『東京下町百景』の作者であり、昨年秋のインタビュー記事「漫画イラストレーター・つちもちしんじが歩む新しい風景#1〜4」ではその街並みを一緒に辿ってくださった漫画イラストレーター・つちもちしんじさん。今回は、2020年2月に刊行された作品集『UKIYO』と、本書の内容のメインとなる木版画制作の動向についてお伺いしました。
つちもちしんじ
漫画イラストレーター。1979年東京生まれ。2016年『東京下町百景』、2020年『つちもちしんじ作品集 浮き世(UKIYO)』(シカク出版)を上梓。2018年フランス・パリで開催された『MANGA↔︎TOKYO』に出品。2019年フランス・トゥールで開催された『JAPAN TOURS FESTIVAL 2019』に出品。
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待望の画集『UKIYO』
先日は作品集『UKIYO』刊行おめでとうございます。
ありがとうございます。
前回のインタビューでは「下町百景×版画プロジェクト」という名前でご紹介いたしましたが、あらためて本書の中心となる「令和新版画プロジェクト」の概要をお伺いできますか。
明治〜昭和時代の新版画運動を参考に、江戸時代の浮世絵の進化系となるような、庶民文化を反映した木版画を、現代でも持続できるかたちで制作していこうという企画です。版元として「都鳥」の柏木隆志さんが企画して、このプロジェクトを進めています。
※柏木隆志
「令和新版画の企画について」
※303BOOKS前インタビュー記事項目
「「浮世絵」を現代に蘇らせる」
『UKIYO』は、本プロジェクトで作った木版画を中心に、つちもちさんのこれまでの作品を掲載しているのですね。
そうです。『東京下町百景』でなかなかの反響が得られたので、その増補版を出そうかという話もあったのですが、やはり、前回とはまた違ったかたちで作品集を出したいと思い、版画作品をメインに据えた『UKIYO』ができました。雑誌や商品などに掲載した作品もクライアントの許可を得て、多くの作品を収録することができました。
つちもちさんの作品の決定版ですね! 本書のタイトル『UKIYO』はどなたがつけたのですか。これは、「浮世絵」からとっているということですよね。
僕がつけました。「東京下町百景」シリーズのときから浮世絵について考えてきて、シカク出版も僕のそうした作風を見て声をかけてくれたと思うので、これまでの作品全体を見ても『UKIYO』というタイトルはあっていると思っています。
なるほど。「自分の描いているものが現代の浮世絵だ!」ということですね。
そうなります。「浮世」という言葉は、人々が活気づくアッパーな都市のイメージ、都市に暮らす人々にやどる「憂い」のイメージ、その相反する2つのイメージがあわさった言葉だと感じています。だからとても気に入っています。ところで、今日は木版画の現物も持参したので、ぜひ見てください。
わぁ!! ランプのところとか、塗料がキラキラ光っていますね。石垣の白い斑点も摺られたものですか。
新版画ならではの「ザラ摺り」という技法で、オマージュとして使用しました。この作品は、摺師と版元と僕と、それぞれの技術やこだわりを持ち寄って制作しています。
彫りと摺りの工程が加わってできあがるんですね。見ると角度によっても印象がちがうし、近寄るとまたいろいろなものが見えてくる。やっぱり実物は圧倒的ですね。
原画の話をすると、「雨の銀座」は、絵のもととなる写真に、車のスプラッシュや雨の線を足しています。「夕暮れの日本橋」は首都高の無い日本橋を描いてみました。それぞれ、ダルマやねこのキャラクターがまぎれこんでいます。
雨の表現はまさしく広重の浮世絵ですが、光る塗料が使われることで、より現代的な印象になっていますね。スプラッシュの描かれかたはだいぶイラストっぽい気が。ファンタジーな部分はつちもちさんの「漫画イラスト」の特色が強く出ているように思います。
僕のイラスト的なゆるい描線と摺師の技術とが、作品上でうまく合わさってくれたと思います。工程がいろいろと加わっているので、完成品について話すのが自分でも一層難しいのですが、そのぶん、関わった人たちの「念」のようなものが作品にこもっている気がしています。
漫画でイラストで、さらに木版画というのが違和感なく成立していて、ほかにはない表現ですね。
このまま3、4作品出せたらもう少し漫画っぽい要素を強めたものもつくってみたいし、現代の浮世絵のために、挑戦できることはまだまだあると思っています。
今、注目される「浮世絵」
これらの作品には企画名として「東京夜景」というタイトルがついていますね。「東京下町百景」シリーズとは別物ということですか。
はい。版元や摺師と作品を完成させていく中で、きっかけとなった「東京下町百景」シリーズから少し離れて、浮世絵のイメージを広げられたのではないかと思っています。
いずれも東京を描いた風景画には違いないですが、また違う側面が切り取られているように感じますね。
特に「雨の銀座」は土屋光悦※の木版画をオマージュしていることもあり、雰囲気が違ってみえるかもしれません。江戸時代の浮世絵だけでなく、新版画の成分が入っているんです。
実のところ、明治時代以降の浮世絵というのは、つちもちさんの作品を知るまで全く知りませんでした。令和新版画プロジェクトは、渡辺庄三郎※が牽引した新版画に続いて二度目の、浮世絵再興の動きとなるわけですよね。
ここ数年、浮世絵の再興ということは注目されているように思います。たとえば、浅草に「木版館※」という木版画の工房があって、ここでも絵師・彫師・摺師の分業で木版画制作を行うという活動がなされているんですよ。
つちもちさんたち以外にもそういう方がいるんですね。
以前、彫師のDavid Bullさんとお会いしたのですが、とても活力的な方で、負けていられないなと思います。
※土屋光悦……明治時代から昭和時代にかけての浮世絵師。「最後の浮世絵師」と称される浮世絵師、小林清親の弟子。晩年に渡辺庄三郎と出会い、代表作「東京風景」シリーズを制作した。
※渡辺庄三郎……明治時代から昭和時代にかけての版元。浮世絵の複製版画の代替として、国外輸出用の新作版画や、川瀬巴水や吉田博を絵師に迎えた新版画を企画し、販売した。
※木版館……版画家のDavid Bullが運営する工房で、木版画の展示や摺り体験イベントも行う。場所は東京都台東区浅草1-41-8。
現在、一作目「雨の銀座」は初版が売り切れて、二作目「夕焼けの日本橋」が販売中ですよね。手応えのほどはいかがですか。
正直、良いペースで進んでいてうれしいです。この企画には、今回のように摺師や絵師が協力する体制で版画を作る人がもっと増えてほしいという思いもあるので、つくる人にも見る人にも作品が広まってくれるといいなと思います。
版画は二刷の方がレベルが高いという噂があるそうで、初版が無くなったものも要注目です。さて4月1日から30日までは、吉祥寺のブックスルーエの階段踊り場ギャラリーで1か月間つちもちさんの展示があるんですよね。みなさんぜひつちもちさんの世界にふれてください。今日はありがとうございました!
ブックス ルーエ
『つちもちしんじ作品集 浮き世』発売記念 現代浮世絵師・つちもちしんじの魅力解剖
版画作品2点と東京下町百景ポスター、書籍やCDのクライアントワークをあわせて展示。影響を受けた作家の説明と関連した書籍も並べる。4月中開催。