物語が始まる場所<おばあさんの知恵袋> 三田村慶春さんインタビュー

大人たちと絵本

この記事は約10分で読めます by 笠原桃華

日常から一転して冒険がはじまるような物語には、いつだって不思議な入り口があります。『ハリー・ポッター』なら9 1/4番線、『ナルニア物語』ならクローゼットの奥の方、『はてしない物語』ならあかがね色の本…。そのうちのひとつとして出てきても遜色ないようなお店、それが<おばあさんの知恵袋>です。国分寺駅すぐそばにありながら、なかなか見つけられないブックカフェ。
第3話では絵本屋さんの店主である三田村さんが、大人たちに向けて発信されていることについてうかがいます。

三田村慶春(みたむら よしはる)
1949年、大阪生まれ。明治大学文学部仏文学科卒業。小金井市教育委員会勤務の後、小金井市立図書館司書を2011年に退職。現在、<絵本&カフェ おばあさんの知恵袋>のオーナー兼店主であり、さまざまな活動に従事している。NPO法人語り手たちの会副理事長、同全日本語りネットワーク理事。
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老若男女問わず<おはなし>で言葉を豊かに

三田村さんも元々は大人に対しての発信をしていたところ、子どもに対してという方向に切り替えられて、それから今までずっと続けていらっしゃる。今、大人たちに対して何か発信されていることはありますか?

常松

はい、あります。先日も国分寺市が主催している会に、<おはなし>の講師ということで行ったんです。その時、市のほうに「ぜひ土曜日・日曜日にやってほしい」と伝えました。それはなぜかっていうと、平日開催だとやっぱりお母さんと子どもだけになりますから、やはり男性に来ていただけるようにしたいと。

三田村

男性にも言葉を豊かにしてもらいたいということですね。

常松

そうです。お父さんたちに<おはなし>するということをちょっと体験してもらいたかった。

三田村

なるほど〜。

常松

それから大人のための絵本の会も毎月このお店でやってるんです。<ビブリオパドル>って言う会があるのですが、ここにくる大人たちには「大人が絵本を楽しむことによって、子どもにもそれが伝わるんだよ」っていうことを意識して伝えています。

三田村

<ビブリオパドル>!!  絵本を紹介したりするんですよね。人数規模はどのくらいでやっているんですか。

笠原

今はだいたい6名ですね。多いときは12〜13名来てましたけど。

三田村

ここに10人以上も人が集まるなんて! ぎゅうぎゅうですね(笑)

笠原

そうそう(笑) いつも私がご飯を作って待っています。

三田村

仕事帰りにそのまま来られる方がいらっしゃるので、お腹すいているなかで2時間近く活動するのは酷でしょう。だから私が作った料理をまず召し上がっていただくんです。お腹がいっぱいになったところでお茶を飲みながら話しはじめるっていうことでね。

三田村

ビブリオパドルって?

<ビブリオパドル>って、僕も恥ずかしながら参加したことないですけど…。

常松

常松さんご存知なのは、多分<ビブリオバトル>の方だと思うんです。

三田村

ばとる? ぱどる?

笠原

よく知られているのは<ビブリオバトル>っていって、バトル= Battleだから戦わせる。それぞれがみんな自分の気に入った本を持ってきてそれぞれを紹介した後、今後はその本についてプレゼンテーションをするんです。それで本の中身ではなくどのプレゼンテーションが良かったかっていうところで優勝を決めるんですよ。

三田村

じゃあパドルって何ですか? パドルってあのPaddle?

笠原

そうなんです。初めから話すと、わたしたちは<ビブリオパドル>を初めて7年目なんですけど、最初「絵本でやるからバトルじゃないよね」って話し合ったんです。競争するんじゃなくて、みんなでこの会を一生懸命支えていきたい。

三田村

だから船を漕ぐオール=Paddleなんですね。

笠原

そうです。それから、しゃもじのあの形もPaddleといいますよね。あとは飛行場で誘導員の方たちが着陸する飛行機を誘導するしゃもじみたいなのを持ってるんですけど、あれもPaddle。他にもアヒルや白鳥の水かきもPaddleです。それで、「みんなで一生懸命この船を、絵本の船を海へと漕いでいこう」っていうことで、Paddleをつけたんです。

三田村

良い名前! 1人ずつ持ち寄ってお話するんですか、それとも毎回指定図書を決めて全員で話し合うのですか?

笠原

そんな話し合う必要もないんですよ。とにかく自分が今気になってる絵本を声に出して読んでもいいし、読むのが苦手な人は「これはこういう本です」と紹介するだけでもいい。気楽な会です。

三田村

聞きに行くだけでもいいんでしょうか。

笠原

もちろん聞くだけでもいいですよ。絵本ですからね、難しいことよりもみんなで絵本の世界を楽しむっていうだけでいいかなと。初めの頃は皆さん人前で声を出して読んだりするのは恥ずかしがってましたけど、「あ、特に気張らなくてもいいんだ」っていうのはもう皆さんわかってますから、私みたいに読み聞かせの訓練をしてなくてもみんなそれぞれのやり方で読んでくれます。

三田村

大人の絵本の楽しみ方「裏側を探ってみる」

例えば「大人におすすめするとしたら」と聞かれて何か思い浮かぶものありますか?

