物語が始まる場所<おばあさんの知恵袋> 三田村慶春さんインタビュー

いくつもの顔を見せてくれるこの場所で

この記事は約11分で読めます by 笠原桃華

日常から一転して冒険がはじまるような物語には、いつだって不思議な入り口があります。『ハリー・ポッター』なら9 1/4番線、『ナルニア物語』ならクローゼットの奥の方、『はてしない物語』ならあかがね色の本…。そのうちのひとつとして出てきても遜色ないようなお店、それが<おばあさんの知恵袋>です。国分寺駅すぐそばにありながら、なかなか見つけられないブックカフェ。
最終話では<おばあさんの知恵袋>を拠点として始まり、そして繋がりゆく物語を紹介します。

三田村慶春(みたむら よしはる)
1949年、大阪生まれ。明治大学文学部仏文学科卒業。小金井市教育委員会勤務の後、小金井市立図書館司書を2011年に退職。現在、<絵本&カフェ おばあさんの知恵袋>のオーナー兼店主であり、さまざまな活動に従事している。NPO法人語り手たちの会副理事長、同全日本語りネットワーク理事。
ブログFacebook

<おばあさんの知恵袋>で出会える色々な集まり

インタビューも最終回、第7話となりました。図書館のお仕事を定年退職されてからも、三田村さんはお忙しそうですよね。地域のことや<おばあさんの知恵袋>の運営・経営、それにおはなしの講師として出向いたり…。

笠原

<おばあさんの知恵袋>で行われている活動もかなり多そうですよね。

常松

そうですね。音楽会やさまざまな講座のレッスンもあるし、絵本やおはなしに関する会など色々やってます。

三田村

おはなしする場があるのは豊かなことですよね。読むのは僕も一応できるんだけど、でも上手に読むのは難しい(笑)

常松

そういう方達のために講座もやっていますよ。でも協会みたいなルールがあるものではなくって、大人達にも絵本に馴染んでもらいたいというカジュアルなものなんですけれどね。
うちでは月1回「童話の会 ペパン」といって童話を作る勉強会もあって、そこでこの度絵本を出された女性もいますし、私もそこで勉強して絵本を出させていただきました。

三田村

一体いくつの会があるんですか?

笠原

色々とあって数えきれない(笑)

三田村
おばあさんの知恵袋のパンフレット。

ビブリオパドル、語学の会もあると以前教えていただきましたよね。

笠原

フランス語勉強会ですよね。パリのサンジェルマンデプレとオンラインで繋げて、街歩きとかもやってますよ。

三田村

コロナ禍でも旅行気分ですね。私、皆さんはテキストの輪読とかされているのかと思っていましたけど、結構ユルッとした感じなのかな。

笠原

輪読とかそういうことはしていませんよ。去年の秋まではフランス人の男性の講師を招いてやってたんですけど、今はコロナだということもあって気楽な会です。

三田村

演奏会もされているようですが。

笠原

はい、毎月1回ギターやフルートを演奏してくださる方がきてね。そんなのを6年ぐらいやってましたね。ただ、ちょっと前にプロデュースしている方がやり方を変えたので、最近は少し変わったかな。

三田村

三田村さんもご演奏なさるんですか?

笠原

いえ、私はやりません。でも<おはなし>はします。全体で1時間半ぐらいですけども、演奏と演奏の合間の中休みに1話おはなしするんです。7年近く毎月やってましたから、70〜80話はやったんですかね。

三田村

おはなしって、なんだか大人になるにつれて触れ難いものになってしまっていましたけれど、三田村さんが近くにいたらおはなしが日常にスッと入ってきてくれますね。

笠原

皆さんがおはなしに触れるきっかけになれば嬉しいですね。ある時、この辺に自生しているヨモギを取ってヨモギ団子を作ろうという会があったので、そこでヨモギにまつわる話をしたら、そこに参加してた女性が「三田村さんの頭の中にはいくつお話が入っているんですか」って(笑)

三田村

日常の中でみんなで共有するものですね。作って食べて、その食べ物のおはなしを聞くなんて、もの凄く贅沢だなあと感じます。

笠原

ハルキストたちの聖地

ネットの記事で読んだのですが、村上春樹さんがデビュー前に住んでいたこの街までファンの方が聖地巡礼しにいらしゃるようです。その聖地の中に「おばあさんの知恵袋」も入っているのだとか。

笠原

ええ。結構いらっしゃいますよ。ここ最近はコロナの関係で減ってはいますけどね。それからうちに定期的にくるグループで言えば、<ハルキストの会>っていうのもあってね。

三田村

そんな会があるんですか。

笠原

そうなんですよ。ノーベル賞の出る時期になるとハルキストたちが荻窪のカフェバー<6次元>に集まるの。その帰りには必ずうち<おばあさんの知恵袋>に30人くらいで来て、「小説家になる前の春樹さんの話を聞かせてください」って話を聞きにくる。

三田村
訪問者のために三田村さんが用意されている資料の一部。

すごい(笑) 30人って結構な数ですね。

笠原

あるいはアメリカからわざわざ青年が訪ねてきたこともありました。

三田村

ええ〜、アメリカから国分寺まで!? 信じられない!!

