スペシャル企画『昭和遺産へ、巡礼1703景』×「ネオ昭和」#1

「やっぱり昭和が好き」阪田茉鈴さんインタビュー

この記事は約9分で読めます by 常松心平

2021年、303 BOOKSから『昭和遺産へ、巡礼1703景』が出版されました。昭和を愛する平山雄さんの集大成である本書は、昭和世代だけでなく、若者たちに大好評です。そして、昭和ブームの火付け役はこんなところにも! 今回、大阪在住で、「ネオ昭和」を提唱し、発信する阪田茉鈴さんに、東京・新宿の昭和スポットを巡りながらインタビューをしました。平山雄さんが撮影した写真もたくさん掲載しています!

阪田茉鈴(さかたまりん)
2000(平成12)年生まれ。昭和を愛し、SNSでネオ昭和の魅力を発信する。Twitterは3万人以上、Instagramは1.4万人以上のフォロワーをもつ。月に1回、大阪のFMラジオ番組「マリンのヒットナイトスタジオ」のパーソナリティーをつとめる。大阪芸術大学に在籍中。
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きっかけは、1枚のレコードから

今回は、新宿の昭和スポット巡り撮影にご参加いただいてありがとうございます。とてもいい写真が撮れました。早速なんですけれど、茉鈴さんが昭和に興味をもったきっかけは、何だったのですか?

心平

祖母の家に、レコードプレーヤーが置いてあったんです。「これ何?」って聞いたら、「その針を落としたら音楽が流れる」って教えてもらって。やってみたら、本当に音楽が流れて、びっくりしたんです。どういうしくみで音が流れてるんやろ? って、そこから興味をもって、レコードを少しずつ集めることに。それが昭和にハマった入り口でした。

茉鈴
東京を代表する昭和の名物モニュメント、スバルビルの「新宿の目」。新宿の西口と高層ビル街を結ぶ地下道にある。(写真:平山雄)

それがいくつくらいのときですか?

心平

えーと、中学2年生ですね。そのレコードはチェッカーズの『Song for U.S.A』でした。レコードは父の持ち物です。祖母の家は昭和そのまんまで、トイレが青いタイルでできてたり、お風呂は黄色いタイルが敷いてあったり。応接室っていう部屋もあって、窓はステンドグラスでした。

茉鈴

なるほど、茉鈴さんのお父さまもおばあさまも、そういう昭和スピリットをもっていたんですね。いわば、茉鈴さんは英才教育を受けてきたのかも!?

心平
小田急百貨店展望台から見下ろす新宿西口のロータリー。かっこよすぎる。(写真:平山雄)

茉鈴さんの場合、きっかけは音楽だったんですね。当時、どんな歌手が好きでしたか?

平山

いっぱいいるんですけど、中森明菜さん、松田聖子さん、近藤真彦さん、矢沢永吉さん、横浜銀蝿とかですね。工藤静香さんも大好きなんですけど、どちらかというと平成に入ってくるのかなと思っていて。

茉鈴

すごい。昭和と平成をきちんと区別しているんですね。当時の音楽を聴くときは、やっぱりアナログにこだわって?

平山

そうです。ラジカセも買いましたし、松任谷由実さんのカセットテープをまず集めて。当時は、大阪の日本橋だと100円とかで手に入ったんですよ。

茉鈴

でも音楽を聴くなら、CDだっていいわけですよね。なぜ、あえてテープを?

心平

アナログな音が聴きたいんです。テープはCDより音質が悪いじゃないですか。それを聴いたときに「あぁ今、自分は昭和にいる!」って思える。その感じが好きなんですよね。

茉鈴

音楽からファッションへ!

昭和への入り口として、ファッションというのもありますよね。今日もすごく素敵な昭和ファッションです。平山さんともすごくリンクしてましたね。

心平

音楽のちょっと後くらいから、ファッションにもハマりだしたんです。それまでは普通のどこにでもいる中学生みたいな服だったんですけれど。きっかけは、父が借りてきて薦めてくれた『ビー・バップ・ハイスクール』という映画です。ヒロシとトオルがカッコよくて、この高校時代を送りたいと思って。

茉鈴

平成の中学生の茉鈴さんが見て、昭和のヤンキー高校生の物語に憧れたわけですね。僕も中学のとき、ハマりました。茉鈴さんの30年前くらいですけど(笑)

心平

そうなんですよ。それでとりあえず、高校の制服のスカートの丈を伸ばしに行きました。家の近くの商店街に、制服を直してくれるところがあるんです。入学式の前に持っていって、貯めていたお小遣いをはたきました。私立高校だったので、短かったら流石に怒られるけど、長かったらいけるやろって思ったんです。

茉鈴

(笑)それで、どうなりました?

