浮世絵やバンド・デシネの要素をふくんだイラストレーションで現代の風景を切り取る”漫画イラストレーター”つちもちしんじさん。その作風は、インターネットでの連載をきっかけとして国内外で高く評価されています。今回は、2016年に発表した作品集『東京下町百景』の題材となった東京・谷根千の新名所をめぐります。移り変わる「いま」「ここ」に、つちもちさんはどのような風景を見ているのでしょうか。
『東京下町百景』に帰ってきた
西日暮里駅周辺って、かなり入り組んでいますね。すっかり迷ってしまい・・・。本当にお待たせしました。(※インタビュアー藤原、集合場所と反対側の改札から出てしまい20分の遅刻)
いえいえ。大丈夫ですよ。
かたじけないです。早速ですが、今日のコースを確認します。
「東京下町百景」を描かれていたころは、お住まいもこのあたりでしたか?
そうですね。2013年に東日暮里に引っ越してきて、それから描きはじめたシリーズです。谷中はおしゃれな町というか、やっぱり山の手の高級感がありますね。東の方に行くと、下町の雑然とした感じがあって、繊維街もあって楽しいですよ。
トマト(※東日暮里にある生地屋)とか。わたし、中高生のときに演劇をしていて、その衣装の材料を買いによく行きました。職人の町という感じがします。そういえば、このあたりは旧東京15区だったり、明治時代には文豪が住んでいたり、 いわゆる高級住宅街としての「山の手」であって「下町」ではない気が・・・?
そうかもしれないですね(笑)でも、地元の人は「下町」と言っていたりもするし。
「下町」って、極端な話「低地にある町」くらいの意味しかないわけですから、そのときどきでいろいろな意味がつくのかもしれません。つちもちさんにとっての「下町」とはなんでしょうか?
なんでしょうね・・・。
ぼく、出身が世田谷区の桜新町というところで、大正時代に開発された地域なんです。ちなみに「サザエさん」を書いた長谷川町子さんが住んでいた町なのですが。だから、東京の東側の長屋感とでもいうのか、建物が密集していて、路地裏があって、という風景がとてもおもしろく感じられるのかもしれません。
そう言われてみると、23区内でも町並みにだいぶ違いがあるように思います。それこそ「サザエさん」や「ドラえもん」といった漫画はそうした町並みを捉えているし、つちもちさんのイラストもそうした記録になりますよね。普段からお散歩はよくされますか?
町を歩くのは好きですね。仕事の昼休みや終業後にもよく歩いています。お店だとかも外側だけ見て、あとはよく知らなかったりするのですが(笑)住んでみるとまた愛着がわいてきます。
風景を□くトリミングする
最初の目的地に着きました。看板が立っていますね。
休日の午前中だからか、人の往来が絶えませんね。なんとか撮影できました。写真と見比べて思ったのですが、「東京下町百景」の絵はどれも正方形ですよね。これには何か理由がありますか?
正方形が書きやすいんです。町の中の、さらにそのお店の一角、だとか、描きたいポイントをトリミングすると自然とああなってしまいます。
なるほど。自分は単純に、幾何学的に美しいかたちだなぁと思っていたのですが、つちもちさんの中にはなにか原体験めいた思い入れがあるのでしょうか?
四角で切り取られている風景って、どこか懐かしさを感じさせると思うんです。レコードのジャケットとかが好きだから、そういうところから影響されているのかもしれないですね。
さきほどから写真をたくさん撮られているのは、やはり、新しい絵の題材にされるのですか?
そうですね。普段から気になるものは撮りためています。あとから選びだして、絵に描きおこします。
写真から絵に描きおこすとなると、現代美術でいうところのスーパーリアリズム※を意識されているのかなとも思うのですが、つちもちさんの絵からはむしろ、リアルなものから遠ざかろうとする意識を感じます。妖怪がいたり、デフォルメされた登場人物がいたり。
※スーパーリアリズム:現代美術の潮流のひとつで、市民生活や風景などありきたりな主題を、写真を用いて克明に描写していくもの。
そうですね。緻密に書きこんだ方が、見る人からも驚かれたり喜ばれたりということはあるのですが、やはり絵を描く人間としては引き算の方が難しいと思うんですよ。そこはやっぱり挑戦したいです。
なるほど。鑑賞する側としても意識したいポイントです。
それからむしろ、ぼくが意識しているのは、日本の浮世絵なんです。さらにそこから洋画の影響を受けた、吉田博※とか、川瀬巴水※とか。それからメビウス※など、フランスのバンドデシネ作家。彼らの絵に平面的な美意識を感じていて、近づきたい気持ちがあります。
※吉田博(1876-1950):洋画家。木版を用いて、世界中の自然の風景を写実的に表現した。新版画運動(詳細は次回に)の担い手①。代表作に「日本アルプス12題」シリーズなど。
※川瀬巴水(1883-1957):浮世絵師。日本中を旅しながら、その風景を版画で表現した。新版画運動の担い手②。代表作に「旅みやげ」シリーズなど。
※メビウス(1938-2012):本名はジャン・アンリ・ガストン・ジロー。バンドデシネ作家。ジャンルはSF・ファンタジー。代表作に「L’INCAL」(アンカル)など。
リアルを追求したいというよりは、ご自身の美意識へと集中していくために、写真という記録媒体を使っていらっしゃるのかもしれないですね。最後に根津神社にやってきました。今回はここまでです。次回は「百景」製作のみちのりを辿ります――。