笠原

『百年の家』という本かな。文はJ・パトリック・ルイスさんで、絵はロベルト・インノチェンティさん。

三田村

どこの国の方ですか?

笠原

ルイスさんはアメリカの詩人で、インノチェンティさんはイタリア人。講談社さんの本です。長田弘さんが翻訳されてるんですけど、長田さんは詩人で早稲田大学を卒業されています。私高校時代からこの人の文章が好きなんですよ。

三田村
三田村さんが高校生時代に読んでいた長田弘さんの『抒情の変革 戦後の詩と行為』(晶文社、1965年)。

長田先生って2015年に惜しくも亡くなられてしまってね。

常松

そうですね。長田さんは言葉も非常に大切にされているのですが、それ以上に人の命だとか生き方とかにピュア…というのか、それが伝わってきます。長田さんは「人が生きる」ということに対し、細かいところに気付かれている。

三田村

絵本は詩人の方が訳されていることが多い印象です。最近は大人向けの絵本特集もよく見かけますし、多くを語りすぎない何かが求められているのかも。

笠原

絵本はね、裏側を探るともっとおもしろいよ。

三田村

裏側?

笠原

そう、背景と言おうか。作家さんもみんなそれぞれに作品を書いたときの自分の心境、や社会的な背景あるわけですね。この絵本マリー・ホール・エッツさんの『もりのなか』も普通に読むと、「子どもが動物を連れて行進してる楽しそうでかわいいお話しだね」で済むんです。

三田村

パッと見、シンプルな感じがしますけれど…。男の子が散歩をしていて、道中であった動物たちがどんどんと後ろについてくるんですね。

笠原

この作者の方はアメリカの著名な作家さんなのですけど、私はあるときこんなことに気がついたんです。男の子が出てきて、最初にライオン、それから象が出てくるんです。次にクマが出てきて、次にカンガルーが出てくる。普通に考えたら「いろんな動物が出てきて、サーカスみたいで可愛いわね」で済むんです。

三田村

そうですね。

笠原

だけどこうやって男の子が「ぼくの さんぽに ついてきました。」って言ったときに、この象が「みみをふいてから」と言って隊列に加わるでしょう。この耳、改めて見ると小さいんですよ。

三田村

ああ、本当だ!

笠原

ということはつまりインド象。ライオンはアフリカだし、象はインド象。そしてクマは暖かい地域ではなく寒いところにいますよね。そう考えるとやっぱりロシアとかシベリア。その次にカンガルー。

三田村

オーストラリアですね。

笠原

はい。それから次にコウノトリ、これはヨーロッパだと思うんですね。それからお猿。

三田村

お猿は北の方にはいないから、赤道あたり?

笠原

そう。南アジアとかその辺りですよね。それで次にうさぎが出てくるんですけど、うさぎはお話の中でこの行進の列にはまじらないんですよ。一緒に行進はするけども、なかなかみんなの中には混じらないんです。
男の子の隊列に加わる動物として、アフリカが出てきて、インドが出てきて、ロシアが出てきて、ヨーロッパが出てくる。つまりこの子どもはアメリカの象徴なんです。世界各地の動物が出てくるっていうことは、アメリカが世界をリードする。そんな中、目の赤いウサギはどっちにするか迷ってるわけです。

三田村

え、じゃあうさぎっていうのは…。

笠原

目が赤いウサギ、これは日の丸を象徴しているんじゃないかと思うんですね。

三田村

これ何年の本ですか?

笠原

1943~44年にこれは書かれた、つまり第二次大戦中です。「うさぎだけはかくれないでじっとすわっていました。おまえはどうするの。あそばないの。」日本はお前どうするんだという。

三田村

うわ、鳥肌(笑)

笠原

もう一つは、この絵本のラストで男の子を迎えに来るのがお父さんであるというところも考察の余地があります。たいてい子どもを迎えに来るのはお母さんですよね。でもお父さんが迎えにきています。

三田村

言われてみればそうですね…。今だったら「まあそんなこともあるよね」と思いますけど、当時を思うとちょっと引っかかる部分かもしれない。

笠原

実はこの同じ年ぐらいにこの作者の方のご主人が亡くなってるんです。絵本の中で、小さな男の子はお父さんに連れられて家帰っていくわけですけども、このお父さんが象徴するものは誰かっていったら、僕は神様だと思うんですね。

三田村

神様?

