漫画イラストレーター・つちもちしんじが歩む新しい風景

今日まで見てきた風景

この記事は約6分で読めます by 藤原歩

2016年に作品集『東京下町百景』を発表した「漫画イラストレーター」つちもちしんじさんと、その作品の題材となった東京・谷根千の新名所をめぐります。今回は、つちもちさんの経歴についての話題です。イラストレーションをめぐるつちもちさんの遍歴は、作品をつうじてどこへと向かっていくのでしょうか。

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漫画イラストレーター・つちもちしんじが歩む新しい風景

ふたたび下町の風景

つちもちしんじさん
つちもちしんじ
漫画イラストレーター。1979年東京生まれ。大学卒業後、イラストレーターとして活動を開始。2016年『東京下町百景』(シカク出版)を上梓。2017年には同書のスペイン語版『100 vistas de Tokio』(Quaterni)がスペイン語圏で発売される。2018年にはロシアワールドカップの日本戦の試合日にGoogleDoodles を執筆。全世界に作品が表示される。その後、2018年フランス・パリで開催された『MANGA↔︎TOKYO』に出品。2019年には、フランス・トゥールで開催された『JAPAN TOURS FESTIVAL 2019』に出品。現在は、浮世絵を現代に蘇らせるという「下町百景×版画プロジェクト」に参加している。
公式サイト「侘寂ワビサビPOPポップ」
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「つちもちしんじ」になるまで

そういえば、写真から絵を描き起こしていくときには、どのように描きかえていらっしゃいますか?たとえば「夕焼けだんだん」(※第1回)が「夕やけ」になっていたのは元の写真もそうなのか、ちょっと気になってきました。

藤原
『夕焼けだんだん(谷中)』のイラスト
『夕焼けだんだん(谷中)』

ぼくは昔、アニメーションを作る会社に勤めていたことがあるのですが、そこで「アンパンマン」の背景を描いていたことがあって。

つちもち

あの国民的アニメの背景を! わたし、生まれてはじめて発した単語が「アンパンマン」だったらしいんですよ。

藤原

(笑)。アニメーション制作では、まず原画といって、絵が動いて見えるような状態になる前の下書きがあるのですが、それを渡されて、昼と夜だとか、数パターンに絵を塗る練習をけっこう課されていたんですよ。その経験を生かして、「夕焼けだんだん」では色を塗りかえました。

つちもち

アニメーション制作で培った技術が、ご自身の絵にも生かされているのですね。そういえば、ご経歴を改めてうかがえますか?

藤原

大学を出たあと、こちらのオフィス303でアルバイトをしながら多摩美術大学の日本画科の夜間に通いました。それから半年から1年くらいデザイン事務所にいて、でもデザインは向いていないなと思って。それからアニメ制作会社で背景を描きました。30代以降は一般企業で会社勤務をしながら作品を描いています。

つちもち

1ヶ所に留まってはこなかったのですね。川瀬巴水は「旅の版画家」とも呼ばれていますが、つちもちさんもまた「旅のイラストレーター」なのでは!?

藤原

いや(笑)どうでしょう・・・。川瀬巴水の旅はもちろん、描く題材を求めてのものですからね。日本画を極めたかったのですが、大学で古典的な描きかたをやるかっていうと一切やらないんですよ。画材の使い方を教えて、あとは好きにやりなさいというかたちで。もともと、松を描くときには筆をこう動かして・・・だとか、そういうことからやりたかったんです。そのことをデザイン事務所に入ってからボスに言ってみたら、「そういうのは自分でやるものだろ」と言われて。

つちもち

たしかに日本画って、何かオリジナリティを出して描くというよりも、職人技としてある型を極めていくものだというイメージがあるかもしれません。デザインはその都度、あたらしい絵柄を創造していく、改良していくものでしょうから、やっぱりボスはそのように言うしかないだろうし、大学もそういうことを学生に求めていたのかもしれないですね。

藤原

それならもう、自分の好きなように漫画を混ぜてもいいし、ミクスチャーでやった方がいいかなという結論に至ったんです。アニメで勉強したこととか、デザイン事務所でやった、デジタルで取りこんでテクスチャーをつける方法とか。

