LGBTQ+「常識」を疑ってみる 中里虎鉄

「次の世代に渡すつもりでいちゃダメ」

この記事は約10分で読めます by 笠原桃華

ゆとり世代が…、ミレニアル世代が…、Z世代が…。 次々に現れては特集される「◯◯世代」という響きには、何か孤立感を感じさせられます。 自分達と異なる時代に育った世代に新しい名前を与えることで、無意識に「自分達」と「彼ら」の間に境界線を引いてしまっていないでしょうか。年齢問わず、あらゆる人間が《今》を生きているはずなのに、「未来を担う若者たち」に未来を託し続ける社会でいいのでしょうか。 今回のインタビュイーは、自身の性を「ノンバイナリー」であると位置付ける中里虎鉄さん。フォトグラファーとしても活躍し、雑誌『IWAKAN』の編集者でもある、現在進行形の注目アーティスト。第4回では、今私たちに何ができるのかを一緒に考えてゆきます。

中里虎鉄なかざと こてつ)
1996年、東京生まれ。フォトグラファー、エディター、コンテンツ制作など、肩書きにとらわれず多方面に表現し続けたいノンバイナリーギャル。出版社勤務を経て、独立。Creative Studio REINGから刊行された雑誌『IWAKAN』の編集制作も行う。自身のジェンダーやセクシュアリティにまつわる経験談や考えを発信している。
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「見たことのないもの」は「見えない」

虎鉄さんは多方面にご活躍されていますよね。虎鉄さんのSNSを見ている方って、若い世代の方が多そうですが、どうでしょうか?

笠原

そうですね、若い世代がほとんどです。

中里

おそらく、そういう方はSNSや学校で多様性にふれて、たとえ自分が当事者じゃなくても関心をもって一緒に考えていこう、っていうスタンスがあると思うんですね。でも、そうじゃない世代もたくさんいるじゃないですか。

笠原

そうですね。

中里

彼らにとっては、従来のあり方が普通なのであって、自分の常識から抜けるのはなかなか大変なんだろうな…というのを日々感じています。でもそうした方達も選挙権持ってらっしゃいますし、社会の中で一緒に生きているわけじゃないですか。まあ、年齢に限ったことでは無いですが、そういう関心の無い人達をどうやって新しい価値観の中に取り込んでいくかについて、どのようにお考えでしょうか?

笠原

もちろん、今そういう法律だったり制度をつくっているオーバー60の世代はそのうち死ぬから、若い世代でがんばろうっていう人たちも、もちろんいる。それに「男女」を二分して考えることが、「普通だ」と教えられて育ってきた人達の気持ちも分かります。

中里

うんうん。

笠原

でも、「若い世代だけがこれからの未来を変えていく」っていうのは、人任せすぎだなっていうのは結構思っています。それこそ、僕はZ世代って呼ばれるギリギリのラインなんですけど、何か、メディアは「Z世代がこれからの社会を変えてくれる!」っていうけど、でもZ世代だけではこれからの社会なんて変えられない。結局そういった権力構造がある中で、ずっとそれがまた次の世代に繰り越されているだけだから、そんなことを繰り返していっても本当に意味がないなって思ってる。

中里

Z世代:1990年代後半から2000年代前半に生まれた世代を指す。それまでの世代とは異なり、物心がついたときにはインターネットをはじめとしたIT技術が当たり前のようにある環境で育ったデジタルネイティブ世代。

やっぱり、今いる全世代、今を生きる全ての人たちで変えていかなければいけないと思う。そこをどうやって連帯できるのか? っていうのは、やっぱりすごく考えなきゃいけないポイントだなって思っています。

中里

難しいですよね。

笠原

そうですね。これが最善の策なのかは全くわからないですけど、僕は2つ軸が必要だと思ってて。1つは、僕は普段からやっているような、「社会の中の目に見える“当たり前の景色”を変えていく」っていうこと。視覚的に訴えることはすごく必要だと思っています。例えば外国人の存在とか、移民の存在もそうだと思ってます。特に日本はそう言った問題が中々表に出てこないから、なかなか実感が湧かず、関心が向かわないんだろうなと思ってます。

中里

そうですね。

笠原

つまり、多くの人たちが自分のセーフゾーンのコミュニティで固まっていて、そこから外に出たり、そこに外の人達が入ってくることが中々無い社会に僕たちは生きている。そういったコミュニケーションの基盤がある中で、外の世界というか、自分たちのセーフゾーン以外と関われるところって何だろう?って考えると、やっぱりメディアや広告じゃ無いかなと。

中里

『IWAKAN』の活動とも関係していきますね。

笠原

はい。誰もが目にする景色にどれだけ僕たちの存在を出していけるか、っていうのは凄く重要なことだと考えてます。描かれていなかったら、やっぱりその人達の存在なんて知ることのないまま生活が進んでしまう。

中里

ちょっと話変わるんですけど、この前イベントで形態異常※のお花を集めて売っているフラワーショップみたいなのがあったんです。考えれば形態異常のお花が出てくることなんて当たり前のはずなのに、それを見るまではお花が変わったカタチを持って生まれてくることをまったく知らなくて。確かにそうだよねって思ったんですよ。

中里

※形態異常=生物が正常な形態から著しく外れて見える状態

へー、素敵! 形態異常のお花屋さんなんてみたことない!

