時代劇に、キュン!
「大岡越前」の巻
映画「椿三十郎」は、1962(昭和37)年の正月映画として公開された時代劇だ。
監督は黒澤明。前年に公開の「用心棒」の続編的作品とされているが、「椿三十郎」は、黒澤映画の中では最大のヒットを記録している。
ところで黒澤作品といえば、「七人の侍」「天国と地獄」「赤ひげ」「影武者」「乱」といった大作を思い浮かべる方が多いと思う。しかし、小品ながら(全編96分だ)私は何といっても、この「椿三十郎」が好きだ。
藩政を正そうとお堂に集まった若侍たち。その密談を、たまたまお堂の中で寝ていた素浪人が耳にするところから映画は始まる。若くて正義感と使命感はあるが、思慮が足りない若侍たち。彼らの手助けをするはめになった素浪人・椿三十郎の機転で、若侍たちは度重なる危機をかわし、藩政を我が物にしようと企む輩の駆逐に成功する。
この若侍たちが、加山雄三、田中邦衛、平田昭彦、土屋嘉男…といった面々で、悪事に加担していた次席家老が志村喬、用人が藤原釜足。良いほう(?)の城代家老が伊藤雄之助。城代家老のおっとりした奥方が入江たか子。捕まったくせに、仲間ヅラして相談に加わろうとする侍に小林桂樹。手強い敵で切れ者の室戸半兵衛が仲代達矢。黒澤作品が好きなら、この配役を見るだけでもワクワクするに違いない。
そして、椿三十郎を演じたのが、三船敏郎だ。三船さんのカッコいいことといったら、もう堪らんよ。とにかくめっぽう強い。何十人を相手にしても一歩も引かない。その殺陣シーンは圧巻で、誰も真似できないと思う。決して綺麗とはいえない素浪人の出で立ちだが、懐手にして肩を揺らしながら歩く姿がイイ、その後ろ姿も本当にイイ!
城代家老が捕らえられている椿屋敷。その隣家がたまたま若侍の屋敷で、そこで集って相談するのだが、いつも転寝ばかりしているのが椿三十郎。障子の戸をガタピシと開け閉めするたびに、「うるせぇーなー」とばかりに顔をしかめるシーンがあるのだが、じつは、私がいちばん好きな場面だ。なぜなら、あの強面の三船さんが、なんともいえず可愛いからなのだ。椿三十郎という名も、隣家の椿を眺めながら咄嗟に出てきた名前だ。
さて、その椿屋敷の椿を小川に流すシーンが見どころの一つなのだが、映画を見ている人は、ここで思うはずだ。「なんでカラーじゃないんだぁ…」と。赤と白の椿の花。白黒の画面では残念ながら…。そう、同じ白黒でも「天国と地獄」の紅い煙が立つシーンのように、赤い椿を演出できていたら、小川に流した椿は赤いほうだったかもね。
いろいろあって、無事に悪党どもは駆逐されたが、何も言わずに藩を去ろうとする椿三十郎。彼を追う若侍たち。最後のクライマックスは、コケにされ続けた室戸半兵衛(仲代達矢)が、椿三十郎に真剣勝負を挑むシーン。そりゃあ、仲代さんじゃなくたって、あれだけ騙されたら腹立つでしょ。で、最後の決闘は、息詰まる居合いの抜刀で決着する。このシーンは、本当にスゴイので、ぜひ見ていただきたい。
「椿三十郎」は黒澤明の脚本だが、山本周五郎・原作の「日日平安」がベースになっている。山本周五郎の作品も好きだが、この映画には、コミカルで洒落っ気たっぷりのやりとりがあふれているし、登場人物の性格や感情もイイ感じに描かれていて楽しい。
その楽しいやりとりの後だからこそ、最後の決闘シーンがより一層際立つのだろうなと思う。最後の最後、決闘の後、若侍たちに放つ椿三十郎の台詞がこの映画を締めている。
「こいつは俺といっしょで抜き身だ。でもな、本当にいい刀は鞘に入っているもんだ。お前らもおとなしく鞘に入ってろよ!」そして、「あばよ」とひと言残して去っていく…。
うーん。カッコいい、カッコよすぎる。
話は変わるが、「柔よく剛を制す」という言葉をご存じだろうか。「しなやかで柔らかいものが、強くて硬いものを制する」ということ。つまり弱くても強いものに勝てるという意味だが、「椿三十郎」という映画を見ると、この言葉が思い出されるのだ。椿三十郎は、ほかの誰よりも強いが、己のためにその力を振るうことはない。できうる限り、思案と知恵で難局を乗り切る方法を心得ている。そこがまた、偉いなあ、すごいなあと思うのだ。
黒澤映画を見るまでは、三船敏郎という俳優には何の興味もなかったが、一度でも黒澤映画の三船さんを見たら、誰でもその魅力に吸い寄せられると思う。それほど、三船敏郎という俳優は輝いて見える。「世界のミフネ」に偽りはないのだ。
…と、ここまで書いていたら、また「椿三十郎」が見たくなった。
今度の連休には、DVDでも借りてこようかなあ…。