物語が始まる場所<おばあさんの知恵袋> 三田村慶春さんインタビュー

子どもは大人の背中を見て育つ

この記事は約10分で読めます by 笠原桃華

日常から一転して冒険がはじまるような物語には、いつだって不思議な入り口があります。『ハリー・ポッター』なら9 1/4番線、『ナルニア物語』ならクローゼットの奥の方、『はてしない物語』ならあかがね色の本…。そのうちのひとつとして出てきても遜色ないようなお店、それが<おばあさんの知恵袋>です。国分寺駅すぐそばにありながら、なかなか見つけられないブックカフェ。
第5話では三田村さんがこれまでの経験を通して考えた「子供に向ける大人の姿勢のありかた」についてうかがいます。

三田村慶春(みたむら よしはる)
1949年、大阪生まれ。明治大学文学部仏文学科卒業。小金井市教育委員会勤務の後、小金井市立図書館司書を2011年に退職。現在、<絵本&カフェ おばあさんの知恵袋>のオーナー兼店主であり、さまざまな活動に従事している。NPO法人語り手たちの会副理事長、同全日本語りネットワーク理事。
ブログFacebook

自然農と子育ての共通点

三田村さんはおばあさんの知恵袋での活動以外にも、地域のお仕事もされています。最近では「自然農」という方法で作物を育てる活動をされていらっしゃいますよね。

笠原

はい。去年から活動を始めました。

三田村

具体的に「自然農」について教えていただけますか?

笠原

国分寺には国内でも数少ない「自然農法」を研究し営んでいる農家、本多さんがいらっしゃいます。私たち仲間は、その畑の一部をお借りしているのです。「自然農」というのは、草もほとんど生やしっぱなしで、水もやらないし農薬も撒かない。肥料もほとんど与えない。つまり自然のままの土そのものを豊かに生かす中で、作物を育てるというものです。

三田村

何もしないんですか?

笠原

もちろん適度に草を刈ったりとか必要なことやりますよ。ただ、普通の畑のように農薬を撒いたり肥料をやったりすると、土が本来持っている機能を果たせなくなってしまうので必要以上に手をかけないようにしています。一般的な畑の土と比べると、生きている土はつぶつぶになってるんですよ。

三田村

あ、つぶつぶの土は知ってるかも! ミミズのうんちみたいなかんじですよね。

笠原

そうそう、おっしゃる通り!

三田村

田舎育ちなので馴染みがあります(笑) ふんわりしていて、あったかくて…。その上を歩くのが結構好きでしたね。

笠原

一昨日もその畑をいじっていたんですが、ミミズたちがいっぱい出てくるんですよね。つまりその土が生きてる。だからミミズが出てきたりモグラが出てきたりするわけです。

三田村

東京にもモグラが!

笠原

ええ、いますよ。都心にはいないかもしれないけど、西東京、中でも国分寺はちょうど東京の農村地帯がはじまる分岐点でもありますからね。

三田村
おばあさんの知恵袋で配布している「土ぼっこの会」のチラシ。

土を活かすということを考えここ1年間畑をやってきたのですが、「これって絵本にも通じるな」とある時思ったんです。つまり小さなときにお話を聞いたり絵本を読むっていうことは、その子どもの本来持ってる「土」を生かすということだから。もちろん教育は必要ですけど、その土が生きてるから特に肥料をやったり農薬を与えたりっていうことでなくて、自然にのびのびと生かすだけでその中からその子ども自身の成長が促されるように思うんです。

三田村

あまり手をかけ過ぎないということですね。その子を信じてあげるというか。スウェーデンかどこかでそういう教育されていたような。

笠原

ああ、そうだったかもしれない。

三田村

確か12歳ぐらいまでは各々に好きなことやらせて、その中でその子ども自身が何に興味あるかを決めさせる。それから一斉にその分野の競争を始めるのだ、というのをどこかで読んだことがありますね。

笠原

白梅学園大学の学長をされてた汐見稔幸先生も、子どもっていうのは「遊び」の中から色々と学ぶのだとおっしゃっていました。だから特に「こうしなきゃいけない」とか「これをやらせなきゃいけない」っていう教育は最低限で良いのだと。教育とは管理するものではないんだとおっしゃってますからね。

三田村

そうなんだ…。日本にも学校によってはそういう方針のところもあるんですね。

笠原

この畑の活動は「つちぼっこの会」って言うんですけど、ジビュレ・フォン・オルファースっていう人が書いた『ねっこぼっこ』と言う絵本からきています。

三田村

どんなお話ですか?

笠原

木の根に妖精の赤ちゃんや子どもがいっぱい住んでいて、お昼になったらそこから外に出てて、夕方まで遊んで、夜になると子どもたちがまたお母さんの待っている根っこに帰っていくっていうお話です。ちなみにその本は一緒にビブリオパドルをやってる女性から紹介された本なんですよ。

三田村

ああ、ビブリオパドルで! 三田村さんが誰かの助けになることもあれば、お客さんが三田村さんに何か教えてくれる場でもあるんですね。

笠原

ええ、もう皆さんにしょっちゅう教えてもらってますよ。

三田村

地域通貨<ぶんじ>でつながる信頼関係

ずっと実はお聞きしたかったんですけど、あそこに置いてあるガチャガチャはなんですか?