つちもち

つちもちさんは、多様な視覚芸術の技法を組み合わせることであたらしい世界観を生みだす作家さんなのだなと感じています。「漫画イラストレーター」という肩書きにも、そうしたミクスチャー意識が現れているのでしょうね。「あんぱちや」が見えてきました。実際に見るとだいぶ存在感のある看板ですね。

藤原

あの日よけのような看板はデザインテントというらしいのですが、味がありますよね。

つちもち
『あんぱちや』のイラスト
『あんぱちや』に合わせた写真
『あんぱちや(根津)』東京都文京区根津2-26-1
地元の人に愛される生活用品店。軒先まで4000点といわれる商品があふれる。

“漫画イラストレーター”とは何か?

さきほどの話のつづきですが、ぼくはイラストレーターとしては一人前ではないと思っているんです。

つちもち

え、そうなんですか?

藤原

今は、イラストレーターになろうと思ったときにいろんな入口があるんです。pixivだとか。

つちもち

※pixiv:ピクシブ株式会社が運営している「イラストコミュニケーションサービス」。アカウントを作成することで、「pixiv.net」のウェブサイトにイラスト・漫画・小説を投稿したり、投稿されたものにコメントやブックマークをつけることができる。2007年時点ではSNSとして公開されたが、現在では出版社との連携による電子書籍の公開など周辺事業も盛んである。

pixivも入口にふくまれるのですか。わたしは2次創作ばかり見ているので、実のところあまりピンときていません。コミケの予習の場だと思っています。

藤原

あぁ、そういう感じかたの人もやっぱりいるんだなぁ。そこでもちろん問題点として、どこまでが「イラストレーション」なのか? ということは出てくるはずだと思うんですよ。

つちもち

わたしはいずれにせよ絵を享受するばかりの人間ですが、プロとアマチュアの境が無くなってきている感じは受けます。極端な話、「イラストレーター」と名乗りさえすれば、誰でもイラストレーターになれそうな・・・。

藤原

そうですよね。ただ、ぼくはそういう意味で、今ほど、イラストレーターがいろんなところから出てくるというような世代ではないんですよ。20年前くらいにイラストがやりたいなと思ったときには、雑誌掲載という登竜門から「イラストレーター」として評価されていく印象がありました。そうして業界全体がピラミッド構造になっていたので、イラストレーションとはこういうものだ、という感覚があったんです。

つちもち

でも、つちもちさんはそのピラミッド構造には積極的に入っていかなかった。それは、当時のいわゆる「イラスト」っぽさには沿っていなかったということだと思います。

藤原

そうなんですよね。それは今もかわらないです。

つちもち

今回はここまでにして、次回ももう少し、漫画イラストレーター誕生の秘話に迫ります。

藤原
『谷中の井戸』のイラスト
『谷中の井戸』に合わせた写真
『谷中の井戸』
この地域には、路地に井戸の跡が多く残っている。
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江戸と東京、そして未来の風景

CREDIT

クレジット

執筆・編集
環状七号線の走行音をBGMにして眠る東京生まれ。小説版「2001年宇宙の旅」でSFに目覚め、現在は笙野頼子の小説からゲーム「UNDERTALE」まで、クィアな存在の登場する作品を雑多に仰ぐ22才。
撮影
千葉県千葉市美浜区出身。ゴースト・オブ・ツシマにはまってます。パンダが好き。
撮影アシスタント
1994年、福岡県生まれ。漫画家、イラストレーター。第71回ちばてつや賞にて「死に神」が入選。漫画雑誌『すいかとかのたね』の作家メンバー。散歩と自転車がちょっと好きで、東京から福岡まで歩いたことがある。時代劇漫画雑誌『コミック乱』にて「神田ごくら町職人ばなし」を不定期掲載中。
撮影アシスタント
大学在学時は街歩きサークルに所属、路地裏が好きで方向音痴だのに狭い道を分け入って進む癖がある。旅行先でGPSの現在地が1歩で5km移動した経験からナビは信用していない。愛読書は若竹七海の「葉村晶シリーズ」。最近ハイボールが美味しく感じるようになった。