漫画イラストレーター・つちもちしんじが歩む新しい風景#1

ふたたび下町の風景

この記事は約7分で読めます by 藤原歩

浮世絵やバンド・デシネの要素をふくんだイラストレーションで現代の風景を切り取る”漫画イラストレーター”つちもちしんじさん。その作風は、インターネットでの連載をきっかけとして国内外で高く評価されています。今回は、2016年に発表した作品集『東京下町百景』の題材となった東京・谷根千の新名所をめぐります。移り変わる「いま」「ここ」に、つちもちさんはどのような風景を見ているのでしょうか。

つちもちしんじさん
つちもちしんじ
漫画イラストレーター。1979年東京生まれ。大学卒業後、イラストレーターとして活動を開始。2016年『東京下町百景』(シカク出版)を上梓。2017年には同書のスペイン語版『100 vistas de Tokio』(Quaterni)がスペイン語圏で発売される。2018年にはロシアワールドカップの日本戦の試合日にGoogleDoodles を執筆。全世界に作品が表示される。その後、2018年フランス・パリで開催された『MANGA↔︎TOKYO』に出品。2019年には、フランス・トゥールで開催された『JAPAN TOURS FESTIVAL 2019』に出品。現在は、浮世絵を現代に蘇らせるという「下町百景×版画プロジェクト」に参加している。
公式サイト「侘寂ワビサビPOPポップ」
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『東京下町百景』に帰ってきた

西日暮里駅周辺って、かなり入り組んでいますね。すっかり迷ってしまい・・・。本当にお待たせしました。(※インタビュアー藤原、集合場所と反対側の改札から出てしまい20分の遅刻)

藤原

いえいえ。大丈夫ですよ。

つちもち

かたじけないです。早速ですが、今日のコースを確認します。

藤原
東京下町百景の表紙
『東京下町百景』(シカク出版)
2016年に発行された。つちもちさん初の画集。東京下町百景に加え、大阪五景など描き下ろしや、「下町百景そぞろ歩き」マップを加えて刊行した。
下町百景そぞろ歩きのマップ
「下町百景そぞろ歩き」マップ。「おとなの休日.com」でつちもちさんの作品を掲載していたころからのファンの「モデルとなった場所に行きたい」という要望に応えて、書き下ろされたもの。

「東京下町百景」を描かれていたころは、お住まいもこのあたりでしたか?

藤原

そうですね。2013年に東日暮里に引っ越してきて、それから描きはじめたシリーズです。谷中はおしゃれな町というか、やっぱり山の手の高級感がありますね。東の方に行くと、下町の雑然とした感じがあって、繊維街もあって楽しいですよ。

つちもち

トマト(※東日暮里にある生地屋)とか。わたし、中高生のときに演劇をしていて、その衣装の材料を買いによく行きました。職人の町という感じがします。そういえば、このあたりは旧東京15区だったり、明治時代には文豪が住んでいたり、 いわゆる高級住宅街としての「山の手」であって「下町」ではない気が・・・?

藤原

そうかもしれないですね(笑)でも、地元の人は「下町」と言っていたりもするし。

つちもち

「下町」って、極端な話「低地にある町」くらいの意味しかないわけですから、そのときどきでいろいろな意味がつくのかもしれません。つちもちさんにとっての「下町」とはなんでしょうか?

藤原

なんでしょうね・・・。
ぼく、出身が世田谷区の桜新町というところで、大正時代に開発された地域なんです。ちなみに「サザエさん」を書いた長谷川町子さんが住んでいた町なのですが。だから、東京の東側の長屋感とでもいうのか、建物が密集していて、路地裏があって、という風景がとてもおもしろく感じられるのかもしれません。

つちもち

そう言われてみると、23区内でも町並みにだいぶ違いがあるように思います。それこそ「サザエさん」や「ドラえもん」といった漫画はそうした町並みを捉えているし、つちもちさんのイラストもそうした記録になりますよね。普段からお散歩はよくされますか?

藤原

町を歩くのは好きですね。仕事の昼休みや終業後にもよく歩いています。お店だとかも外側だけ見て、あとはよく知らなかったりするのですが(笑)住んでみるとまた愛着がわいてきます。

つちもち
町を歩くつちもちさん

風景をシカクくトリミングする

最初の目的地に着きました。看板が立っていますね。

藤原
『夕焼けだんだん(谷中)』のイラスト
『夕やけだんだん(谷中)』に合わせた写真
『夕やけだんだん(谷中)』
東京都荒川区西日暮里3-13
夕焼けがきれいに見えるとの評判から名前がつけられた。本連載では、つちもちさんの絵に合わせて撮影をしていきます。

休日の午前中だからか、人の往来が絶えませんね。なんとか撮影できました。写真と見比べて思ったのですが、「東京下町百景」の絵はどれも正方形ですよね。これには何か理由がありますか?

藤原

正方形が書きやすいんです。町の中の、さらにそのお店の一角、だとか、描きたいポイントをトリミングすると自然とああなってしまいます。

つちもち

なるほど。自分は単純に、幾何学的に美しいかたちだなぁと思っていたのですが、つちもちさんの中にはなにか原体験めいた思い入れがあるのでしょうか?