笠原

私もどこにそんな話が出てるのか全くわからないんですけど、「その頃の話を聞かせてください」って言って訪ねてくるの。

三田村

私もまあまあ村上春樹作品読んできたのですが、三田村さんとお話をして初めて村上さんがこのすぐそばでジャズバーをやっていたと知りました。三田村さんまでたどり着くって凄いですね。

笠原

僕もね、どうしてそれを知っているのか知りたい(笑) 春樹は…って呼び捨てなんかしたら世界のハルキさんに失礼ですけど、彼はそんなことを多分作品の中に書いていないと思うんですよね。

三田村

彼の作品に、国分寺に住んでいたことまでは書かれていた気がします。

笠原

ああ、そうなの。

三田村

当時住んでいたアパートを「魔の三角地帯」と書いてたと思います。だから国分寺までは作品を通してたどり着くことが出来そうだとは思うんですが、<おばあさんの知恵袋>や<船問屋>については…。どこで見たんでしょうね。

笠原

何らかの形でそういう噂が伝わってるのかもしれませんね。

三田村

結構親しくされていたんですもんね。

笠原

毎日のようにあってましたからね。多分、彼の実家に泊まったことがあるのは私ぐらいだと思いますよ(笑)

三田村

ジャズ喫茶「ピーター・キャット」

50年前くらいに、『JAZZ』っていう雑誌に時折コラムを書いてたんです。

三田村

そうなんですか!? コラムまで書かれていたなんて本当になんでもなさってますね。三田村さんも相当ジャズがお好きで?

笠原

うん、好き。もうずっとそれで育ってきましたから。その雑誌に春樹さんのお店も載ったことがあるの。こんなふうに。

三田村

わあ、おもしろい! <ピーター・キャット>は結構人気のジャズ喫茶だったんですね。

笠原

そうですよ。なんというか、やり方が従来のものと違っていたんです。それまでは普通<バー>というとボトルを預けてそこから飲むという感じだったんだけど、彼の店の場合はボトルは預けるけれど支払うのは飲む時。一杯飲むごとに500円出すの。

三田村

ああ、じゃあ都度払いだったんですね。普通3000円とか4000円を最初に払わなきゃいけなかったところ、飲むタイミングでの支払いにしたんだ。

笠原

そうそう。いわゆるイギリスのパブと同じ方法をとったということなんですよ。

三田村

パブか〜。じゃあ結構ワイワイした感じの店内だったんですか。

笠原

パブって言っても、我々の時代の「ジャズ喫茶」っていうのは喋っちゃいけなかったんだよ。まあでも、彼の時代になって「喋ってもいいですよ」というスタイルに変わっていったね。そういう気さくさはありましたよね。

三田村

へ〜、喋っちゃいけないんですか。

常松

そうです。その頃はどこのジャズ喫茶も同じように、ほとんどの人は1人で来てじーっとして、ジャズを聴いていた。そんな場所でした。タバコ吸ってお酒飲むけど、騒いだりはしない。

三田村

マスターと仲良くなるっていう感じの場所でもないんですか。

笠原

それもない。喋ろうもんならマスターから怒られます。

三田村

音楽を楽しんで、ひとりの時間を過ごすための場所。

笠原

そう。その頃は国分寺にジャズ喫茶だけで5〜6件あったんです。春樹さんの店の隣に<アレキサンダー>っていうライブをやってる店もあったし、北口にも<モダン>っていうジャズ喫茶があった。今はもうなくなっちゃったけどね…。

三田村

そうなんだ。でも村上さんのお店はもっと気さくで入りやすい感じだったんですね。これは貴重なお話しですね。

笠原

「縁側」であり、「踊り場」でありたい

第1話から第7話まで三田村さんにお話をうかがってきましたが、本当にこの場所っていうのは何か物語が始まる、そんな場所ですね。

笠原

お店として今後どういうふうにしていきたいですか。

常松

2つあるんです。ひとつキーワードとしてあげるならば、この地域の中でもみんなと協力しあうこと。縁側であること。

三田村

縁側?

笠原

縁側って知ってる? 平屋とかにある縁側。

三田村

はい。

笠原

つまり昔の古民家の縁側っていうのは、中の暮らしと外から来た来訪者が触れ合う場所だったでしょう。「お茶でも飲んでいったら?お饅頭をもらったから、おひとつどうぞ」とか言って交流が生まれるのは、玄関ではなくて縁側。平面的にはこの店もそういう縁側であればなと思います。そう言う在り方って言うのは、人々の心の内外にも関わってくるだろうと思いますから。

三田村

気楽にちょっとお話ししてみる、そんな機会が得られる場所ですね。

常松

はい。あともうひとつは踊り場であること。「踊り場理論」って私は勝手に言っているんだけどね。

三田村

踊り場って、長い階段の途中にあるあの休憩所みたいな?

