おいしいものを、もうひとつ

空也のもなかじゃないほう

この記事は約7分で読めます by 笠原桃華

こんにちは、笠原です。

物語に出てくるお菓子ってなんだかワクワクしませんか。
絵本にで見たおっきなカステラも、小説に出てきたパステルカラーのボンボンも、映画に出てきた主人公お気に入りクレームブリュレも…。
見たり聞いたりするだけでは飽き足らず、食べなきゃどうも落ち着きません(笑)

時に、お菓子の名前だけでなく
“どこのお店の〇〇”
まできっちり指定され、お話に出てくることも結構ありますよね。
きっと作者のお気に入りなんだろうな~なんて思ったりして…。

さて、「夏目漱石の~」と言われたら皆さんなにが思い浮かぶでしょうか。
ひょっとしたら日本一有名な文学菓子…かもしれないですね。

おいしいものを、もうひとつ…。
今回は「空也」です!

「空也」概要

明治17年に上野池之端に開業し、今年でなんと創業137年になる「空也」。

戦災のため昭和24年に銀座に移転し、以来今日まで銀座六丁目並木通りにお店を構えています。

たまたま初代が関東空也衆の一人であり、その仲間の援助で最中を主として生菓子を始めたことから、空也念仏にちなんで「空也」となったそうです。

※関東空也衆:踊り念仏の集まりのこと。

かの有名な「空也のもなか」誕生秘話ですが、お菓子に同封してある冊子に記載があります。

それによると実は、かつて「最中」というお菓子は今日のようなパリッとした“焦し皮”に挟まれたお菓子ではなかったようなのです。そんな最中の皮を、ー今で言うチョイ足し技みたいなものですがー、ちょっと焦がして食べるのを好んでいた人物が歌舞伎役者の九代目市川團十郎。そしてその團十郎ですが、空也の初代・古市清兵衛の友人でした。こうした経緯があって、ある日團十郎が“焦し皮”の最中を清兵衛に勧め、それを食べた清兵衛は“焦し皮”のなんとも香ばしい香りに感銘を受けたのだそう。このちょっとした工夫からヒントを得て生まれたのが、今なお愛され続ける「空也のもなか」だと言われています。

現在は4代目の山口元彦さんが店主。五代目の彦之さんはお店の切り盛り及び新ブランド「空いろ」の展開をし、これまでより広い間口から餡子の美味しさを発信されています。

銀座「空也」

「空也」といえば、もなか。それはこの暖簾からも明らかです。

それもそのはず、夏目漱石の『吾輩は猫である』のなかで「空也餅」として登場する伝説の和菓子です。漱石だけではなく、“焦し皮”のヒントを与えた九代目団十郎をはじめとした梨園の方々や、昭和文豪の面々の贔屓に預かっていたそうです。

筆者が以前、漱石山房記念館のCAFÉ SOSEKIで食べた空也のもなか。

店内は歴史を感じるこじんまりとした素朴な木造の一間です。必要最低限のものだけ、と言った風情。

店内の様子。

「空也」は銀座という一等地にありながら、安くて美味しく体に優しい安全な和菓子作りを続けるべく、その日に作ったものはその日に売るというスタイルを貫いています。

品質確保のため、配送なども対応していません。また1日に作れる個数に制限があり、かつ店頭での販売個数に限りがあることから、「予約をしないと買えない」とも言われています。予約必須というわけではないですが、予定がわかっている場合には予約が推奨されています。

私は銀座に用事がある時に立ち寄ることが多いため主に平日の昼間に訪問していますが、いつでも何人か並んでいます。お昼頃訪問すると予約なしでも購入しやすいという印象ではありますが、ほとんどの方は予約されている様子でした。

今回買ったもの…

今回はもなかではなく、「季節の生菓子」を購入しました。

季節の生菓子(税込1530円)。

10月〜5月は小豆色の包装紙で、6月〜9月はこの水色の包装紙に衣替えするそうです。今回は7月初旬の訪問だったため、爽やかな水色模様の包装紙です。

消費期限は当日中。

包みを開けると、お菓子の入った紙箱があり、その上に冊子がのっています。空也の歴史や夏目漱石『吾輩は猫である』の中にある一説が書かれており、楽しいですよ。

「もなか」じゃないほう、食べてみた

蓋を開けると、6種類の生菓子が入っています。

中身についてはスケジュールが決まっているわけではなく、その時の季節感を重視して全22種類ある中から選ばれているようです。(内容により一箱のお値段も異なります。)

空也双紙(税込220円)
練り切り:黄身瓢、松、梅(各・税込350円)
羊羹:大納言入り(税込220円)、水羊羹(税込220円)、栗羊羹(税込350円)、錦玉(税込280円)、ヒスイ(税込280円)
饅頭:薯蕷饅頭、蕎麦饅頭(各・税込250円)
求肥:胡麻、うぐいす、草、伽藍餅、けし餅(各・税込220円)
その他:空也餅(税込250円)、葛饅頭(税込280円)、栗茶巾(税込350円)、桜餅(税込280円)、浮島(税込280円)、しぐれ(税込280円)

そして、今回入っていたものはこちら。

左上のオレンジ色のお菓子から時計回りに…。

  • 空也双紙
  • 葛饅頭
  • 胡麻求肥
  • 水羊羹
  • ヒスイ
  • 錦玉

「今回は何が入っているのだろう!」と毎回ワクワクします。夏ということもあり、やはり水羊羹が入っていますね。キラッと光を通す錦玉が入っているのも、蒸し暑い季節柄テンションが上がります!

