ニューヨーク、東京、パリ、シバサキフミト#2

ニューヨーク、挑戦。

この記事は約4分で読めます by 常松心平

東京とパリを拠点にスティルライフ(静物画)で活躍する写真家のシバサキフミトさん。前回は、学生時代、MacとPhotoshopを作品づくりに導入し、新しい可能性を見出したところまでお話をうかがいました。今回はその後、渡米するところからお話をうかがいます。

シバサキフミト
1998年渡米後、N.Y.にて写真を学ぶ。2005年に帰国。東京にて活動開始。現在、雑誌、広告を中心に活動中。2012年より、パリでの活動も開始。2013年以降、東京・パリをベースに活動中。
Web Site

SHU AKASHIとの出会い

ニューヨークに行くきっかけって、何だったの。

心平

写真は好きだったけど、将来どういう仕事に就くか、自分にできるどういう仕事があるのか答えが出せずにすごく考えてる時に、手に取った『COMMERCIAL PHOTO』※1っていう専門紙にSHU AKASHI※2さんの写真が載ってたんだ。
青山ブックセンターだったな(笑) 1994年頃かな、その日の事は今でも強烈に覚えてるよ。

シバサキ

※1『COMMERCIAL PHOTO』=月刊で発行されるフォトグラファーと広告クリエイターのための専門誌。2014年9月号では「Fumito Shibasaki」特集が組まれ、表紙もシバサキさんが撮影した。

※2 SHU AKASHI=熊本県出身。東京、上海、ニューヨークを中心に全世界活躍を続けるスティルライフの写真家。Web Site

SHU AKASHIさんの作品のどんなところに惹かれたの?

心平

それはリングライト※で撮影してたレディースのシューズの写真だったんだけど、デジタルだけどすごく有機的でそれまで見たことがない広告写真だった。
その時はそれがリングライトだったなんてまだ知らなかったけど、静物写真で広告のジャンルでしかもアート性の高い仕事が存在するって事を知ったんだ。
すぐにもうこれしかないと思ったよ。自分が探している条件を完璧に満たしているって雷に打たれるくらいの衝撃だった。
そこからスティルライフっていうジャンルで、世界中にたくさんの才能あるフォトグラファーが活動している事も分かったんだ。
例えばGuido MocaficoMitch FeinbergKenji Toma、SHUさん。どのフォトグラファーの作品も本当に素晴らしくて、スティルライフは自分が人生をかけて追いかける価値があるなって思ったな。

シバサキ

※リングライト=円状にライトが配置された照明器具。通常のライトに比べ広範囲に光が当たるのが特徴。

それで大学を辞めて、ニューヨークに行くんだよね。

心平

海外にはほとんど行ったことがなかったから、思いついてすぐに二週間下見に行ったよ。でもこんなにいろんな人種の人が生活している街は初めてだったからすぐに気に入ったよ。

シバサキ

ニューヨークに着いて、最初はどうしたの?

心平

もういきなり、SHU AKASHIさんのところに行ったんだ。「アシスタントやらせてください」って。

シバサキ

で、どうだったの?

心平

当時は英語がまったくしゃべれなかったんだ。そうしたら、英語くらいしゃべれないと雇えないって、断られて。いきなりつまずいたんだよね(笑) そりゃそうだよね。今考えると、当たり前だけどね。

シバサキ

FITに入学

さすがに無謀な気もするけどね(笑)それでどうしたの?

心平

撮影で使う言葉も例えば三脚じゃなくてトライポッドだからね、そんな初歩的な英語も分からなかったから笑
それじゃあ、ニューヨークで一から英語と写真を勉強しようと思って、FIT(ニューヨーク州立ファッション工科大学)に入ろうとしたんだよ。

シバサキ

※ニューヨーク市マンハッタンにある、1944年に設立されたモダンアート系大学。ニューヨーク州立大学(SUNY)の一校で、アート、デザイン、テクノロジーの分野の学科がある。ファッション技術に関する豊富な数の専攻がある。

それが何年?

心平

1998年にセントラルパークウエストに家を借りて移住したんだよ。それでFITに入ろうとしたけど、それがまた簡単にはいかなくて。

シバサキ

どうして?

心平

入学試験を受けしようとしたら、そこまで語学ができないとテストにならないからダメだって試験会場で断られたんだよね。それで、なんとか受けるだけでもって押し問答してたんだけど、どうしてもダメで、がっかりして受けずに帰ろうとしたら、アフリカ系アメリカ人の大学教授が追いかけてきてくれて、「まず、語学学校に行って語学を勉強しろ。そうすれば半年後に編入試験のチャンスがある」って言ってくれたんだ。すごく熱心な良い先生で今となっては本当に良い思い出だけど、その英語を理解するのも当時は大変だった。しかもその途中編入制度は僕の年で終了だったんだ。

シバサキ

へー。なんて親切な!

心平

そうなんだよ。それでまた頭を切り替えて、語学学校に行って、英語をきっちり勉強して、1999年の途中から入学することができたんだ。

シバサキ

そのアフリカ系の教授さまさまだね。

心平

ジェフ教授って言うんだけど、その後FITの写真学部の学部長になったんだ。僕も写真家として仕事できるようになってから、彼に呼ばれてFITで講演したこともあるくらい、今もいい関係でいるんだ。

シバサキ

そして、ニューヨークで新たな第一歩を踏み出したと。ニューヨーク編のつづきは次回だね。

心平

#3 ニューヨーク、進化。

CREDIT

クレジット

執筆・編集
編集プロダクション 株式会社オフィス303の代表取締役 兼 303 BOOKSのプロジェクトリーダー。千葉県千葉市の埋めたて地出身。バイク雑誌、パズル雑誌を経て、児童書の編集者になる。本は読むものではなく、つくるものだと思っている。
撮影
千葉県出身。どんな趣味も一年であきてしまう45歳。最近始めたジョギングにいたっては冬を越せるか心配中。チーバくんとパンダが好き。