時代劇に、キュン!#16

「雨あがる」の巻

この記事は約3分で読めます by 楠本和子

「雨あがる」は、2000(平成12)年に公開された映画だ。

あの黒澤明が残した脚本(原作は山本周五郎)を、長年、黒澤組でスタッフとして尽力していた小泉堯史が監督した。

この映画には、「見終わって、晴れ晴れとした気持ちになる様な作品にすること」という黒澤明の覚え書きがついていたそうだ。映画を観終わった時、その言葉が忠実に映像化された素敵な作品だと、素直に思った。

とある城下のとある場所。長雨が続き、川を越えられない旅人たちが安宿に閉じ込められていた。気が滅入った旅人たちは些細なことで喧嘩を始めてしまう。見かねた浪人・三沢伊兵衛(寺尾聰)は、皆を喜ばすため、賭試合をして稼いだ金を使い、ささやかな宴を催す。妻・たよ(宮崎美子)は、あきれながらもそんな伊兵衛に寄り添っている。

長雨が上がり、周囲を散策していた伊兵衛は、城下の若侍たちが諍いの挙句、決闘を始めるところに出くわす。見事な剣さばきでその場を収めた伊兵衛の姿は、城主(三船史郎)の目に留まり、城に招かれることになった。

伊兵衛の人柄や剣の腕前に惚れた城主は、伊兵衛を剣術指南役にしようとするが、それを快く思わない輩がいた。伊兵衛との賭試合に負けた城下の道場主たちだ。

賭試合のことが明るみになり、伊兵衛は剣術指南役の職を失ってしまう。伊兵衛にそのことを伝えに来た家臣に向かって、たよが言う。

「何をしたかではなく、何のためにしたか。大事なのはそのことです。でくの坊のあなた方にはわからないでしょうが…」

伊兵衛とたよは、心に些かの曇りもなく、新たな旅立ちを決める。

そのころ、山間を行く二人の後を、馬を駆って追いかける、城主と家臣たちの姿があった。

映画の最初のほう、安宿の板の間で、伊兵衛が催した宴の場面。同宿の貧しい人たちが酒を酌み交わし、歌ったり踊ったりするシーンを観ていると、知らないうちに涙があふれてしまった。支え合わなければ生きていけないほど貧しい暮らし。そんな日々の中にも、ささやかな楽しみを見つけて生きていく。そんな庶民の生きざまを思いやる、伊兵衛の優しい心根に泣けてしまったのかもしれない。

三沢伊兵衛という人は、優しすぎるが故に、上手に世渡りが出来ない人物だ。映画の中で、城主の妻(檀ふみ)が言うように、「あまりに優しすぎると、優しくされたほうは、自尊心を傷つけられるのかもしれませんね」。うーん、確かにそうかもしれないなぁ…。

優しくって、善良で、真っ正直であれば、それでいいじゃないかと思うけれど…。生きていくって難しいね。

さて冒頭で書いたように、この映画は、黒澤明の遺志を継いだ、監督・スタッフ・俳優たちの力で実現した。スタッフも俳優も、黒澤組で映画を作ったことのある人たちだ。

キャストは、寺尾聰・宮崎美子のほかにも、井川比佐志・原田美枝子・松村達雄・吉岡秀隆・大寶智子・仲代達矢ら、黒澤映画を飾った面々が顔を揃えていた。城主を演じた三船史郎は、三船敏郎の息子だ。「下手くそ」「大根」というコメントも散見したが、ぶっきらぼうな物言いとか、豪放磊落な感じとか、いかにも殿さまっぽくて、私は好きだったな。

三沢伊兵衛を演じた寺尾聰は、いかにも優男で、強そうには見えないのだけれど、殺陣シーンは鋭くて、本当に強そうで感心しました。居合の抜刀って難しいと思うけれど、いっぱい練習したんだろうなあ…と思ったよ、うん。現代モノだけでなく、こうした時代劇でも存在感があるし、いい俳優だよねー。

映画「雨あがる」は、大雨、濁流の川、急に吹く風、緑あふれる山々…と、自然の在りようを丁寧に美しく撮った映像にも、心ひかれる映画だった。映画ってやっぱりこうでなくちゃねー。スタジオ撮影のテレビドラマと大きく違うのは、この点かもね。

さてさて、テレビや映画の時代劇に寄せる思いを、好きなように綴ってきたこのコーナーも、今回をもって最終回といたします。最後まで読んでくださって、本当にありがとうございました。感謝、感謝でございます。機会があれば、またどこかでお会いしましょう。

さらばでござる!

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クレジット

執筆
神戸市の生まれだが、東京での暮らしも、すでに、ン十年。 根っからのテレビ好きで、ステイホーム中も、テレビがずっとお友だち。 時代劇と宝塚歌劇をこよなく愛している。
    イラスト
    1994年、福岡県生まれ。漫画家、イラストレーター。第71回ちばてつや賞にて「死に神」が入選。漫画雑誌『すいかとかのたね』の作家メンバー。散歩と自転車がちょっと好きで、東京から福岡まで歩いたことがある。時代劇漫画雑誌『コミック乱』にて「神田ごくら町職人ばなし」を不定期掲載中。