笠原

亡くなったお父さんが子どもになって、神様に連れられてあの世に帰っていくっていう、そういうふうな読み方もできるんじゃないかなと考えたんです。

三田村

わあ…。亡くなった夫に捧げる絵本かもしれないってことですね。こんな絵本の深読みなんて初めて聞いたかもしれない。

笠原

うん、著名な絵本評論家でもまだ誰もこれについてお話しされていないと思う。もちろんこれはあくまでも僕の仮想ですけどね。

三田村

もう論文かけそうですね。確かに言われてみれば、絵本にしてはちょっと作画も暗くて地味ですね。お話ってやっぱりそういう政治性というのか、書き手の思想や社会背景とかも色濃く反映されているのですね。

笠原

本との出会いは何だって良い

世界には素敵な絵本や本がたくさんあるし、さっき話したようにものすごく含蓄深いものもある。いつか自分の子どもができたとき、一体何を選んであげたら良いものかと考えてしまいます。

笠原

お子さんが生まれれば、おそらくそのお子さんの発する言葉、動き、仕草、そういったものからいっぱいお話が作れると思うんです。

三田村

ああ、自分で作ると。私に出来るかなあ…(笑)

笠原

大丈夫、大丈夫(笑)

三田村

でも三田村さんきっと助言を求められること、多いですよね? ここも、やはり子連れで絵本を買いにくるお客さんが多いんでしょうか。

笠原

う〜ん、まあそうかもしれないね。やはり普通の大手の本屋さんに行けばたくさんの絵本が揃っているわけじゃないですか。そんな中、わざわざうちに来てくださる方というのは「今自分の子どもがこういうような育ち方してるのだけれど、どんな絵本がいいかしら」って多少なり私から話を聞いて選びたいとお考えの方が多いですかね。

三田村

育児のアカデミアと化していますね。

笠原

アカデミアかどうかはわかりませんが、みなさんのお役に立てればうれしいなという感じですね。先日雑誌※で特集していただいた時にそこで書いたエピソードなんですが、お店に40代の女性が入ってきて「私に何か本選んでいただけませんか」っていうので選んで差し上げたんですよ。そうしたら彼女ポロポロ泣き出してしまって、「なんで私のことがわかるんですか」って言うんです。

三田村

※雑誌『男の隠れ家別冊 今だから読みたい絵本(男の隠れ家 別冊 サンエイムック)』での特集。

その後も雑誌を読んだ方が来られて「私にも何か本を選んでください」って言うので、ある時はベルギーの女性が書いた絵本を選んでみました。デッサンだけの本なんですが、「これいかがですか」って出したら、その方もまた「なんで私のことがわかるんですか」って聞いてくるんですよ。

三田村

その方と一通りお話ししてから選んだのではなくて?

笠原

そういうわけじゃないんです。「どうして私のことわかるんですか」って言われても、私も何がわかっていると言われたのかわかりませんから、逆に「どうしてなんですか」って聞いたんですよ。
それはガブリエル・バンサンさんが書いた絵本で、犬が捨てられる話なんですね。ある少年と出会ってそこからその犬と少年の付き合いが始まるお話しだったと記憶していますが、たまたまその女性の方は保護犬の活動をされていたということらしいんですよ。

三田村

それはすごい偶然ですね。なんか引き寄せる力を持っているんでしょうか…。先日その雑誌を拝見して、三田村さんはビブリオセラピー※の知識をお持ちなのかなと思ったんですけど…。

笠原

※ビブリオセラピー:読書療法とも言い、心理療法の一つだと考えられている。人々が抱える問題の解決を本で援助する方法。

いや、そういう知識も何もないんですよ。僕はやはり人との出会いもそうであるように、絵本との出会いにも偶然的なものもあるだろうと信じています。

三田村

出会いとご縁みたいなものは大事にしたいですね。その当人が自分で何か見出す力とかもあると思いますし。

笠原

そうですね。

三田村

絵本や児童書と大人達の接点をたくさん作ってくださっている三田村さんですが、昔話が途絶えないよう語り部としての活動もされています。次回は<口承>についてうかがいます。

<おはなし>するって何だろう?

CREDIT

クレジット

執筆・編集
長野で野山を駆け回り、果物をもりもり食べ、育つ。好奇心旺盛で、何でも「とりあえず…」と始めてしまうため、広く浅いタイプの多趣味。普段はフリーで翻訳などをしている。敬愛するのは松本隆、田辺聖子、ロアルド・ダール。お腹が空くと電池切れ。
聞き手
303 BOOKS(株式会社オフィス303)代表取締役。千葉県千葉市の埋めたて地出身。バイク雑誌、パズル雑誌を経て、児童書の編集者になる。本は読むものではなく、つくるものだと思っている。
撮影
某研究学園都市生まれ。音楽と東京ヤクルトスワローズが好き。最近は「ヴィブラフォンの入ったレアグルーヴ」というジャンルを集めて聴いている。