物をその生き物たらしめる特徴を残しつつデフォルメされているかどうか」っていうのを大事にしてると思います。

木下

なるほど。そもそも科学系のイラストっていろんなジャンルあるよね。医学系の3D調のやつとか昆虫の細密画とか。

心平

そうですね。生物のスケッチは形態をしっかり観察して高い精度で描かれていますし、体内を移動する目に見えない物質をアニメーションでわかりやすく表現したりしているのも見かけます。私は、研究者と一般の人の間くらいにたって、研究者が何を考えながら研究をしているのを伝えていきたいですね。

木下

児童書籍をつくってる僕らからすると、木下さんみたいなイラストレーターがいるとうれしいよ。研究者の目線でみた「正しさ」と一般の人から見た「わかりやすさ」を上手く両立して描くことができるから。どこは省略してもよくてどこは省略してはいけないっていうのが、ぼくらはわからないもん。

心平

その両立は比較的できてるほうだと思いますね。ヘラブナに関していえば、まだそこまで詳しくないので、専門家の方にイラストと内容を監修してもらいます。

木下

それはやっぱりそれは必要なんだ。

心平

自分の専門外の部分を100%の完成度にするのは難しいのですが、怪しい情報を引用してないか、デフォルメしすぎて形態がおかしくなりすぎていないかは特に気をつけて描くようにしています。

木下
雑誌『DIVER』に寄稿した記事。

ところでイラストを描くうえで影響を受けたイラストレーターとかいるの?

心平

いろいろな人から影響を受けてるんですけど、たとえばOwen Davey(オーウェン・デイビー)さんとか木内達朗さんとかですかね、デフォルメしてるんだけどしっかりと大事な部分は捉えて描いてる印象ですね。ほかには魚とか水生生物を描かれてる長嶋祐成さんとか、虫を描かれてる舘野 鴻さんとか、あとはクラシックな一冊『海』の作者である加古里子さんとかです。

木下

なるほど。でも誰とも似てないんだね。木下さんのイラストはいい意味でマンガっぽいっていうか、現代的な感じがするんだよね。あとさ、児童書としても成立しそうなわかりやすさがあると思うんだけど、そういう表現が好き?

心平

好きですね。いいなって思うイラストレーターの方は児童書で描かれてる人が多いですね。

木下

じゃあ絵本とかやってみたらいいんじゃない?

心平

そう!絵本やってみたいんですよ。いろいろな仕事をやってみたいです。

木下

うち絵本だったら出版できるよ。一緒にやろうよ!

心平

ぜひやりましょう!

木下

交渉成立したところで今回はここまで。次回は将来の展望について聞かせてね!

心平

#4 博士になりました!

CREDIT

クレジット

聞き手
303 BOOKS(株式会社オフィス303)代表取締役。千葉県千葉市の埋めたて地出身。バイク雑誌、パズル雑誌を経て、児童書の編集者になる。本は読むものではなく、つくるものだと思っている。
撮影
千葉県出身。どんな趣味も一年であきてしまう45歳。最近始めたジョギングにいたっては冬を越せるか心配中。チーバくんとパンダが好き。
構成
株式会社オフィス303の元社員。黒豆で有名な兵庫県丹波篠山市出身。2017年に日本を飛び出して1年ほどラテンアメリカ諸国を行脚する。現在はライターやフリー翻訳者として働きながら超低空飛行で生き延びる。