『ほんとうの星』『そらごとの月』の舞台裏#1

アートディレクターは、こんな人

この記事は約7分で読めます by 深谷芙実

このたび、303 BOOKSから出版した絵本『ほんとうの星』『そらごとの月』のアートディレクターを担当された友田菜月さん。普段は広告代理店にてデザインの仕事を手がけ、さらに個人としてもさまざまな制作活動を続けています。2冊の担当編集者であり、友田さんの友人でもある深谷が、その素顔に迫ります。

アートディレクターって?

今回の絵本を出版するにあたって、作者の長田真作さんから「アートディレクターは、新しい感性を持った柔軟な方にお願いしたい」と希望があったんです。それで、お仕事でも個人の活動でもいろんな挑戦を続けている友人の友田さんを、私から推薦させてもらいました。まず最初に、友田さんがどんな人か紹介させてもらいたいと思います。

深谷

はい、よろしくお願いいたします。

友田
友田菜月(ともだなつき) 
武蔵野美術大学卒業後、広告代理店にてグラフィックやパッケージ、空間のデザインを幅広く手がけている。今回、『ほんとうの星』『そらごとの月』で初めて書籍のデザインを手がける。

普段は広告代理店のアートディレクターとして、どんな仕事をしているの?

深谷

例えばテレビ局のフェスや、ファッションブランドの新作発表展示、ファッションビルのクリスマス装飾とか、いろんな規模の「現場がある」仕事をやらせてもらっています。軸足はグラフィックだけど、あまり表現の手法にこだわりはなくて。むしろ平面的に完結する仕事より、体験として人の印象に残る仕事のほうが、完成したときの実感が大きいので、そういうプロジェクトに積極的に関わるようにしてます。

友田

広告ってなんとなくポスターとか平面のものを想像していたけど、場所そのものを作ったりもするんだね。

深谷

それと、大学院で表現の中にルールを見出すようなことを考えていたからか、「一定のルールから形や意味が生まれて面白くなる」っていうのも昔から好きで…。

友田

例えばどういうこと?

深谷

最近だと、「誕生日から自分だけの占いケーキを生成できるケーキ屋さん」を、お菓子作家のcinecaさんと一緒に作りました。占いの結果をケーキの種類や盛り合わせに紐づけて、24万通りのケーキができるシステムで。それぞれ違う型紙に、cinecaさんが開発してくれた美しいケーキを盛り付けて、実際に人それぞれ異なるケーキを提供しました。最初は幻のような企画だったけど、たくさんの人に助けてもらって実現できて、「こんなこともできるんだ」って新しい景色を見られた印象深い仕事です。

友田

おもしろそうだね。デザインという分野で幅広い仕事に関わっているんだ。

深谷

デザインに出会うまで

大学は武蔵野美術大学の視覚伝達デザイン学科だったよね。 高校で同級生だったから、高校時代から絵が好きだったのは知っているけど、いつごろから美大を目指すようになったの?

深谷

もともと絵に興味はあって、小学校のとき絵画教室に通っていたんだよね。でも勉強も嫌いじゃなかったから、親の勧めで中学受験をして、なんとなく絵を描かなくなって。

友田

勉強が忙しかったから?

深谷

そうだね。勉強もだけど、中学からバスケ部に入って、それはそれで充実していたっていうのが大きいかなあ。でも絵は好きだったから、中3で一度部活を引退したタイミングでもう1回絵を描こうかなと思って行ったのが、たまたま美大受験の予備校で。高3は美大受験をするためのコースなんだけど、高2までは好きなことを幅広くできるコースがあって、学校帰りに通ってデッサンを描いたりしてた。

友田

それで、高3から受験コースに入ったんだ。

深谷

うん。高2の後半ぐらいから予備校にいる時間が長くなってきて、自然とその方がいい気がして。大学のことをあまりよく知らなかったから、「勉強するか絵を描くかだったら、絵を描いている方が楽しいな」ぐらいの気持ちで美大受験をしたかも。結構適当な動機で(笑)。後戻りできないから、受験を決めたあとは結構つらかったけど。

友田

美大や学科もいろいろあると思うけど、デザイン学科に進んだのはどうしてだったの?

深谷

絵を描くのが好きだったから、最初は日本画に行こうと思ってたのね。予備校の先生が絵画系の先生だったのもあって日本画や油絵を勧められて。ただ、絵画ってなかなか食い扶持がないこともあって、親に反対されて大喧嘩になったんだよね。デザインしかだめだって言われて、やむなくデザイン学科を探して…。今となってはよかったなと思ってるけど(笑)。

友田

私はあまり詳しくないけど、デザインにもいろんな分野があるよね?

