時代劇に、キュン!#15

「鬼平犯科帳」の巻・其ノ二

この記事は約5分で読めます by 楠本和子

鬼平は映画にもなった。

「鬼平犯科帳 劇場版」(1995〈平成7〉年)がそうだ。この映画は松竹の100周年記念作品でもある。おなじみのレギュラーメンバーに加えて、岩下志麻・藤田まこと・石橋蓮司・世良公則・遠藤憲一など、ゲストも豪華だった。もちろん観に行きましたよ、ハイ。立ち回りのシーンが派手で、「あー、映画だ」と思わせるつくりだったね。

鬼平は舞台にもなった。漫画にもなった。テレビアニメにもなっている。ちょっとすごいでしょ。かくいう私は舞台も観に行った。新橋演舞場の1階席、前のほうの良い席でうっとりしながら観た(当時、私の周囲では歌舞伎を観に行くことが流行っていて、歌舞伎仲間のお姉さまたち〈もちろん全員、吉右衛門ファン〉と一緒に行ったのだ。素晴らしいコネをお持ちの方がいたおかげで、とても良いお席で観られた)。オープニング曲(あの勇ましいヤツね)が客席に鳴り響いただけで、もう胸が高鳴ったものだ。

テレビの話に戻ろう。

ここで、鬼平こと、長谷川平蔵の魅力について語っておきたい。

平蔵は旗本の息子だが、妾腹だったために義母とそりが合わず、若い頃には家を飛び出し放蕩三昧。無頼漢となっても腕は立つし、銕三郎(てつさぶろう)という名前から“本所の銕”などと呼ばれて周りから恐れられる存在だった。そんな彼だからこそ、家督を継ぎ火付盗賊改方長官となったのちも、悪党には厳しいが、善良で弱い人びとには本当に優しい。たとえ盗賊であっても義侠心に厚い者や、やむにやまれぬ事情を持つ者には寛容で情け深い。だからこそ、密偵たちからも、揺るがぬ信頼を得ているのだ。また平蔵は、大のグルメで美味しい物に目がない。料理上手な“猫どの”こと同心・村松忠之進(沼田爆)が作るまかないを腹一杯食べて、妻の久栄(多岐川裕美)にたしなめられたりもする。

美味しそうな料理は、原作にもふんだんに出てくるが、テレビ版で描かれるちょっとした料理もどれも本当に美味しそうなのだ。五鉄で出される軍鶏鍋とか、豆腐とか、煮付とか、一本うどんとか、塩むすびやお茶漬けでさえ、「あー、食いてぇ…」と垂涎の的になる。とにかく見ているだけでお腹がすいちゃうのだ。

そう、“本所の銕”で思い出した、私が大好きな回を紹介しておこう。

「笹やのお熊」(第1シリーズ・第13話)には、名女優・北林谷栄さん扮するお熊が登場する。お熊と平蔵、お熊と彦十(江戸家猫八)とのおしゃべりが楽しいお話だ。

平蔵が暮らす役宅に、お熊(北林谷栄)という老婆がやって来る。お熊は、平蔵が“本所の銕”と呼ばれた頃に世話になった女で、いまは、弥勒寺の門前で“笹や”という茶店を営んでいる。お熊は、弥勒寺の下男・茂平が死ぬ間際に呼ばれて、頼み事をされたのだという。「千住の畳屋・庄八に自分の死を伝えてほしい」「神奈川宿にいる孫娘に、胴巻きの金を届けてほしい」。頼み事はこの二つだ。胴巻きの中には五十八両もの大金が! 訳ありだと考えたお熊は平蔵に相談に来たのだった。平蔵は考える_寺には近所の住民や檀家から預かった大金がある。茂平は、盗賊の引き込み役だったのではないか…。平蔵は、お熊を庄八の元へ向かわせる。と同時に配下の者たちを見張りにつけ、成り行きをみることにする。

平蔵が睨んだ通り、やがて盗賊一味の企みが明らかになる。ところで、このお話が面白いのは、お熊の存在がとにかく可愛いらしいということにつきる。北林谷栄さんは若い頃からおばあさん役が多かったが、実際、年老いてからの老婆役は本当にチャーミングで、真似ができる役者はいないだろう。それに、劇団民藝の看板を背負っていただけあって、口跡は鮮やかだし、台詞の間の取り方もとてもイイのだ。

平蔵がお熊に寄せる愛情は、懐が深い。平蔵は、敢えて老婆にもできる“探索”にお熊を駆り立てる。一人暮らしの老婆、その寂しさを紛らわせる術を心得る、平蔵の優しさは本物だ。

もう一つ、印象に残ったお話がある。

「五月闇」(第6シリーズ・第10話)は、密偵の一人、伊三次(三浦浩一)が死んでしまうという哀しい回だ。

伊三次は、平蔵の密偵になって五年になる。伊三次の過去は盗賊であったこと以外、詳しく知る人はいない。伊三次は、なじみの娼婦およね(池波志乃)から、強矢の伊佐蔵(速水亮)という男の噂を聞く。伊佐蔵も盗賊で、伊三次とは深い因縁があった。過去に伊佐蔵の女房を寝取り、傷まで負わせていたのだ。見つかったら殺されても仕方ない…、そんな思いで探索を続ける伊三次。そして、ついにその時が来る…。不意打ちを食らい、めった刺しにされる伊三次。梅雨時のお話で、全編を通して何とも切ない雨が降り続く。

役宅に運ばれ、医師の手当てを受けるが最期は近い。懸命に看病する久栄(多岐川裕美)、おまさ(梶芽衣子)、そして、伊三次の最後の言葉を聞く平蔵。伊佐蔵は捕らえられ、与力・同心たちも伊三次の元に集まってくる…。この回は、ここで終わる。

「伊三次ぃー。なんで死んだんだよーー」。私ゃ泣いたよ。おんおん泣きました。

でも、でもね、シリーズが新しくなったら、伊三次ってば、復活したんだよね。「ええーーっ」てなもんよ。でもまあ、原作でも時代が前後したりするのはよくあることなので、ま、いっか。伊三次、好きだし。へへへ…。

さて、私の愛する「鬼平犯科帳」の魅力が、少しは伝わっただろうか。

佐嶋忠介(高橋悦治)、小房の粂八(蟹江敬三)、相模の彦十(江戸家猫八)、そして、大滝の五郎蔵(綿引勝彦)と、大好きなメンバーが亡くなってしまい、もう二度と新しい作品に出合うことはかなわないけれど、何度でも何度でも、再放送があるたびに観たくなるのが「鬼平犯科帳」だ。もっともっと観たいという方は、CSでもDVDでも、ぜひどうぞ。

日本人に生まれて、日本の時代劇を観られる幸せ。

「鬼平犯科帳」で描かれる時代劇の魅力を、貴方の目と耳と、心で感じてほしい。

CREDIT

クレジット

執筆
神戸市の生まれだが、東京での暮らしも、すでに、ン十年。 根っからのテレビ好きで、ステイホーム中も、テレビがずっとお友だち。 時代劇と宝塚歌劇をこよなく愛している。
    イラスト
    1994年、福岡県生まれ。漫画家、イラストレーター。第71回ちばてつや賞にて「死に神」が入選。漫画雑誌『すいかとかのたね』の作家メンバー。散歩と自転車がちょっと好きで、東京から福岡まで歩いたことがある。時代劇漫画雑誌『コミック乱』にて「神田ごくら町職人ばなし」を不定期掲載中。