藤原

四角で切り取られている風景って、どこか懐かしさを感じさせると思うんです。レコードのジャケットとかが好きだから、そういうところから影響されているのかもしれないですね。

つちもち
写真を撮るつちもちさん

さきほどから写真をたくさん撮られているのは、やはり、新しい絵の題材にされるのですか?

藤原

そうですね。普段から気になるものは撮りためています。あとから選びだして、絵に描きおこします。

つちもち

写真から絵に描きおこすとなると、現代美術でいうところのスーパーリアリズムを意識されているのかなとも思うのですが、つちもちさんの絵からはむしろ、リアルなものから遠ざかろうとする意識を感じます。妖怪がいたり、デフォルメされた登場人物がいたり。

藤原

※スーパーリアリズム:現代美術の潮流のひとつで、市民生活や風景などありきたりな主題を、写真を用いて克明に描写していくもの。

そうですね。緻密に書きこんだ方が、見る人からも驚かれたり喜ばれたりということはあるのですが、やはり絵を描く人間としては引き算の方が難しいと思うんですよ。そこはやっぱり挑戦したいです。

つちもち

なるほど。鑑賞する側としても意識したいポイントです。

藤原

それからむしろ、ぼくが意識しているのは、日本の浮世絵なんです。さらにそこから洋画の影響を受けた、吉田博とか、川瀬巴水とか。それからメビウスなど、フランスのバンドデシネ作家。彼らの絵に平面的な美意識を感じていて、近づきたい気持ちがあります。

つちもち

※吉田博(1876-1950):洋画家。木版を用いて、世界中の自然の風景を写実的に表現した。新版画運動(詳細は次回に)の担い手①。代表作に「日本アルプス12題」シリーズなど。

※川瀬巴水(1883-1957):浮世絵師。日本中を旅しながら、その風景を版画で表現した。新版画運動の担い手②。代表作に「旅みやげ」シリーズなど。

※メビウス(1938-2012):本名はジャン・アンリ・ガストン・ジロー。バンドデシネ作家。ジャンルはSF・ファンタジー。代表作に「L’INCAL」(アンカル)など。

『吉田博 全木版画集』(阿部出版)
『吉田博 全木版画集』(阿部出版)
「吉田博では、『神楽坂通 雨後の夜 東京拾二題』が好きです。夜のネオンと水面反射の緻密な描写に情感があって、自分が小さい頃に感じた夜がやってくる心細い気持ちや、人間の営みを感じさせる灯りの暖かさを思い出します」(つちもちさん)
『川瀬巴水木版画集』(阿部出版)
『川瀬巴水木版画集』(阿部出版)
「数ある浮世絵の中でもやはり歌川広重が雪景色を描く名手だと思うのですが、川瀬巴水は、題材や色使いなどにそのオマージュが見えて、見事に浮世絵を新版画で蘇らせていると思います。表紙にもなっている『東京二十景 芝増上寺』が好きですね」(つちもちさん)
『The Long Tomorrow』(Alessandro)
『The Long Tomorrow』(Alessandro)
「『フィフスエレメント』や『ブレードランナー』などといった近未来SFのイメージが好きです。メビウスの漫画にはそういったイメージがたくさん散りばめられています。現代の東京にもそういった少し不思議な要素がたくさんあると思っています」(つちもちさん)

リアルを追求したいというよりは、ご自身の美意識へと集中していくために、写真という記録媒体を使っていらっしゃるのかもしれないですね。最後に根津神社にやってきました。今回はここまでです。次回は「百景」製作のみちのりを辿ります――。

藤原
『根津神社』のイラスト
『根津神社』に合わせた写真
『根津神社』
東京都文京区根津1-28-9
祭神は
須佐之男命スサノヲノミコト大山昨命オオヤマクイノミコト誉田別命ホムダワケノミコト
2000坪のつつじ苑を有し、4月の見ごろの時期に一般公開される。作品はこの神橋を描いた。

#2 世界へと広がった風景

CREDIT

クレジット

執筆・編集
環状七号線の走行音をBGMにして眠る東京生まれ。小説版「2001年宇宙の旅」でSFに目覚め、現在は笙野頼子の小説からゲーム「UNDERTALE」まで、クィアな存在の登場する作品を雑多に仰ぐ22才。
    撮影
    千葉県出身。どんな趣味も一年であきてしまう45歳。最近始めたジョギングにいたっては冬を越せるか心配中。チーバくんとパンダが好き。
    撮影アシスタント
    大学在学時は街歩きサークルに所属、路地裏が好きで方向音痴だのに狭い道を分け入って進む癖がある。旅行先でGPSの現在地が1歩で5km移動した経験からナビは信用していない。愛読書は若竹七海の「葉村晶シリーズ」。最近ハイボールが美味しく感じるようになった。
      撮影アシスタント
      1994年、福岡県生まれ。漫画家、イラストレーター。第71回ちばてつや賞にて『死に神』が入選。漫画雑誌『すいかとかのたね』の作家メンバー。散歩と自転車がちょっと好きで、東京から福岡まで歩いたことがある。江戸の消防と建築を研究中。