303 BOOKSの『そらのうえ うみのそこ』を置いてくれている「はたけのほんや」さん。その名前のとおり、畑の中に絵本がかわいらしく並べられている珍しい本屋さんです。前回は絵本をどう読むかということをお話いただきました。今回は、絵本そのものについて、絵本のある暮らしについて大いに語っていただきました。
畑の中にある本屋さん、その名も「はたけのほんや」
“子育て”と”植物”には共通点がある!?
内田さんは絵本をどうやってすすめていますか?
絵本は子育てが幸せなものになるための助けになると思っています。お母さんたちの心がちょっと軽くなったりね。だから私が絵本を語るときは、お母さんたちが猛烈に絵本を読みたくなるような話をします。それは絵本の話だけをすればいいということではありません。でもまわりを見渡すと、絵本の良さだけを一生懸命語る人が多いですね。例えば、「この作家さんは○○だ」とか、「この作品の優れているところは○○だ」とか。確かに絵本が素晴らしいのは同意するし、私自身もそれがあるからお金を使っている面もあるけれど、実はそれって実際に絵本を読むお母さんたちには関係がないんですよ。
なるほど、どういうことでしょうか。
作品そのものを語るのではなくて、絵本を読んだ私がどう思ったか、私が子育ての中でその絵本を使ってどうだったか、私がすすめた絵本を買った親子さんが、その絵本を読んだらどういうことが起こったとか、そういう話をお母さんたちにします。私の子育ての話とあわせた絵本の話をすると「あ、絵本っていいものだな、子どもに読んであげたいな」と思ってくれます。
確かに作品のすばらしさを饒舌に語られても、暮らしの中に絵本があるイメージはわかないですね。
そう、最も遠いところにあるから。だからお母さんの方を向いて話をするのが私の役目だと思っています。あと、絵本好きのおばさんって、みんな子ども好きと思っているところがあるでしょ? 小さい子をはべらせて「もうかわいい、コチョコチョ〜」みたいな(笑)。
あはは。そういうイメージありますね。
でも私は子どもが好きじゃないです。
「マツコの知らない世界」でも仰っていましたね。
手遊びも童謡も紙芝居もエプロンシアターも好きじゃありません。だけど絵本が好きだし、読むのも好き。そして私はお母さんたちが好きです。子どもはお母さんとセットで好きというイメージ。だからお母さんたちに向けて絵本の話をするんです。お母さんたちには、まず「今からやることが増える話はしません」と言います。絵本を読まないと子どもが遅れるとか、そんなプレッシャーをかけて、やらないといけないことを増やしたくない。まずは、今やっていることで十分足りている、ということを伝えます。
十分足りているのですね。
そう、だから「絵本を読んであげたい」と思ったら、その気持ちだけで十分。読んであげたいと思ったら読んであげたらいい、それだけです。例えば「3才になったのに赤ちゃんみたいな絵本しか聞けない、遅れているかもしれない」というお母さんがいるとするでしょ。でも絵本って“発達が遅れる、遅れない”とかそういうものじゃない。子どもが親に読んでもらいたいから読んであげるだけです。子どもが望むことをしてあげているのだから、そこにレベルは存在しません。そういう視点で考えると、しなければいけないことをするから、どうしてもレベルを感じてしまうんですよ。「絵本を読まないと子どもの学習の遅れにつながる」とかね。それって外からの情報であって、目の前の子どもの様子じゃないですよね。
前回、絵本は最初から最後まで読まなくてOK。子どもが読みたいと思う部分だけでよいと仰っていましたが、それにつながるところがありますね。
そうですね、目の前の子どもが喜ぶことをひたすらやっていればいいんです。お母さんたちは「できていない」ことをピックアップしがちなの。「あれもできていない、これもできていない」ってね。絵本に発達を求めたり、食育を求めたりしないでもっとカジュアルに楽しめばいいんです。
「はたけのほんや」のように、気持ちのよい空間に絵本があると、絵本に自然と手が伸びる気がします。
そう、暮らしの中にさりげなく絵本があるのがいいと思います。私は10年以上前から本の背表紙の色を虹色で並べるとか、そういう遊びをしていました。そういった絵本そのものではない部分も大切だと思っています。さっきも言ったけれど、絵本そのものを語る人はいっぱいいても、それ以外のことでお母さんと心を通わせる人は少ないですね。例えば今日着ているデニムは移動販売で買ったとか、自分のライフスタイルまでお母さんたちに話します。すすめている人がどういう考えなのかというのが大事で、その人がすすめるものだったら、あの人の考えで選んだものだから好きという担保がありますよね。そうすると心が通うし、私がおすすめする本だからと絵本を買って行ってくれます。物って絶対人から買うじゃないですか。これからは“あの人の店で買う”とか、“あの人が紹介しているから買う”というふうになっていくと思います。
「はたけのほんや」を見ていても、内田さんの持ち物を見ていても、センスがあっていいなと思いました。
物をいい加減に選ぶのは好きじゃないですね、だからといって高いものが好きなわけではないけれど。とりあえず器を100円ショップでそろえようとは思わないです。好きなものが決まっているというのもあるけれど、自分の感性に合わないものは見切りをつけるのも早いです。
本選びも同じような感じですか?