深谷

もともと工作も好きだから、最初はテレビのセットとか空間デザインがやりたくて、平面系よりも立体系に行こうと思っていたんだけど。そこで予備校の先生が、「グラフィックデザインの考え方は全てのデザインの基礎になるから、まずはグラフィック系の学科を選んでおけ」って助言をくれたんだよね。視覚伝達デザインは大きなコンセプトを作るところだから、そこから空間やプロダクトにも落としていける。そう言われて、確かにと思って。

友田

なるほどね。

深谷

それで進路を考えたら、武蔵美の視覚伝達デザインか、多摩美のグラフィックデザインかなと。そのときの情報収集だと、武蔵美はコンセプチュアルで、多摩美はシュッとしているぐらいの認識だったけど、運よく両方受かって。最後は予備校に来てくれていた講師の人が決め手だった。武蔵美の人で、丁寧で頭がいい感じの教え方をしてくれる人だったから、こういう先輩がいる学校がいいなと思ったんだよね。

友田

それで武蔵美に入学したんだ。大学時代はどんなことをしてたの?

深谷

正直、授業の意図を十分に理解してやっていたことはあまりないんだけど。うちの学科はちょっと変な学科で、最初にブラインドウォークといって、目隠しして大学構内を歩くところから始まるのね。

友田

なにそれ?おもしろそう。

深谷

いま解釈すると、何かを伝えるにはいろいろな手段があるってことを、体に教え込む感じかな。まず、ふだん人間が目をどれだけ使っているかということに気がつくし、そのうちに視覚がなくても、触覚や聴覚、いろいろなもので世界を認識できるんだとわかってくる。でも当時はわりと何も考えずに、2人1組でキャーキャー言いながら楽しく歩き回ってたけどね。

友田

自分で作品を作るだけじゃなくて、そういう体験から学べることもあったんだ。

深谷

今思うと、デザインとは人間にとってどういうことか、人が世界を認識するとはどういうことか、そういうところからちゃんと考えましょうという学科でした。あらためて授業を思い返すと、結構おもしろい学校だったと思う。当時は本当にそういうことに気が付かなかったけど。

友田

広告の仕事へ

学部を卒業したあと、大学院に進んでいたよね。

深谷

学部の間は作品を作りながら、イベントを作る団体に入ったり、遊んだり、いろんなものに手を出したけど、結局自分が何をしたいのかよくわからなくて。就職活動ではなんとなく大学入る前に考えていた、テレビのセットとかを作る会社を受けたんだけど、やっぱりポートフォリオも気持ちも中途半端だったしどこも受からなくて。そのとき、大学院に行ってもうちょっと考えたらって、親が言ってくれたんだったと思う。

友田

就職も考えたけど、もう少ししっかり勉強したいっていう気持ちになったのかな。

深谷

そうだね。それと、ずっと学生生活を続けるような仕事をしたいと思っていて。大学で自分の好きなものを作って、先生とやり取りしてブラッシュアップさせていく、その過程がすごく楽しかったから。そういう仕事をしたかったけど、そのときはまだそれが何なのかわからずに、もうちょっと作品作りを続けたいなという気持ちで大学院に進みました。

友田

そこから広告の仕事に興味を持ったきっかけはある?

深谷

転機になったのが、大学院1年生のときに参加した、今いる会社がやっていたインターンシップかな。夏休みを1週間ぐらい使って、課題を出されて当日や翌日までに仕上げるというハードなインターンシップで。当時は寝る間も惜しんで体力勝負でもあったけど、やってみたら楽しかったし、広告って思っていたよりすごく幅広いんだってわかったんだよね。ただ平面の広告やポスターを作るだけじゃないと知ったのが大きかった。

友田

当時はどんな課題をやったの?

深谷

最初の課題が、「河原の小石に価値をつけなさい」というものだったのね。それって、たしかに広告の本質ではあって。

友田

広告だけじゃなくて、ものの価値やコンセプトっていうところから作るんだ。

深谷

そうだね。私はたぶんそれまで、CMやポスターっていう広告の出口しか見ていなくて。本質は商品にどんな価値を見出すかということで、そのへんに落ちている石も、例えばその石が誰かにとって大切な宝物になるような包装をしてあげれば、価値が生まれるじゃん。付加価値をつけたり、見方を変えて人によっては価値を感じられるようにしたり。そういうことを考えるのが広告の本質だって知ったんだよね。

友田

それはいい経験になっただろうね。

深谷

そこに来てくれていたアートディレクターの先輩もすごくいい人たちで、頭の回転が速くてロジカルに説明できて、すてきな作品も作っていて。それに憧れて、この会社に入りたいって思ったんだ。

友田

そのとき学んだことが今の仕事につながっているんだね。次回は、個人での活動や作品についても聞かせてもらいたいと思います。

深谷

#2 友田菜月ができるまで

取材協力
カフェ・ジンジャー・ドット・トーキョー
東京都江東区平野1-8-1
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執筆・編集
2014年入社。学校図書館書籍や生物の図鑑などの児童書を担当してきた。おもな担当書籍に『深海生物大事典』(成美堂出版)、『齋藤孝の どっちも得意になる!』(教育画劇)、『MOVE』シリーズ(講談社)など。
    撮影
    千葉県出身。どんな趣味も一年であきてしまう45歳。最近始めたジョギングにいたっては冬を越せるか心配中。チーバくんとパンダが好き。