アイリッシュテナーバンジョー物語#1

あの頃アイリッシュ・テナー・バンジョーと

この記事は約5分で読めます by 林太陽

みなさんこんにちは! 林です。

はやしたいよう
林太陽

楽器を弾くことと都市伝説が好き。You Tubeでサバイバル系の動画を見すぎて、実践したことはないがその辺のもので火を起こせる自信だけがある。

    突然ですが「アイリッシュテナーバンジョー」という楽器をご存じでしょうか?

    「なにそれ、見たことも聞いたこともない」
    「バンジョーってなんか民族楽器ぽいやつでしょ?」
    「カントリー音楽でペケペケ鳴ってるやつだよね?」
    「任天堂のゲームのキャラ?」
    「アイリッシュコーヒーなら飲んだことあるよ!」

    おそらくこういった回答になるんじゃないかと思います。

    実は私このアイリッシュテナーバンジョーという楽器でアイルランド音楽を演奏していましてその魅力をお伝えするべく今回記事にさせていただきました。

    「ちょっと待て、そもそもバンジョーがなんなのかよくわかっていないのに”アイリッシュテナー”とはいったいどういうことだ、わけがわからんぞ、もう読むのやめる!」との声がひしひしと聞こえてくるようです。

    まぁまぁ落ち着いてください、前後編に分けて一つずつ説明していきますのでどうか最後まで読んでいただけると嬉しいです。

    バンジョーってなんぞや?

    「アイリッシュ」「テナー」「バンジョー」

    分解すると「アイルランド人の」「テナー域(バスより高くアルトより低い)の」「バンジョー」となります。まだわけがわかりませんね。

    まず「バンジョー」がなんなのか、というところから説明していきましょう。

    実際にどういったものかご覧下さい。

    デニムシャツを着た男性が持っているドラムとギターをくっつけたような楽器、これこそがバンジョーです。ああ、確かにどこかで見たことあるかも! という人もいるのではないでしょうか。

    前述した「カントリー音楽でペケペケ鳴ってるやつ」はお見事正解ですね。

    任天堂の不朽の名作ゲームソフト「バンジョーとカズーイの大冒険」。主人公バンジョーはゲーム内でもそれらしき楽器を演奏していることから、楽器が名前の由来で間違い無いだろうと長年考えられていた。しかし2019年に開発者の一人が、当時任天堂の社長を務めていた山内溥氏の孫である山内万丈氏が名前の由来だとTwitterに投稿。発売から20年経って明らかになった事実に一部のファンは驚愕した。
    ちなみに私は子供の頃プレイしたが、ホラーゲームでは無いのに演出が怖すぎてクリアできなかった思い出がある。

    さて、このバンジョーはどういった歴史で登場したのかを見ていきましょう。

    その起源は17世紀に遡ります。

    アメリカ南部に当時奴隷として連れてこられていたアフリカ人たち。彼らは身の回りにあるもので楽器を作り演奏し、故郷を想うことで過酷な現実に立ち向かいました。最初期のバンジョーはひょうたんを使用して作成されていたそうです。

    それから200年ほど経ち、19世紀に入ると白人が顔を黒塗りにして黒人を風刺する劇「ミンストレル・ショー」が流行します。ミンストレル・ショーは19世紀を代表する娯楽として発展し、黒人の文化がアメリカに浸透していくきっかけになりました。

    ショーの最中に行われる音楽とダンスは特に大人気で、一座は歌の楽譜なども販売していました。黒人の文化を模倣した劇ですから、当然バンジョーも白人たちによって演奏されるようになっていきます。

    こうしてミンストレル・ショーをきっかけに、バンジョーはアメリカ国内に広く知れ渡るようになったことは事実です。しかし、このような明らかな人種差別的文化は許されるべきものではありませんし、認めてはならないものだと私は考えています。

    1964年に公民権法※が施行され、100年以上の時を経てようやくミンストレル・ショーは衰退していきました。

    ※アメリカ合衆国内において、職場・公共施設・選挙・教育等において人種差別を禁じる法律。

    ミンストレル・ショーのポスター。滑稽なイメージで描かれることが多かった。中央の男性がバンジョーを持っているのがわかる。

    アイルランド人の難航とバンジョー

    次は「アイリッシュ」、アイルランド人とバンジョーとの出会いについて説明していきます。

    「ミンストレル・ショー」が流行していたほぼ同時期に、アメリカには大量のアイルランド移民が暮らしていました。

    当時のアイルランドはイギリスの植民地であり、イギリス政府から重税をかけられていました。また、医療・衛生・栄養の向上等が原因で平均寿命が伸び、たびたび食料不足にも陥ります。

    特に、1845年から1849年に起こったジャガイモ飢饉※以来、数百万人のアイルランド人が押し寄せ、アメリカ国内の移民の半分がアイルランド人という状況にまでなります。

    ※ジャガイモ飢饉 = アイルランドで主食であるジャガイモが疫病により枯れ果て、人口の20%が減少した大飢饉。またこのような状況でありながらも、アイルランドからイギリスに向けて大量の食料が輸出されていた。写真はアイルランドの首都ダブリンにある飢饉追悼碑

    そんなアイルランド人たちがバンジョーに触れるのも必然だったのではないでしょうか。彼らもまた、祖国を捨て見知らぬ土地で過酷な現実に立ち向かう者の一人でした。音楽を演奏することで生きるための活力を生み出していたのではないでしょうか。

    20世紀初頭にはスコットランドやアイリッシュ音楽等をベースにしたブルーグラスというジャンルの音楽が誕生します。上記のYou Tubeの動画で演奏されているのがまさにこのブルーグラスです。当時から現在にいたるまでバンジョーが使用されてきたことがわかりますね。

    また、ブルーグラスのように新しい音楽を生み出すのではなく、祖国アイルランドの音楽を演奏する人たちも当然現れます。この辺りのことは後編で詳しく解説します!

    このようにしてバンジョーがアメリカ国内に広まる傍で、アイルランド人やその子孫たちがアメリカで暮らしていくようになりました。

    余談ですが現在でもアメリカ人の約12%ほどがアイルランド系アメリカ人となっていて、有名人の中にも数多くのアイルランド系の人物がいます。マライア・キャリーやジョニー・デップ、なんと第46代アメリカ合衆国大統領のジョー・バイデン氏もこの一人です。


    さあ、なんとなく「バンジョー」と「アイリッシュ」の繋がりは見えてきましたね。次回は「テナー」についてと、アイルランドにおけるアイリッシュテナーバンジョーの存在、そしてアイルランド音楽についてご紹介します!

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    クレジット

    執筆・編集
    楽器を弾くことと都市伝説が好き。予言で有名なイルミナティカードが欲しいなと思い調べたら、ボックスセットが20万円もしたので諦めた。
      イラスト
      1994年、福岡県生まれ。漫画家、イラストレーター。第71回ちばてつや賞にて「死に神」が入選。漫画雑誌『すいかとかのたね』の作家メンバー。散歩と自転車がちょっと好きで、東京から福岡まで歩いたことがある。時代劇漫画雑誌『コミック乱』にて「神田ごくら町職人ばなし」を不定期掲載中。