笠原

そうです。階段が続きっぱなしだと疲れますから、やっぱり普通のマンションだったら途中に踊り場がありますよね。そこでちょっと一休みして今まで登ってきた階段をちょっと振り返るとか、あるいはこれから一番上まで登るために気持ちを入れ直すだとかする場所です。

三田村

神社なんかだと、踊り場が無かったらとてもじゃないけど登りきれないところすらありますよね。

笠原

それって自分の人生でもそうだろうと思うんですよ。やっぱりこの店に来て、普段の家庭生活と仕事の生活、あるいは人との付き合いで疲れた身体をちょっと一休みしてもらえたらいいなと思います。そして次にどう自分の歩みを進めていくかということをちょっとでも想像して帰っていく。そんな場所であれたらいいなと思います。

三田村

なるほど…。わかりやすい表現ですね「踊り場」というのは。

笠原

例えば2年ぐらい前からここに来てる学生がいるんですけど、最初は11月に来て、1月に来て、4月に来てくれて。最初は学校での人の関係や母親との関係で疲れてしまっていたようだったんですが、ここに顔を出してくれるたびに彼女の気持ちや彼女の居場所っていうのが整ってきたというのか、落ち着いてきた様子が見て取れた。初めてきた時は泣きじゃくっていたのが、自分の目標を見つけたようですね。

三田村

今後というよりも、もうすでに「踊り場」として機能していますね。

笠原

そうですね。どこに漏らして良いのかわからない悩み、例えば友達と喧嘩したとか子育てで疲れたとか、そんな悩みを抱える人もここに入ってくればちょっと一息つける。そしてまた新しいスタートを切れる。そんなふうに感じてもらえればいいかなと思うんですよね。

三田村

なるほどね。確かにコーヒーも飲めるしね、ちょっと寄ってから普段の生活に戻るのもいいですね。

常松

今の若い人はどうか知らないけど、昔は男性は家に帰る前にちょっと赤提灯にでも寄ってスナックのママとかに愚痴こぼしてから帰るっていうのがありましたでしょう。それと同じように、子どももやっぱり学校と家庭の間で一息つけるところが欲しいだろうし、子育てでいっぱいいっぱいのお母さんたちもやっぱり自分だけの居場所みたいなものが必要かなと思うんですね。

三田村

言われてみればそうですね。

笠原

「そんなコーヒー1杯で何時間もいてもらっては困る」って言うお店もあるかもしれないけど、逆にお客さんにとって安心できる場所になることができたのなら、当然、その後もまた何回も通っていただくことができるでしょう。だからもう何年もお付きいさせていただいてる方もたくさんいますし、中には親子三世代できてくださる方もいらっしゃいます。

三田村

コロナ禍と言うのもあるとは思いますけれど、厳しい時もきっとあったかと思います。それでも長い間この場所でいろんな人に出会って、いろんなことを続けてこられたのはやはり熱い想いがあってのことですね。

笠原

もちろん経済的に考えれば、「どこまでやれるかな…」と心配な時だってそりゃありましたね。だけれども、やっぱり「明日になったら〇〇さんがくるかもしれないから」とか、「最近は顔見せてくれないけど、落ち着いたら来るかもしれない」っていう期待感とかワクワク感もこちらにはありますからね。

三田村

お子さんだけ入ってこられることあるんですか。

笠原

ありますよ。もちろん学校の子どもがランドセル背負ったまま寄り道はできないけども、でも例えば隣のマンションに住んでいる子なんかで、「家出るときに鍵を持って出るの忘れたから家に入れない」っていう子がここで2〜3時間お父さんお母さんが帰ってくるのを待っていることもあります。
他にも小さいときからここに来てる兄弟は、何かあると必ずここに顔出してくれる。

三田村

それはうれしいですね。この<おばあさんの知恵袋>も、三田村さんも、本当に地域に深く根を張っていらっしゃる。このお店にくるみんなのおじいちゃんって感じ。私もそう思っている1人です。

笠原

物語が始まる場所、<おばあさんの知恵袋>。

「誰かのために」そして「もっとよくするために」という三田村さんの優しい眼差しと力強い想いにふれることのできる場所です。たくさんの物語がここで始まり、今もどこかで続いています。

CREDIT

クレジット

執筆・編集
長野で野山を駆け回り、果物をもりもり食べ、育つ。好奇心旺盛で、何でも「とりあえず…」と始めてしまうため、広く浅いタイプの多趣味。普段はフリーで翻訳などをしている。敬愛するのは松本隆、田辺聖子、ロアルド・ダール。お腹が空くと電池切れ。
聞き手
303 BOOKS(株式会社オフィス303)代表取締役。千葉県千葉市の埋めたて地出身。バイク雑誌、パズル雑誌を経て、児童書の編集者になる。本は読むものではなく、つくるものだと思っている。
撮影
某研究学園都市生まれ。音楽と東京ヤクルトスワローズが好き。最近は「ヴィブラフォンの入ったレアグルーヴ」というジャンルを集めて聴いている。