心平

初日から生活指導を思いっきり受けました。「これは長すぎ!」って、スカートを短くさせられちゃいました。でも一日だけでも味わえたので、まだよかったかなって。

茉鈴
新宿西口の損保ジャパン本社ビルの前で。1976(昭和51)年に安田火災海上本社ビルとしてオープンした建物。裾が広がった斬新なデザインで、通称 「スカートビル」と呼ばれている。(写真:平山雄)

スカート長い高校生って、もういない時代ですよね。80年代に入ったらヤンキーの人たちとかはもうどんどん短くなって、サーファーとかが流行り出した頃から長さが逆に、短く変わっていきましたよね。

平山

あと髪型は、中森明菜ちゃんになりたくてパーマをあてたんです。それも生活指導の先生にバレて、問題児扱いでした。それでも”昭和”を追求したかったんです、どうしても。

茉鈴

その頃って、まわりの友達はどういう反応でしたか?

心平

あぜんとしてましたね。「この子ちょっと変わってる!」って思われてました。

茉鈴

今と違って、長いスカートはまったく流行っていないわけだから、そうなるでしょうね。昭和ファッションの仲間とか、いなかったんですか?

平山

いました、いました。6人くらい。「茉鈴のことがめっちゃ好き」って言ってくれる人や、「まねしたい」みたいな人もいたし、「変わってるよなぁ」みたいな人もいたし。でも、人の意見は気にしなかったです。

茉鈴

不思議なくらい、周りに流されないですよね。ファッションって、異性にモテたいとか、流行りに乗るとか、普通は周りに合わせにいく部分もあるわけなんですが。茉鈴さんの場合は、自分の着たいものを着たいわけですね。なりたいものになりたいって。

心平

そうなんです。自分の人生って本当に一回きりだと思ってるので、絶対にしたいことをしておかないと損じゃないですか。私はいつ死んでもいいように毎日を生きようって思っています。

茉鈴

好きな格好をしてない、好きな音楽を聴いていない自分は自分じゃないということ?

心平

そうですね。周りに何を言われようが、貫こうって思いました。そうしたらいきなりフォロワーが増え出して。高校の時に私のことけむたがってた子も「すごいやん」みたいに言ってきてました。

茉鈴

中学時代からSNSを始めたんですよね。InstagramとTwitter、先に始めたのはどっちですか?

心平

Twitterが先でした。自分のファッションなどを投稿していたんですが、高校を卒業してからフォロワーがどんどん増えました。

茉鈴
新宿西口商店街、思い出横丁にて。戦後の1946年ごろにできた闇市にルーツをもつ商店街。(写真:平山雄)

70年代のヤンキーファッションに憧れて

その後、どんな高校生だったんですか? 見た目はどんな感じの?

心平

制カバンってあるじゃないですか、私立高校の四角い鞄です。あれをぺっちゃんこにしていました。持ち手のところをテープでぐるぐる巻いて。

茉鈴

『ビー・バップ・ハイスクール』にも出てきますね。

心平

そうですそれです。旧車のステッカーがいっぱい家にあるんですけど、それを貼りまくって「YAZAWA命」とか書いてました。

茉鈴

学校ではそれ、OKだったんですか?

心平

表面に書くんです、裏面はちゃんと学生かばんです。だから生活指導の先生がきたらすぐに裏面持ち直したりして。

茉鈴

なるほど、賢いですね! 学校へはちゃんと通っていたんですか?

心平

行ってましたよ。私、私立の特進クラスっていう一番頭のいいクラスにいたし、勉強もしながら遊びも、両方無駄にしたくなかったんです。夜は暴走族の集まりとかに遊びに出かけて。所属はしてなかったんですけど。

茉鈴

知り合いがいるから一緒に乗せてくれる、みたいな感じ?