職業柄、いろいろな絵本を読むようにはしていますが「一般的な絵本好きの女の人は泣くだろう」というのが透けて見える絵本は好きじゃないですね。「読んだ結果、泣く」はいいんですよ。そこの違いは大きい。あざとさが透けて見えるのはよくないですね。
「売れる本にする」という出版社の意図はバレバレなのですね(汗)。
笑。だからといって、社会性の高いパンチのある本が好きかというとそうじゃなくて、とりとめのない話が好きですね。「ザ・子ども」っていう感じの本です。子どもにはとりとめのない世界が大事だと思っています。
意味なんてないよ、くらいでしょうか。
そうそう、本当に楽しいだけのお話でいいんです。でも大人が深読みすると「なんだかなー、そうだよなー」と、しみじみする絵本がいいと思いますね。子ども時代からあまり先のこととか、意味を考える必要はないと思うから。もちろん発達に合わせて絵本を選ぶことは大事だし、そんな話もするけど、あんまり真面目に私がそんな話ばっかりしていたら、お母さんは絵本がめんどうくさくなるんですよね。野菜と育児が似ているとか、無農薬の野菜作っているのにジャンクフードも食べている話をすると、ストンと話が入ることもあるんです。お母さんは正しいことばかりだとイヤになるんですよ。私はその経験が自分にもあるから。支援センターで「たいへんね〜」と優しく言われて、イラッとすることもありました。私はあの頃、私みたいな毒々しい人に会いたかった(笑)。
やさしいだけ、正しいだけがいいわけじゃないですよね。
お母さんたちっていろんな物を求めているんです。働いているお母さんが多いから、毒のある世界も見ているんですよ。だから意外と私のような毒のある人をおもしろがってくれる。絵本は子育てが熱心な人が読むものだと思われがちだけど、実際には絵本ってアウトローなお話も多い。子どものすべてを許容するものも多いから、もっと広がりが出ていいなと思うんです。
絵本をすすめる人が熱心だと確かに引いちゃう人もいるかもしれません。
意識高い人っぽいと思われたらアウトですね。それこそデニムジャケットと同じようにカジュアルでないと、と思います。
なるほど、絵本の読み聞かせについても聞かせてください。
絵本には一対一に堪えるものと堪えないものの2種類あると思っていて、意外と一対大勢に堪えないものが多いです。なんでもかんでも読み聞かせればいいというものじゃない。でも、できるだけ私は家庭に本が入り込んで欲しいと思うから一対一じゃないと楽しめない絵本が増えるといいなと思っています。家で読むことが一番魅力を発揮する絵本がいいですね。
どの本も一対一で読むことが一番楽しめるのがよいと。
一対大勢しか想定していないよね、という絵本が多いから。親から子に読んでおもしろいものがいい絵本だと思うんです。その中から一対大勢でも読み聞かせできるものがあるというのが本来の絵本のあり方だと思っています。