前回は、『ダジャレーヌちゃん世界のたび』の製作について、くわしくうかがいました。今回は、神楽坂の路地を歩きながら、画家こがしわかおりさんの魅力の秘密を紐解いていきたいと思います。
『ダジャレーヌちゃん 世界のたび』と、こがしわかおり
ダジャレーヌちゃんの世界をつくる
古いものが好き、新しいものが苦手
こがしわさんは、神楽坂の古い町並みなど、新しいものより、古いものに魅力を感じるということですが。
新しいものは、汚してはいけないと思って構えてしまうので苦手です。いろんな人に愛されたもののほうが居心地が良いですね。今日のワンピースも古い布からつくってもらったものなんです。子どもの頃は、真新しい袖口や襟が身体に当たるのがすごくいやで。古いものだと身体に馴染む感じがするんですよね。買ってもらった服よりも、いとこのおさがりとか、もらった布でつくったワンピースとかが好きでした。
それだと、物持ちもかなり良いほうではないですか?
家に母が学生時代にバイト代を貯めて買った本棚があります。昭和30年くらいのものかな。それと10年くらい悩んで倉敷で買った杉板の置き机。昭和の初め頃のもので、ガンガンドンドンと動かさないと、なかなか開かない引き出しがあって。でも大量生産の前の時代のものって、それぞれに顔があるっていうか、個性がありますよね。
買うのに10年も悩んだのですか?
今は捨てづらい時代でもあるし、特に一度買った家具は一生いっしょにいることになるんですよね。だから買うのに勇気がいる。気に入った、出会いだなと思うものを手に入れないと、相性合わないよねってお互い言いながら過ごすことになるなって。
日本画の絵の具との出会い
日本画の絵の具を使ってらっしゃいますが、これも日本に古くから伝わるものですね。
子どもの頃から絵は好きだったのですが、学校で使う西洋の絵の具は、化学調味料の入ったごはんを食べているような気持ちになるし、どうやってもうまく描けなくて。
身体に馴染む色ではなかったと。
そうですね。鉛筆の色は好きだったので、鉛筆では絵を描いていました。ある時、赤羽末吉さんの絵本を見て、使われている色がほかの絵本とちがうなって思いました。特に赤と緑が。そして、大人になって出版社に入ったら、そこに偶然赤羽さんの担当の編集さんがいて。赤羽さんが使っているのは、日本画の絵の具だよと教えてくれたんです。
すごい出会いですね。原画も見られたんですか?
ええ。で、これだ! わたしの探してた色は! と思ったんです。すぐに日本画の教室を探して、上田臥牛※先生に師事しました。
※上田臥牛(うえだ がぎゅう):1920−1999年。昭和後期から平成時代に活躍した日本画家。川端画学校卒。現代日本美術展で「裸木」がコンクール賞を受賞。
編集の仕事をしながら、日本画を学ばれたんですね。
舞妓さん絵とかを、ひたすら模写しました。何回も失敗して写せと。そっくりになるにはどうすればいいか研究しろといわれて。本当に師匠と弟子という感じで。
教えてくれるのではなく、自分で学べと。
絵に鼻をくっつけて見ながら、何度も描きました。舞妓さんの肌の色って、下に赤や紅梅を塗ってその上に白、またその上にと色を重ねていくんです。そして少しこすると、下の色が透けて見えてくる。「襲ね」っていうんですけど、日本のほんのり見せる美というのでしょうか。そういうことを学んだりして。そして、日本画の絵の具が使えるようになって、ようやくまともな絵らしい絵を描けるようになったと思えました。
出会いから踏み出す一歩
そして、絵を描く仕事に挑戦されたわけですね。
確かに絵を描くことは好きで、思いっきり自由に描けるようになりたかったのですが、絵描きになれるとは思ってなかった。ヘタクソですしね。今もそうなのかな。実は私、気が多くて、絵以外にもやってみたいことはたくさんあるんです。 そのくせ、グズで優柔不断だから、これまたなかなか踏み出せないんですが。
画家の道は、日本画の絵の具に出会えたことで、踏み出せたんですよね。こがしわさんの場合、身体に馴染む道具などに出会えたら、ほかの道も歩んでいたのかもしれないなと思わせるところがあります。子どもの頃、探検家になりたいって、おっしゃってましたしね。
子どもの頃は、古本屋さんや喫茶店もやってみたいな、洋服をデザインする人もいいな、などとも思っていました。探検家や考古学者、カレー屋さん、カフェの店主、医者、庭師にも。今だってもしかしたら、と思ったりします。絵を描いているのは、絵の中では何にでもなれるっていうのもあるかな。
ダジャレーヌちゃんの絵本では、思いっきり世界を探検しましたしね。今後はどのような活動をしていこうと思ってらっしゃいますか?
本には何か恩返ししないと、という気持ちがあります。自分のことを、周りにわかってもらえないなって思うときってないですか? なんか周りの人と絶望的にずれているとか。そんなとき、私は本のおかげですくわれました。映画でもドラマでもいいんですけど。今ならYouTubeもありますけどね。
それは子どもの頃からですか?
小学生の時、『長くつ下のピッピ』(アストリッド・リンドグレーン作/岩波少年文庫)を読みました。リンドグレーンというおばあちゃんが海の向こうにいて、この人となら言葉が通じなくても、すぐ理解しあえる。あと、その本の翻訳家の大塚勇三さんと画家の桜井誠さん。少なくとも3人とは、同じことで笑いあえる。何も言わなくてもわかりあえる、と感じることができました。
翻訳家や画家さんも! おもしろいと思うポイントが同じ、仲間だと思えたのでしょうか?
そうですね。こういう物語をおもしろいと思って、つくっているオトナたちがいる、そんなオトナもいるんだ、実在するんだっていうことに感動したのかも。人生は思っていたよりもおもしろいかもしれないって思えるようになったんです。
多感な子ども時代を過ごされたんですね。それで、最初に出版社に入ったと。
何か心折れることがあっても、本があったから古い時代とつながることができて、その時代に苦労した人たちとも出会えました。このくらいであきらめていてはだめだ、人間気持ち次第だっていうことは本から教わったと思います。
本を通じていろいろな人と出会えたと。
本は時間も距離もとびこえる。もう死んでしまった人ともつながれる。本の中に味方が見つかることがあるんです。それは生きていく力になりますね。
こがしわさんの本への恩返しは、やはり作品をつくることですか。
それもひとつだと思います。7月中旬には、作絵を担当した『おうちずきん』が出るんです。5年もかけてしまったのですが。
渾身の作品ですね。楽しみです。ダジャレーヌちゃんとの次の旅の準備も、そろそろ始めましょう。
『ダジャレーヌちゃん世界のたび』の続編ですね! ダジャレーヌちゃんと、しばらく離れてたので寂しかったんです。
ぜひよろしくお願いします。今日はありがとうございました。
こがしわさんは、小さく手を振って、神楽坂駅へ下りていきました。今後どのような妄想を広げて、私たちを楽しませてくれるのでしょうか。