笠原

そう。なんかツボミが、ひとつの茎からふたつ出てきちゃったけど離れずにできちゃった、みたいなのとか。他にはツボミの部分がすごい形しちゃってるのとか。ひとつひとつ個性あって、めっちゃおもしろいです。

中里

チェックしてみます、ありがとうございます!

笠原

形態異常の野菜とかだったら、身近にたくさんあるし、それを再利用する取り組みは多くされていますよね。でも、お花に関しては今まで見たことなかったなって。何か、やっぱりそういう出てこないものって、無いものとされがちだし、ちゃんと目にするまでその存在があることってやっぱり認識できないと改めて実感して。

中里

うんうん。

笠原

だから、やっぱり自分たちの存在を知ってもらうために発信することは大事だなと思いました。それに加えて、やっぱり影響力や発信力のある人たちが、自分達の特権性をしっかり理解して、その上で平等な社会に向かって働きかけてほしい。彼らが不平等な扱いをされている人達を巻き込みながら、どれだけ多くの人にその現実を提示することができるか…っていうのはもっと必要だと思ってます。もちろん、そのリスクもあると思うんですけど…。

中里

1人の発信が、世界を変えるかもしれない

さっき話していた、上の世代が全然変わっていかないという件あるじゃないですか。

常松

はい。

中里

303 BOOKSで小泉今日子さんの『ホントのコイズミさん』というポッドキャスト番組やるようになって、Overmagazineというセクシャルマイノリティの人が自己肯定できる雑誌をつくっている古賀一孝さんと、宇田川しいさんさんという方がゲストに来た回があったんです。

常松

へー。

中里

このポッドキャストは中目黒のCOWBOOKSって書店が第1回だったんですけど、そのとなりのゼネラルリサーチさんが小泉さんに「Solidarity」(連帯)という言葉が書かれたTシャツをくれたんですって。その時から彼女の中に、この言葉がぐるぐると回りはじめたって言っていて。お金とかだけじゃなくて、なにかつながっていけるんじゃないかって思ったって言ってて。

常松

…すご。

中里

何かすごくよい話だなと思って。ちょっとしたきっかけで、人は変われるし、言葉の力が、年代や、性別の壁を超えていける気がするんですよね。

常松

素敵ですね。普通、女優さんなんか言わない人が多いですよね。

笠原

中々、日本だと今そういうのが言えないのが当たり前になっちゃってますからね。メディアもそうだし、メディアに出る側の人も。でもどうなんですかね、海外なんかだと今なにも言わないほうがリスクになってきてますよね。何か日本も変わるような気も、しなくもないんですけどね。

常松

うーん、どれぐらいかかるんだろう(笑)

中里

時間かかっちゃいますかね。

常松

海外とかで無言を貫いているアーティストとかが批判されてたりするのも、過去の歴史を見ると、すごく長い時間をかけて形成されてきたものじゃないですか。それを日本が今からやるってなると…まぁ結局同じくらい時間がかかるのかもしれない。

中里

ウン十年って感じかあ…。

笠原

もちろん、若い世代だと結構海外のカルチャーにふれることが多いだろうから、その問題について当たり前のように話すことができる人も多いかもしれない。でも、やっぱり「マスメディアやテレビに出るタレントさんとかが、その意識を持ってやっているか?」と問われたら、結局スポンサーとのイメージうんぬんで、最終的に決定するディレクターとかも年上の権力者が多いだろうから議論を呼ぶ発言は避けられることになるんだろうなと思う。

中里

編集でカットされたり…なんて話も聞きますね。

笠原

そうなったときに、今はYouTubeとかの個人メディアがありますよね。そっちがこれからもっとメインストリームになっていけば、もしかしたらそういった発言ができる人たちが増えていくかもしれないですね。まあ、でも、結局は抑圧に回る権力者たちが多々いるわけで、その人たちの世代にアプローチをかけていくことも大事だと思っています。

中里

まあだからインターネット中心に変わっていくし、外側から変わっていくしか無いのかもしれないですね。メディアの本道のところって政治的にも、精神的にも非常に保守的だから。

