脳梗塞になっちゃった!#1

突然、蛇口をひねったように…。

この記事は約4分で読めます by 楠本和子

こんにちは。楠本です。
2020年冬、まだ、コロナ禍が大きくなる前のことです。私、人生初の入院というものを経験しました。この文章は、その闘病記というほどのものではないですが、入院当時のあれこれを思い出しながら、私なりにしたためたものです。拙い文章ですが、最後まで読んでいただけると嬉しいです。いま、健康であることに感謝しながら……。

それは、突然始まった。

制作中の漢字本の相談をKB氏としていたときだった。和子さんは自分の鼻に違和感を感じ、鼻水が出たのかと思いすすってみた。すると「タラッ」というふうに何かが垂れた。指で触れてみると、それは鼻血だった。

「ごめん、鼻血だ」。と断り、急いで洗面所に走る和子さん。ドアを開ける寸前に2滴、血の雫がしたたり落ちた。2月6日、午後3時ごろのことだった。

ペーパータオルをつかみ取り、鼻にあてがったが時すでに遅し、堰を切ったように鼻血があふれ出てしまった。蛇口をひねったように、ジャバジャバと血が流れる。もう一人ではどうしようもないくらいで、誰か助けてーと彼女は心で念じていた。

ドアの前で「きゃあー」と叫ぶ声。OGUちゃんだ。血の滴りを見たのだ。でも、助かったと和子さんは思った。流れる水道水は、血を跳ね飛ばし、血は流れ続け、術をしらない和子さんはただ血の海にのまれていた。

「ティッシュ持ってきて」と頼む和子さん、「うん」と洗面所を飛び出るOGUちゃん。そして、叫び声を聞きつけた、ちえちゃん、もとこちゃん、KBTさんらも次々現れ、もみくちゃにされた和子さんは、一同とともに事務所奥ソファーへと移動したのだった。

鼻血は止まらない、小鼻をつまんでも、一向に止まる気配がない。新聞紙を押し込んだレジ袋に、血をぬぐい取ったティッシュがたまっていく。流れる血を受けるよう手渡されたタッパーにも血はたまり続ける。和子さんは時々むせたり、血を吐き出したりしている。ただ、そうやって時間だけがすぎていく。

そんななか「暑いのがいけない」という理由でひえピタをもってきたOGUちゃん。もとこちゃんが、首の後ろや、おでこにひえピタを張りつけるが、髪の毛は巻き込むは、ひじ鉄を食らうわで、和子さんはもう笑うしかない。タッパーを持つちえちゃんにも、タッパーでアッパーをくらうありさまだ。

「いま、何時?」と和子さん。「3時半くらい」とOGUちゃん。「まったく、あんたたちゃ、3時半のヒロインだわ」と思う和子さんなのだった(3時のヒロインは和子さんのお気に入りのお笑い芸人だ)。

ようやく血が止まったのは、4時ごろだったろうか。やれ一安心と口周りやはなの周りをぬぐい、手を洗い、仕事へ戻る和子さん。しばらくして、「悪いけど、今日はもう帰るね」と帰り支度を始めたとたん、「あ」。まただ、また鼻血だ。鼻を押さえて洗面所へ。

二度目の流血は、さらに激しく、まったく止まらない。刻々と時間は過ぎていく。しびれを切らしたOGUちゃんが、何やら病院の人と激論している。電話をたらい回しにされて怒っているようだ。

電話相手に「58、58歳ですっ」と大声で連呼している。「ちょっとやめてよ。恥ずかしいじゃん」と思う和子さんをよそに、怒り続けるOGUちゃん。やがて業を煮やしたOGUちゃんは、ついに救急車を呼んだ。「えー、鼻血出たまま救急車なんてやだなあ」と和子さんは思っていた。

5時半を過ぎていただろうか、なんとか、血は止まった。救急車も到着したようだ。みんなに囲まれながら1階へと向かう。少しフラフラする。献血以上に出血したと思う。

余談だが、和子さんは血液の比重が軽く、献血ができない。20代のはじめころ、献血に行ったが、比重が軽すぎて取ってもらえなかった。献血後にもらえるはずの牛乳もオレンジジュースももらえなかった。採血で痛い思いをしただけで終わったのだった。

救急車に乗り込む。救急車に乗るのははじめてだ。ちょっぴりうれしい。KBTさんが付き添いでいてくれる。名前とか生年月日とか症状とかいろいろ聞かれる。血圧も測る。265と出た。冗談でしょ。

救急隊員の方が電話であちこち聞いてくれる。何度かのやりとりの後、目的地はK病院に決まった。市ヶ谷から坂道を上り、右へ左へと進路を変えながら車は進む。和子さんは思った。「めちゃめちゃ揺れすぎっ。これじゃ重病の人が死んじゃうよ」。そう、体力に自信のない人は救急車に乗るのは賢明ではありません。余裕がある人は、タクシーを呼びましょう。

K病院の救急外来に到着。耳鼻咽喉科のお医者さんの所へ案内される。女医さんが2人。看護師さんが1人いた。医師の2人は美人だった。マスクを外した顔を拝みたいと思う和子さんであった。

血圧を測り、問診を受け、右穴にメンキュウと呼ばれた詰め物を施された。自宅の駅近のクリニックに紹介状を書いてもらい、翌日、受診することになった。とりあえず一安心。

………と思った和子さんを、このあと、さらなる悲劇が待っていたのだった。

#2 そこは下じゃない。舌

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執筆・編集
神戸市の生まれだが、東京での生活のほうが随分長くなった。編集者の端くれとして日々暮らしている。生来の医者嫌いだったが、今回の入院で考えを改めるに至る。お世話になった方々に、ただただ感謝。
    イラスト
    1994年、福岡県生まれ。漫画家、イラストレーター。第71回ちばてつや賞にて『死に神』が入選。漫画雑誌『すいかとかのたね』の作家メンバー。散歩と自転車がちょっと好きで、東京から福岡まで歩いたことがある。江戸の消防と建築を研究中。