2016年に作品集『東京下町百景』を発表した「漫画イラストレーター」つちもちしんじさんと、その作品の題材となった東京・谷根千の新名所をめぐります。今回は、つちもちさんの経歴についての話題です。イラストレーションをめぐるつちもちさんの遍歴は、作品をつうじてどこへと向かっていくのでしょうか。
漫画イラストレーター・つちもちしんじが歩む新しい風景
ふたたび下町の風景
「つちもちしんじ」になるまで
そういえば、写真から絵を描き起こしていくときには、どのように描きかえていらっしゃいますか?たとえば「夕焼けだんだん」(※第1回)が「夕やけ」になっていたのは元の写真もそうなのか、ちょっと気になってきました。
ぼくは昔、アニメーションを作る会社に勤めていたことがあるのですが、そこで「アンパンマン」の背景を描いていたことがあって。
あの国民的アニメの背景を! わたし、生まれてはじめて発した単語が「アンパンマン」だったらしいんですよ。
(笑)。アニメーション制作では、まず原画といって、絵が動いて見えるような状態になる前の下書きがあるのですが、それを渡されて、昼と夜だとか、数パターンに絵を塗る練習をけっこう課されていたんですよ。その経験を生かして、「夕焼けだんだん」では色を塗りかえました。
アニメーション制作で培った技術が、ご自身の絵にも生かされているのですね。そういえば、ご経歴を改めてうかがえますか?
大学を出たあと、こちらのオフィス303でアルバイトをしながら多摩美術大学の日本画科の夜間に通いました。それから半年から1年くらいデザイン事務所にいて、でもデザインは向いていないなと思って。それからアニメ制作会社で背景を描きました。30代以降は一般企業で会社勤務をしながら作品を描いています。
1ヶ所に留まってはこなかったのですね。川瀬巴水は「旅の版画家」とも呼ばれていますが、つちもちさんもまた「旅のイラストレーター」なのでは!?
いや(笑)どうでしょう・・・。川瀬巴水の旅はもちろん、描く題材を求めてのものですからね。日本画を極めたかったのですが、大学で古典的な描きかたをやるかっていうと一切やらないんですよ。画材の使い方を教えて、あとは好きにやりなさいというかたちで。もともと、松を描くときには筆をこう動かして・・・だとか、そういうことからやりたかったんです。そのことをデザイン事務所に入ってからボスに言ってみたら、「そういうのは自分でやるものだろ」と言われて。
たしかに日本画って、何かオリジナリティを出して描くというよりも、職人技としてある型を極めていくものだというイメージがあるかもしれません。デザインはその都度、あたらしい絵柄を創造していく、改良していくものでしょうから、やっぱりボスはそのように言うしかないだろうし、大学もそういうことを学生に求めていたのかもしれないですね。
それならもう、自分の好きなように漫画を混ぜてもいいし、ミクスチャーでやった方がいいかなという結論に至ったんです。アニメで勉強したこととか、デザイン事務所でやった、デジタルで取りこんでテクスチャーをつける方法とか。
つちもちさんは、多様な視覚芸術の技法を組み合わせることであたらしい世界観を生みだす作家さんなのだなと感じています。「漫画イラストレーター」という肩書きにも、そうしたミクスチャー意識が現れているのでしょうね。「あんぱちや」が見えてきました。実際に見るとだいぶ存在感のある看板ですね。
あの日よけのような看板はデザインテントというらしいのですが、味がありますよね。
“漫画イラストレーター”とは何か?
さきほどの話のつづきですが、ぼくはイラストレーターとしては一人前ではないと思っているんです。
え、そうなんですか?
今は、イラストレーターになろうと思ったときにいろんな入口があるんです。pixiv※だとか。
※pixiv:ピクシブ株式会社が運営している「イラストコミュニケーションサービス」。アカウントを作成することで、「pixiv.net」のウェブサイトにイラスト・漫画・小説を投稿したり、投稿されたものにコメントやブックマークをつけることができる。2007年時点ではSNSとして公開されたが、現在では出版社との連携による電子書籍の公開など周辺事業も盛んである。
pixivも入口にふくまれるのですか。わたしは2次創作ばかり見ているので、実のところあまりピンときていません。コミケの予習の場だと思っています。
あぁ、そういう感じかたの人もやっぱりいるんだなぁ。そこでもちろん問題点として、どこまでが「イラストレーション」なのか? ということは出てくるはずだと思うんですよ。
わたしはいずれにせよ絵を享受するばかりの人間ですが、プロとアマチュアの境が無くなってきている感じは受けます。極端な話、「イラストレーター」と名乗りさえすれば、誰でもイラストレーターになれそうな・・・。
そうですよね。ただ、ぼくはそういう意味で、今ほど、イラストレーターがいろんなところから出てくるというような世代ではないんですよ。20年前くらいにイラストがやりたいなと思ったときには、雑誌掲載という登竜門から「イラストレーター」として評価されていく印象がありました。そうして業界全体がピラミッド構造になっていたので、イラストレーションとはこういうものだ、という感覚があったんです。
でも、つちもちさんはそのピラミッド構造には積極的に入っていかなかった。それは、当時のいわゆる「イラスト」っぽさには沿っていなかったということだと思います。
そうなんですよね。それは今もかわらないです。
今回はここまでにして、次回ももう少し、漫画イラストレーター誕生の秘話に迫ります。