『東京下町百景』でおなじみの“漫画イラストレーター”つちもちしんじさんと、その作品の題材となった東京・谷根千の新名所をめぐります。今回は、インターネット上でのつちもちさんの活動の広がり、そこから新たにあらわれる町や人のすがたをたどります。
漫画イラストレーター・つちもちしんじが歩む新しい風景
ふたたび下町の風景
#百景 拡散!
そもそも「東京下町百景」シリーズはどのようにつづけてこられたのでしょうか? 考えてみたら、百景も描くって大変なことですよ!
第1回でもお話ししたように、東日暮里に引っ越してきて、それが契機となりました。それをnote※にアップしていたら、「おとなの週末.com」に連載しないかと講談社の方からお声がけいただいて、1年ほど連載をつづけていて、2015年の春に「cafe&bar猫八」で一度展示をしました。ほかにも「おとなの週末」本誌に掲載させていただいたり、またnoteで公開しながら100景まで描きました。
※note:株式会社ピースオブケイクが運営するサービスで、アカウントを作成することで、「ノート」(文章、画像、音声ファイルを元にした記事)をつくって公開したり売買したりできる。
それにしても、50枚近くひとり黙々とnoteに上げているわけで、すごいことだと思います。
Twitterにもタグをつけてあげたりしていて、反応や拡散をしてくださる方がいました。Twitter上でイラストを公開されているイラストレーターの方からも反応をいただいたのが、フォロワーが増えたきっかけかもしれないです。
「♯(ハッシュタグ)」ですね。ちなみに、どういったものをつけていらっしゃいましたか?
「♯◯◯年自分が選ぶ今年上半期の4枚」とか。
あ!見かけます。一次創作――オリジナルで描いたり写真を撮ったりしている人が使うタグ、というイメージがあります。
ところで、このあたりが、先程のお話でも出た「猫八」だと思うのですが。あれ、閉店している!?
あっ・・・お伝えしわすれていたのですが、もう畳まれてしまったんですよ。
え!残念だ・・・
けれど、無くなってしまうからこそ描く価値もあるということかもしれないですね。つちもちさんの本にも名前が残っていくわけで・・・。
そうかもしれないですね。
#百景 世界に拡散!!
それからアドビのBehance※に載せていたら、「Spoon&Tamago」※という日本文化を紹介するサイトに掲載されて、そこから海外に記事が拡散されたこともありました。運営者のジョニーさんは日本のアート作品を販売するサイトも開いていて、そこから『東京下町百景』がさらに広がって、スペインの出版社でも再販されたんです。
※Behance:アドビシステムズ社が運営するオンラインプラットフォーム。アカウントを作成することで画像や動画を公開できる。
※Spoon&Tamago:Johnny Waldmanが運営する、日本のアートやデザインを紹介するブログ。
日本、アメリカ、スペインと、もう地球儀をぐるぐる回しているようです。
海外での話というと、Youtubeでも海外のアカウントに紹介されていましたが、あれは一体・・・?
フランスのケーブルテレビ局の「toco toco TV」※に出演しました。日本語を話せるクルーが日本に住んでいて、取材を受けました。
※toco toco TV:Youtubeアカウントは「Archipel」。
日本人クリエイターが幅広く紹介されていましたが、言語の壁を超えて、関心が持たれているのですね。
おそらく、そこからぼくの絵がフランスでも話題になったようで、フランスからも連絡がくるようになりました。2018年には、新しくポスターを作ったり、ラ・ヴィレットという公園で『MANGA↔︎TOKYO』というアートフェスティバルで絵を展示しました。また2019年には、同じくフランス・トゥールで開催された『JAPAN TOURS FESTIVAL 2019』に参加して、サイン会やライブペインティングを行いました。
あれ、フランスまで行っちゃったんですか!?
行ってきました!大体のことはあちらから手配していただけたので、問題なく進みましたよ。
そうでしたか。フットワークが軽いですね!
向こうでも絵をわかってもらえるんですよ。歌川広重※のように百景描くというのを現代でやりたいんだなとか、「緻密な絵に、2次元のキャラクターを合わせる、そういう落差のおもしろさですよね」とかいうことを指摘されると、あぁ、わかってくれているんだなと。
※歌川広重(1797~1858):江戸後期の浮世絵師。歌川豊広に師事し、広重の名を与えられた。風景画を得意とし、代表作の『名所江戸百景』では、つちもちさんに大きな影響を与えた。
それはうれしいですね。浮世絵って、やはり、海外でも知られていますか?国は違いますが、川瀬巴水もスティーブ・ジョブズにコレクションされていたとか。
そうですね。需要もあると思いますし、フランスでは特に、暮らしの中に芸術に関心をもつゆとりがあるという印象を受けましたね。
おっと、かわいらしい建物が見えてきましたよ。根津教会ですね。
そうそう、同様に「Behance」を見て連絡されたもので、「Doodle※」の仕事もありました。W杯日本戦の、Googleのホームページのロゴを描いたんです。
※Doodle:祝日などの特別な日に、Googleのホームページに表示される、Googleロゴマークをアレンジしたもの。その都度新しいデザインがなされており、モチーフとなった行事や出来事についての説明や検索画面、ミニゲームへのリンクが配置されていることもある。語は「いたずら書き」の意味。
え、本当ですか。それは、つちもちさんのイラストだと知らないうちに見ていたかもしれません。あれはイースター・エッグとでもいうのでしょうか、遊び心があって、ついクリックしてしまうことがあります。
その作業というのもほとんどメール上でやりとりするのですか?海外と、となるとコミュニケーションが大変ではありませんか。
えぇ、海外からの依頼はいずれもメールで送られてきていますね。スパムではなくて仕事のメールだ、というのは、冒頭に「Dear Shinji」などとあるのでなんとなく分かるのですが、すべて英語でのやりとりになるので多少の苦労はあります。Googleのときは、ラフの段階で修正に1ヶ月ほどかかったんですよ。あちらのディレクターの方が世界中と同時並行でやりとりしているようで、返事がくるまでに2週間近くかかったりして。
なんだかグローバルでイマドキな裏事情ですね。つちもちさんの描く風景が、インターネットにのせられて誰かに届く。そこで、コミュニケーションツールとしての絵というものが再考されるようにも思われます。ぜひ「下町」のイメージも世界の人と共有していきたいところです。次回は、「漫画イラストレーター」の由来が明らかに――