時代劇に、キュン!

「立花登 青春手控え」の巻

この記事は約3分で読めます by 楠本和子

「立花登 青春手控え」は、つい最近まで(2021年6月現在)、NHKの地上波で放送されていた時代劇だ。原作は時代小説の雄、藤沢周平。「獄医立花登手控え」という短編のシリーズがドラマのもとになっている。

元々は、NHKのBS時代劇として、2016(平成28)年から2018(平成30)年にかけて、1から3までのシリーズで放送されたものだ。

ところが、このドラマ、じつは1982(昭和57)年放送版のリメイクなんだって。ちーっとも知らなかったよ。主演は(私の好きな)中井貴一だったらしい。

さて、平成版の主演は、溝端淳平だ。彼にとっては、この作品が本格時代劇初出演で、初主演なのだそうだ。溝端クンは男前だし、爽やかで嫌味なところがないのがイイ。

ここで、物語のあらましを書いておこう。

立花登(溝端淳平)は、東北の小藩から叔父の家を頼って江戸にやって来た、若き医師だ。いまは、小伝馬町の牢医師を務めている。家では叔父の小牧玄庵(古谷一行)・叔母の松江(宮崎美子)・従妹のちえ(平祐奈)・下女のきよ(鷲尾真知子)とにぎやかに暮らしている。叔父はしょっちゅう飲み歩いているし、叔母は、何かと家の用事を登にさせるので、少々、辟易している。ちえやきよは、登に好意を持っている。

牢では、さまざまな罪人と出会う。やむにやまれぬ事情で罪を犯してしまった男や女、そんな人たちの病を治し、心に寄り添いながら、登は成長していく。

牢役人を務める平塚平四郎(マキタスポーツ)や、同僚の医師・土橋桂順(正名僕蔵)もいい味を出していて、毎回、彼らとのやり取りも楽しい。

登が事件に関わることになるきっかけが、何せ牢なので、ドラマのつくりとしては、実に地味と言えるだろう。牢で出会った罪人の口から語られる事件の詳細に疑問を持ち、自分の目と足で、確かめずにはいられない。それが、立花登という人だ。江戸の町には、登に協力的な岡っ引きの藤吉(石黒賢)や下っぴきの直蔵(波岡一喜)がいる。彼らの手を借りて、登は事件の真相を暴いていく。

登が魅力的なのは、柔術の達人でもあるということだ。仕事の合間に道場に通い、師範代を務めるほどの腕前なのだ。だから、真の悪人どもを懲らしめるときには、登の鉄拳が相手を打ちのめすことになる。剣を交えるチャンバラが出てこないことも、時代劇としては変わっていると言えるだろう。

この「立花登 青春手控え」というドラマは、毎回、観終わった後には何故か、しんみりしてしまう。「あー、面白かった!」とか「あー、すっきりした!」とかいう感想は、ほとんど出ることはない。

事件に関わった登場人物たちは、みんな、弱い、ただの人だ。些細なことで罪を犯し、罪人となった人たちだ。だが、ちっぽけで、何のとりえもない人間にだって、幸せになる権利はあるはずだ。そう、幸せになって何が悪い! そんな思いが登を駆り立ててしまうのではないか。登は、市井にささやかに生きる人たちの幸せを願い、病人やけが人を治療し、腐った悪人どもと対峙する。

「一寸の虫にも五分の魂」というが、立花登には、そういう心根を汲み取る思いやりがあるのだろう。

さて、立花登の魅力をいろいろと書いてきたが、先日まで放送されていた第3シリーズで、このドラマはシリーズとして完結している。もう登に会えないと思うと残念だ。とても残念だ。

近年では、若い俳優が、時代劇の主演を演じることは少ないとは思うが、映画やドラマなど、単発でもいいので、もっともっとやってほしいなーというのが、正直な気持ち。溝端淳平クンにはもっと研鑚を積んで、いろんな時代劇に出てほしいものだ。溝端クンが主演していたBSのドラマ「柳生一族の陰謀」もなかなか良かったよ。

さて、これは余談だが、このドラマの撮影は、松竹撮影所と東映京都撮影所の両方で、双方の混成チームのスタッフで撮影されたそうだ。松竹の作品を東映京都撮影所で撮影したのは、時代劇史上、これが初めてのことなんだそうだ。へー、驚いた。

でもね、撮影所の垣根なんぞは取り払って、いい時代劇のために、これからも協力してほしい。そして、いい作品をいつまでも、いつまでも作り続けてほしい。

時代劇ファンの、心からのお願いです。

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クレジット

執筆
神戸市の生まれだが、東京での暮らしも、すでに、ン十年。 根っからのテレビ好きで、ステイホーム中も、テレビがずっとお友だち。 時代劇と宝塚歌劇をこよなく愛している。
イラスト
1994年、福岡県生まれ。漫画家、イラストレーター。第71回ちばてつや賞にて「死に神」が入選。漫画雑誌『すいかとかのたね』の作家メンバー。散歩と自転車がちょっと好きで、東京から福岡まで歩いたことがある。時代劇漫画雑誌『コミック乱』にて「神田ごくら町職人ばなし」を不定期掲載中。