笠原
おばあさんの知恵袋の一角に置かれているマシン。

<ぶんじ>って言ってね、地域で使える通貨。書いてあるQRコードを読み取るとどのお店で使えるかわかりますよ。

三田村

あ、これ裏に使った人のメッセージを書く欄がある。使った人の歴史がわかるようになっていますね。

常松

そうなんですよ。一枚100円分のお金の代わりとして使うことができるものです。お店によってちょっと使い方が違うんですけどね。例えば500円のコーヒーを飲んだら現金の400円と100円分の<ぶんじ>1枚で支払うといったこともできます。

三田村

使うだけじゃなくて、コメントを読むのも楽しいですね。

笠原

他にも子育て中のお母さんが助けを必要としているときがあったとしますね。例えば保育園のお迎えがあるけど、旦那さんを病院に連れて行かなくちゃいけないだとか。それでご近所さんやお友達に子どものお迎えを頼んだとします。そうしたらお礼に何か渡さなくちゃと考えますね。

三田村

お菓子持って行くとか、はい。

笠原

数千円くらいで何か見繕うでしょう。でも私の店にいらっしゃる仲間内では「ぶんじ1枚でいいよ」という感じです。私なんかも自転車が壊れてしまったときに、知人が「ほとんど乗ってない新品同様の自転車があるよ」って譲ってくれたんです。普通だったらこれもやっぱり1万円くらいは払わなきゃいけないのに、「ぶんじ3枚でいいよ」って。

三田村

300円!!(笑)

笠原

うん(笑)つまり、普段使ってる<お金>っていうのは、国が管理しているという「信用」のもとで成り立っていますよね。でも<ぶんじ>は「お互いの信頼関係」で成り立っている。例えば一部のお店では1000円のものが<100ぶんじ>で購入できたりしますよ。

三田村

そうなんですか。面白い。

笠原

昨日も地域の会議があったんですけどね。かつて社員寮だったところを今は全部借り切って、若者と一緒に地域のためにいろいろ企画を練っています。そこに住んでる人たちは、一応家賃3万5000円なんですけど3万円分は現金で払って、残りの5000円分は<ぶんじ>でもいいですよっていう。

三田村

5000円分の<ぶんじ>…か。あれ、これっておばあさんの知恵袋のガチャガチャ以外だとどこで手に入れられるんですか?

笠原

<ぶんじ>は農家さんのお手伝いをしたりとか、月に1回地域でゴミ拾いの日があるからそれに参加するといくらかもらえたりだとか。いろんな集め方があるんですよ。

三田村

そうなんだ! 私ここでしか見たことなかったので、「みんなどこでもらって、どこで使ってんだろ」って思っていました。

笠原

そうやって地域の大人たちが楽しそうに何かやっていると、その背中を見た子どもたちも「この街、いいな」っていう安心感が育ちますよね。もちろん学校教育も家庭教育も必要でしょうけど、それと同時にその町の大人たちが楽しそうに協力して何かやってるっていうのを見せることも子育ての一つかなと思うんです。

三田村

いつもと違う世界を見せてくれる第三者

地域の大人たちといえば、水木しげるさんのエッセイやら漫画やらに出てくる<のんのんばあ>っていう存在がいます。それがちょっと、三田村さんっぽいんですよね(笑)

笠原

そうなの(笑) あんまり詳しくないから教えて。

三田村

神仏に仕える人を<のんのんさん>と呼ぶそうなんですが、水木さんの育った場所にいた<のんのんさん>の奥さんが<のんのんばあ>と子どもたちに呼ばれていたそうなんです。それで、彼女は一緒にいるといつもおはなしをしてくれたそうなんですよ。

笠原

妖怪のおはなしかな。

三田村

そう。妖怪の、です。妖怪の話って単純に「おもしろい」っていうのもありますけど、中には子どもたちの倫理観を形成する役割や地域の習俗をわかりやすく子どもに伝える役割も担っていますよね。水木さんにとって<のんのんばあ>との出会いは大きかったようで、彼女から聞いた話が彼自身の世界観のベースになってるとおっしゃっていました。

笠原

記憶に残っている大切な第三者というかね。

三田村

ああ、そうかもしれません。

笠原

長い間ずっとそばにいたというわけではないけれど、水木さんは生涯を通してずっと<のんのんばあ>の影響を受けていたんだね。

常松

僕がこれまで出会ってきた子ども達も、結構僕のことを覚えてくれていますね。一昨年と去年と1年おきに毎年行ってた保育園があるんですけど、最初行ったときに2歳ぐらいだった男の子が次に行ったときに「去年のおじさんだ!」って言って覚えていてくれるんですよ。