心平

そうですそうです。金曜日の夜とか土曜日の夜とかに遊んでましたね。当時、よく一緒につるんでいた男の子3人がいたんですよ。全員、私のことを好きになってくれて。それで、3人が喧嘩になって、「え、え、え、私そんな誰も好きじゃないし、付き合われへん」って言ったら、「なんやねん」って言って、3人とも消えていきました。

茉鈴

竹内まりやの『けんかをやめて』ですね(笑)

心平

そう、私それ、めっちゃ聴いてました。自分に浸りながら。

茉鈴
新宿3丁目にある珈琲西武にて。モダンな雰囲気の老舗喫茶室。食べ物も飲み物もおいしく、大人気。(写真:平山雄)

ほんとそれですね! 茉鈴さん、もてたんですね。その時ってどんなファッションだったんですか?

平山

紫の特攻服を買ったり、あとはミキハウスっていうメーカーの服が昭和の暴走族に流行ったんですけど、それを私は着たくて、ミキハウスを買ってきたりしてました。

茉鈴

僕らの時代も、ヤンキーのみなさんはミキハウス着ていたなあ(笑) 特攻服はどうやって手に入れたんですか?

心平

インターネットで、メルカリとかで買うんです。「紫 特攻服」「白色 特攻服」とか調べて。

茉鈴

大阪にそういう男の子達がいっぱいるっていうのも、なんだか不思議です。髪型もリーゼントとかパンクとか、そんな感じですよね?

心平

そうです。BOØWYの髪型をまねしたり、チェッカーズみたいに前髪だけのばしたりとか。

茉鈴

結構ヤンキー方向の昭和に憧れていった感じだったんですね。

心平

高校時代にはすごく憧れていました。それに、旧車に乗ってる人ってだいたい昭和好きなんですよ。音楽でいうと、横浜銀蝿を聴いてる子が多かったですね。旧車に乗ってる人が横浜銀蝿を知らないのはおかしい、というような。

茉鈴

おもしろいですよね。ぼくはそのかっこよさわかるけど、東京には、横浜銀蝿を聴いて旧車乗っている若い子は、そんなにいないでしょうね。

心平

やっぱり、暴走族の人たちには自然と昭和を意識してる人が多いですよね。

平山

たしかに。旧車もしかり、バイクにしても、それこそZ−IIとか4フォアとかああいう感じのバイクで。

心平

みんな格好はだいたい、白のタートルネックに赤いカーディガンを着て、ボンタンをはいて、みたいな。それで、ぺちゃんこ靴です。

茉鈴

ほんとに、あの70年代のヤンキーのファッションなんですね。今の子達もあの時代のヤンキーに憧れているっていうことなんでしょうね。

平山

僕たちからしたら、茉鈴さんがあの頃からタイムスリップしてやってきたみたいな感じです。

心平

やっぱり、あの時代が、いちばん好きですね!

茉鈴
「スカートビル」の前で『昭和遺産へ、巡礼1703景』の著者、平山雄さんとのツーショット。(写真:土屋貴章)

#2 「平成生まれだから昭和がわかる」阪田茉鈴さんインタビュー


スペシャルゲスト・撮影
平山 雄(ひらやま・ゆう)
ブログ「昭和スポット巡り」で、 2012年から、 ジャンルを問わず昭和が体感出来るスポットをレポートしている。訪ねたスポット数は1700カ所以上。住まいも、 古い一軒家を買い取り、 完全に昭和の家庭を再現して暮らしている。「できることなら昭和時代へ戻りたいのですが 戻ることはできないので、 昭和の服に身を包み、 国産旧車に乗り、 和製ポップスでも聴きながら昭和の面影が残る場所を巡ります」

昭和スポット巡り
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昭和遺産へ、巡礼1703景
平山雄
1,650円(税込)
2021年1月18日(月)発売
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CREDIT

クレジット

聞き手
303 BOOKS(株式会社オフィス303)代表取締役。千葉県千葉市の埋めたて地出身。バイク雑誌、パズル雑誌を経て、児童書の編集者になる。本は読むものではなく、つくるものだと思っている。
撮影
千葉県千葉市美浜区出身。世間のブームにのりたい47歳。パンダが好き。
構成
丑年生まれの編集者。3人の子どもが全員学齢期となり子育てが格段にラクになってきたので、自分の人生を取り戻すべく、楽器演奏の趣味を復活させようと助走をつけている。最近「Official髭男dism」を熱烈に応援するという新たな趣味も加わった。