常松

何かその雑誌とかも、それこそ『IWAKAN』もそうだけど、インディペンデントマガジンの方が自分達の思いとかソウルみたいなのを、何の検閲もなく出せる。これがすごく素敵なことだと思っていて。で、そこがこう、小さなムーブメントとか波みたいなものを生み出して、渦みたいにどんどんどんどん広がっていけば、きっと大きなものになる、と思ってます。

中里

「次の世代に渡すつもりでいちゃダメ」

ただ、それと同じように、大きい組織だったり権力のある場所にどれだけ自分達が入っていけるかっていうチャレンジは、今後していきたいなって思っています。ついこの間までは、自分達がこれまで戦ってきてくれた人達の思いをちゃんと受け継いで、その上で次の世代に渡す…っていうふうに思っていたんですけど、それじゃすごく時間が掛かりそうだし。

中里

うん。

常松

「次の世代に渡すつもりでいちゃダメ」って、今めっちゃ思っていて。なるべく今、この瞬間、生きている全ての世代の人たちでどんなことができるのかというのを考えていかなきゃいけないと思うし、もう自分たちが経験してきた苦しみや不平等さを未来に残しちゃいけない。だから全方向、いけるところからいかなきゃいけない。それに、アクティビストだけの仕事なんかじゃ無いと思っていますね。

中里

この代で終わらせてやる!ってことですよね…。かっこいいなあ。

笠原

さっき言った軸の2つ目が、ルールを変えるということ。やっぱり法が変わらない限り自分達のアイデンティティが保障されない、命が保障されない、っていう現状はおかしい。今僕がやっている、カルチャーとかアートとか、そういう部分での発信ももちろん大事なんですけど、やっぱり法律が変わることで人の意識とかも変わってくると思っています。

中里

先日のデモや、次号の『IWAKAN』につながるところですね。

笠原

はい。例えば、理解促進法。身体障害者の方に対する差別に関しての法案は、ついこの間法的に差別禁止が明記されましたよね。

中里

理解促進法:正式名称「東京都障害者への理解促進及び差別解消の推進に関する条例」。東京に暮らし、東京を訪れる全ての人が、障害の有無によって分け隔てられることなく、相 互に人格と個性を尊重し合いながら共生する社会の実現を目指して制定された。平成30年10月1日に施行。

なんか、こうやって法が変わらない限り、人間って自分たちとは違うアイデンティティや見た目をしている人達のことを排除しがち。でもそれがきちんと明記されることによって、「しっかりと共存しなくてはいけない」と、人々の認識が変わってくるのだと思います。

中里

最近では、「LGBT理解促進法」の議論もありますよね。

笠原

LGBT理解促進法:自民党性的指向・性自認に関する特命委員会が法制化を進めている法案で、正式名称は「性的指向および性同一性に関する国民の理解増進に関する法律」。差別禁止ありきではなく、あくまでもLGBTに関する基礎知識を全国津々浦々に広げることで国民全体の理解を促すボトムアップ型の法案。

はい。すごく時間が掛かるかもしれないし、いろいろなフェーズがあると思うんですけど、でも法的に保障は必要だと思っています。その為に、デモや選挙といった活動がやっぱり必要。その活動をするにあたっても、僕がちゃんと目に見える形で提示したり、話を聞いていく。あとは、社会的に弱い立場にいる人たちが置かれている状況を伝える。こうしたことが、その問題について全く関心のない人たちに対してできるアプローチ方法なのかなって思っています。

中里

じゃあこれからの活動は、その2つの軸が関わってきそうですね。

笠原

うん、そうですね。

中里

現在進行形のアーティストとしてどんどん活躍の幅を広げている中里虎鉄さん。

「これからのご活躍を応援しています!」と、いつもなら言うところですが…。

「次の世代に渡すつもりでいちゃダメ」という、虎鉄さんの圧倒的な当事者意識を前に、身近なことしか考えられていなかった自分をはずかしく思いました。

四回にわたり中里さんとのインタビューをお送りしましたが、より多くの方が“Solidarity/連帯”に向かって「今、自分に何ができるか?」ということを考えるきっかけになれば幸いです。

CREDIT

クレジット

執筆・編集
長野で野山を駆け回り、果物をもりもり食べ、育つ。好奇心旺盛で、何でも「とりあえず…」と始めてしまうため、広く浅いタイプの多趣味。普段はフリーで翻訳などをしている。敬愛するのは松本隆、田辺聖子、ロアルド・ダール。お腹が空くと電池切れ。
聞き手
303 BOOKS(株式会社オフィス303)代表取締役。千葉県千葉市の埋めたて地出身。バイク雑誌、パズル雑誌を経て、児童書の編集者になる。本は読むものではなく、つくるものだと思っている。