それでは上から順にご紹介していきます。

・空也双紙

「空也双紙」は季節の生菓子の中に通年で入っている唯一のスタメンで、空也と焼印を押された生地に餡子を挟んで四角く切ったもの。

密度を濃くしたカステラのようなムギュッとしたスポンジ。卵の甘く幸せな香りがします。

中の餡子はしっかり目のつぶあんでシャリっとしています。ほんの少し寒天が入っているのか、きんつばの中身みたいな感じ。小豆の粒がプリプリしていて美味い。

・葛饅頭

「葛饅頭」、季節を感じますね。

さらりとした表面で、プリッと弾力のある葛の皮。磨りガラスの小物入れみたいで可愛らしいです。

中身はこし餡。サラサラと溶ける水気少なめの餡です。葛は吉野葛を使用しています。

水饅頭ではなく、葛饅頭なのでみょーんと伸びたりはしない独特の食感です。ザブンと水中に飛び込んだときのような…食感です。例えになっているかわかりませんが…(笑)

・胡麻求肥

柔らかい求肥に「これでもか!」というほど黒胡麻がまぶしてあります。擦ってあるので香りが鮮烈です。

胡麻は国産だそうですが、国内で流通している胡麻のうち国産品はわずか1%しかないため確保するのが大変なのだそう…。

葛饅頭より生地が柔らかいからなのか、こうして写真を見てみると餡の粘度は気持ち高いのかな〜という印象を受けます。ただ、餡の味自体についてはあまり違いは感じません。求肥自体も甘味がついており餡もしっかりと甘いので、今回の6品の中では一番“濃厚”という印象です。

・水羊羹

私事ですが、最近水羊羹にハマっています。ついこの前までは「水羊羹って羊羹を伸ばしたものでしょ?」くらいに思っていたのですが、その伸ばし方に無限の可能性があるんですよね! やっとわかってきました! 

さてこの無限に広がる水羊羹の道ですが、みずみずしさを追求しているものもあれば、羊羹の新解釈的なものもあります。「空也」の水羊羹は滑らかなこし餡を直方体に立たせたって感じというか…。水っぽさよりも餡子感が強い水羊羹です。みずみずしさもありながら、こし餡の小さな粒子を感じられます。リッチな感じで美味。

・ヒスイ

これまた見た目麗しい一品です。宝石の名を冠した抹茶ゼリーです。

上層が透明な寒天で、下層はくぐもったヒスイ色の葛入りの錦玉。

※錦玉(きんぎょく):寒天を溶かした後砂糖や水飴を加え、冷やし固めた和菓子のこと。琥珀羹ともいう。

抹茶部分はもっちり柔らかく、入りたての新茶のような甘くて涼しい青い香りのお抹茶味。そこにポリポリした硬めの食感の寒天が合わさり、なんとも楽しい組み合わせです。

・錦玉

高価な琥珀のような茶色照りのある錦玉。間にはこし餡のそぼろが流されています。

茶色い色は和三盆糖のお色。阿波の国、徳島県の岡田製糖所の和三盆を使用しているそうです。

味そのものはシンプルですが、しっかりとした羹部分と柔らかく溶ける餡そぼろがいい具合で、お互いにお互いを引き立たせています。

おわりに

「空也のもなか」が伝説のお菓子だとしたら、「季節の生菓子」は幻のお菓子と言っても差し支えないでしょう。なにせ銀座の店舗でしか購入できないうえ、売り切れも覚悟しなければならず、さらに日持ちもしない(当日中!)のですから…。

それでも多くの人たちから長く愛され、遠方からのお客さんも絶えないようです。

以前私が列に並んでいた時、私のちょうど後ろにいらっしゃったご婦人がなんと広島から(!) 買いにきたのだとおっしゃっていました…。

「安くて美味しく体に優しい安全な和菓子作りを続けるべく、その日に作ったものはその日に売るというスタイルを貫いている」と冒頭で紹介させていただきましたが、そのこだわりが生み出した《徳》のようなものが「空也」からひしひしと伝わってきます。

私自身も実際に購入し、空也の《徳》に触れました。蒸し暑いこの時期ですが、その場の空気が変わるような羹の数々…恐れ入ります。

おいしいものを、もうひとつ。

【取材協力】
 銀座 空也
住所 東京都中央区銀座6丁目7−19 (並木通り)
TEL:03-3571-3304
営業時間: 10:00-17:00(土曜16時閉店)
定休日: 日曜祝日

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執筆・編集・撮影
長野で野山を駆け回り、果物をもりもり食べ、育つ。好奇心旺盛で、何でも「とりあえず…」と始めてしまうため、広く浅いタイプの多趣味。普段はフリーで翻訳などをしている。敬愛するのは松本隆、田辺聖子、ロアルド・ダール。お腹が空くと電池切れ。