三田村

それはうれしいですね。

笠原

うん、うれしい。

三田村

三田村さんって国分寺を拠点に、長くて三世代にも渡る交流があったりしますよね。だから国分寺で三田村さんと関わる人は「のんのんじい」を持ってるな〜なんて思って、ちょっと羨ましいの(笑)

笠原

子どもの目から見れば「大人の生き方」っていうのは自分の親の延長として映っていると思うんだけれど、その中にちょっと普通と違う人がいるときっと記憶に残るだろうね。

三田村

子ども達が普段の生活をしている中で、ポンっと違う世界に連れてってくれる存在というか。

常松

そうですね。怪しい人であったり、優しいおばさんだったり、そういういつもと違う世界を感じさせてくれる存在は大切だろうと思うし、必要な存在だろうなと僕は思う。

三田村

非日常とまではいかなくても「なんだかいつもとちょっと違うかも」って感じたり、あるいは何かに違和感を持つって言うことは大事なことですよね。色々なことを想像するようになる。だからグッと子ども達の世界を広げてくれる存在だろうなと思います。

笠原

現代に生きる子ども達の原風景でありたい

ひとりの大人の姿として、三田村さんが子どもたちに見せる姿勢についてをうかがってきました。<おばあさんの知恵袋>としては、この場所が子どもたちにとってどんな場所でありたいと思いますか?

常松

もう私も47年やっていて結構な年だから、そんなに新しいことができるわけでもない。ただ小さい子どもにとっては、帰ってこられる場所でありたいなとは思っています。

三田村

例えば(2011年)の東日本大震災のときにおはなしを読んであげた0歳の子どもたちが、今小学校の6年生になった。その子たちが今でも来てくれるんです。

三田村

素敵!

笠原

今生まれた子ども・これから生まれる子どもたちにとってもそうだと思うけれど、東京では街がどんどん変わっていく。もしこの国分寺で生まれたとしても今後10〜15年の間にきっと街の様子がガラッと変わってしまうと思うんですね。

三田村

確かに再開発なんかもあって、ここ数年単位でも景色はずいぶん変わってしまいましたもんね…。

笠原

そうでしょう。だから子どもたちがいつか自分の育った街を振り返ったときに、自分の知っている街って言うものはなくなってしまっているのではないかと思うんです。でも例えば「街の様子は変わってしまったけど、あそこに小さな絵本屋があって変なおじさんがいたな」って思い出すような、そんな場所でありたいですね。

三田村

なるほど。

笠原

私達が小さい頃は、草木があって丘があって豚や牛がいてっていう、つまり臭いとか肌感覚・皮膚感覚で原風景ってのはありますけど、今の子どもたちに原風景っていうのは記憶の中にしかないと思うんです。その時に、ふと「あの絵本屋どうしてるかな」って思い返してくれるだけでもいいかなと思います。

三田村

物質的な原風景と言うよりも、心の中の原風景ですね。

笠原

そう。だから原風景って、実は<おはなし>にも通じることだと思います。でもだからといって「毎日親が子どもにお話しなきゃいけない」なんて思っていなくて、その人の子ども時代に1回でもいいし、2回でもいい。小さいときのなんとなくの記憶であっても「誰か私におはなししてくれたな」とか「誰か僕に絵本読んでくれたな」っていう記憶がひとつでもあれば、その子どもの成長にとっての踏み台になると思います。

三田村

子どもの「土」の話に繋がりますね。

笠原

そうですね。<おはなし>に対して、今のゲームやスマホそれ自体がいけないということじゃありません。僕がよく言っているのは、活字や本を読むことは〈蓄積されていく情報〉を得る行為。対して、スマホやゲームから得られる情報というのは〈消費される情報〉だということ。

三田村

確かにそうですね。

笠原

だから今のそうした社会の中で、彼らが活字に関わるきっかけになれたらいいなと思っています。子供達が大人になってもこの店が彼らの原風景として残っていってくれたらいいなと思いますし、あるいはその子供のうちの誰かが「じゃあボクも絵本に関わろうかな」なんて思ってくれたらすごくうれしい。

三田村

「誰かのため」がこだまして…

CREDIT

クレジット

執筆・編集
長野で野山を駆け回り、果物をもりもり食べ、育つ。好奇心旺盛で、何でも「とりあえず…」と始めてしまうため、広く浅いタイプの多趣味。普段はフリーで翻訳などをしている。敬愛するのは松本隆、田辺聖子、ロアルド・ダール。お腹が空くと電池切れ。
聞き手
303 BOOKS(株式会社オフィス303)代表取締役。千葉県千葉市の埋めたて地出身。バイク雑誌、パズル雑誌を経て、児童書の編集者になる。本は読むものではなく、つくるものだと思っている。
撮影
某研究学園都市生まれ。音楽と東京ヤクルトスワローズが好き。最近は「ヴィブラフォンの入ったレアグルーヴ」というジャンルを集めて聴いている。