時代劇に、キュン!

「剣客商売」の巻

この記事は約4分で読めます by 楠本和子

昭和の時代には、毎日のように、テレビで普通に見ることができた時代劇。
令和のいま、その存在のありがたさを思い出しています。
愛すべき時代劇と、時代劇を愛する人たちに、エールを送ります。

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「剣客商売」(けんかくしょうばい)は、池波正太郎の原作を元にした、味わい深い時代劇だ。

私は「鬼平犯科帳」から池波さんの原作にハマったので、「剣客商売」を知ったのはその後になる。じつは、テレビドラマがあったことも知らなかった(不覚じゃ…)。

テレビでは、すでに「加藤 剛・山形 勲」版と「中村又五郎」版の放送が終わっていた。私が、実写版の「秋山小兵衛、大治郎」親子に出会ったのは、1998(平成10)年のことで、演じたのは、藤田まこと(小兵衛)と渡部篤郎(大治郎)だった(第5シリーズまで)。

「剣客商売」の魅力をひと言で語るのは難しいが、好きな点ならいくつもある。

まずは、レギュラー陣。小兵衛の若すぎる妻・おはる(小林綾子)、女剣士・佐々木美冬(大路恵美)、岡っ引き・四谷の弥七(三浦浩一)、舟宿“不二楼”の女将おもと(梶芽衣子)…などなど、そして、老中・田沼意次(平 幹次郎)。田沼意次は、時代劇では悪人に描かれることが多いが、「剣客商売」の田沼さまは、小兵衛のバックアップをしてくれる有難い存在だ。後に、大治郎と夫婦になる美冬の父親でもある。

小兵衛・大治郎親子を取り巻く、これらの人びとが、とてもイイのだ。おはるの愛らしさ、おもとの賢さ、弥七の誠実さ、意次の寛大さ…どれをとっても申し分ない。誰もが己の分をわきまえた描き方になっているのが、池波作品の特徴だと思う。

なかでも、私のお気に入りは、佐々木美冬だ。幼い頃から“侍になりたかった”私の夢を体現している人がここにいる! 剣の腕もあり、清らかで、まっすぐで、しかも美しい。うーん、イイねー。美冬どの、最高です!(尚、後に、大治郎と美冬は、渡部篤郎から山口馬木也へ、大路恵美から寺島しのぶへ交代)

秋山小兵衛の剣客としての腕前は突出していて、どんな悪党もかなわない。その血を受け継ぐ大治郎、この人も強い強い。だから、殺陣のシーンもきりりと引き締まり、長ったらしいカメラ回しを使うことなく、いつも“ズバッ!”と描かれている。

ここで、原作をどうこう言うのはおこがましいので、私が好きな回を紹介しておこう。

第2シリーズの中の『悪い虫』は、大治郎に、十日間で剣術を教えてほしいと頼みこむ、辻売りの鰻屋・又六と、その願いに応えてやる小兵衛・大治郎のお話。水で濡らした和紙を又六の額に貼り付け、その薄紙を一刀で切り離す小兵衛の気迫。本物の剣術のすごさを知って、怖いと思う心を封じることができた又六が、力づくで金をむしり取りに来る“悪い虫”=兄と闘う力をつけるという物語。なんとも温かい気持ちになるお話だった。

これも第2シリーズの一つ『隠れ蓑』。冬の或る日、老いた盲目の浪人と知り合った小兵衛。その浪人の手足になり、かばいながら旅を続けてきた連れの老僧。じつは仇同士という二人の哀しい因縁と互いの深い愛情。その二人の、武士ゆえの定めを見届けてやる、小兵衛の思いやりが胸を打つ。小兵衛はまた、傍若無人な旗本の子息たちを許さぬ厳しさも併せ持つ。大治郎に向かい「そんな奴らは斬って捨てればよいのじゃ!」と怒りを露わにすることもある。

原作がいいのは当然なのだが、藤田まことが演じる小兵衛が、とにかくイイのだ。

もともと、コメディアン出身の藤田さん(“あたりまえだのクラッカー”の時代も記憶にある)が、こんなに時代劇にぴったりの役者になろうとは…だ。動じるものが何もないような飄々とした小兵衛の存在は、些細なことに怯えながら暮らす自分と比べ見ると、憧れ以外の何物でもない。毎回、おはる役の小林綾子とじゃれ合う姿もかわいい。年をとっても、芯を持った人の生き方というのは、見習うものがあるなあ…とつくづく思う。

さて、「剣客商売」は、藤田まこと亡き後、北大路欣也に引き継がれ、現在は時々だが、2時間枠で放送されている。おはる役は、貫地谷しほり。大治郎は、斎藤 工から高橋光臣へ、美冬役は、杏から瀧本美織へと代わっている。北大路さんも好きなのだが、“不二楼”のおもとが出ていないのは何とも残念だ。多分…、梶芽衣子に代わるキャストが見つからなかったのではないかと察している。梶さん、イイよねー。「鬼平」にも出てるけど、やっぱり、彼女の代りができる人って、なかなかいないと思うんだよね、うん。

さて、これは池波作品の特徴なのだが、「剣客商売」にも、料理のウンチクがちょいちょい出てくる。おはるは料理上手だが、美冬はてんでダメ。旬の魚介類や野菜を美味しそうに語り、食する小兵衛は結構なグルメだ。大治郎が常食にしている根深汁(葱を入れただけの味噌汁)も、なぜかとても美味しそうなんだよね。ドラマを見ていると、いつもお腹がすいてくる。

オープニングも好きだったなあ。__降りしきる雨の中、剣を交える音が飛び交う。

橋爪 功のやわらかい声が響く__「戦国乱世は遠い昔のことながら、武士の魂、やはり剣。(略)_いや、まさしく昨今、剣術は、商売なり」。この後、四季折々の風景の中を歩む小兵衛の姿がゆったりと描かれる。

「剣客商売」は、どこから食べても飽きの来ない、酒のあてにもなる時代劇なのだ。

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執筆
神戸市の生まれだが、東京での暮らしも、すでに、ン十年。 根っからのテレビ好きで、ステイホーム中も、テレビがずっとお友だち。 時代劇と宝塚歌劇をこよなく愛している。
イラスト
1994年、福岡県生まれ。漫画家、イラストレーター。第71回ちばてつや賞にて「死に神」が入選。漫画雑誌『すいかとかのたね』の作家メンバー。散歩と自転車がちょっと好きで、東京から福岡まで歩いたことがある。時代劇漫画雑誌『コミック乱』にて「神田ごくら町職人ばなし」を不定期掲載中。