
文字や写真、イラストなどの静止画に動きを加えて、動くグラフィックをつくるモーショングラフィックデザイナー。モーショングラフィックスの中でも、ドット絵業界で有名だというAniEmoNさんにインタビューをしてきました。今回は、学生時代に学んだことから、今まで勤めていた会社での仕事内容までを詳しくうかがいます。

グラフィックデザイナー&ピクセルアーティスト。映像制作会社、アニメ制作会社等 計3社を経験し、映像製作における提案から納品までの基本的なフローを学ぶ。その後フリーランスとして独立し、ドット絵から企業VP、TVCMまで映像を幅広く制作。「Human BeatBox ChampionShip 2016」オープニング映像、「映画・東京喰種」におけるPCのUIデザイン等制作。チップチューンのシーンでは、「ワビサビータ!」「RobotPrins」等のMV映像を手掛ける。
美大卒業後、専門学校でもグラフィックを学ぶ

今日はよろしくお願いします。さっそくですが、AniEmoNさんって京都出身なんでしたっけ?

はい。京都の嵐山の方出身です。どちらかというと観光地の方で、近くに苔寺とか松尾大社初、鈴虫寺、金閣寺とかがあったりしますね。

すごくいいところで育ったんですね!いつまで京都にいたんですか?

京都は物心つく前には引っ越してしまったので、育ちは湘南の方の藤沢になります。

そうなんですね。いつ引っ越したんですか?

5、6歳の小学校入る前の時です。

そしたら地元は藤沢になるんですね。藤沢にはいつまでいたんですか?

藤沢には大学卒業までいて、そのあとは東京に引っ越しました。

大学は普通の4年制大学ですか?

横浜美術大学っていう美大です。卒業と同時にHAL東京っていう専門学校に2年間通って、就職という流れです。

専門学校にも通ってたんですね。大学は何学部だったんですか?

映像メディアデザイン学部っていう学部で、いわゆる映像だとか、CGに関することを広く浅く学んでいった感じです。
油絵の夢が破れ、グラフィックの道に


グラフィックデザイナーはもともと目指してたんですか?

目指してなかったんですよ。もともとを油絵を希望してたんですけど落ちちゃって、新しくできた映像メディアデザイン学部だったら入れるよっていうことで仕方なく入ったっていう感じです。

そこで仕方なくその学部に入ったから、グラフィックデザイナーの道が開かれたんですね(笑)

そうです。だから逆に油絵でそのまま受かってたら、今はもしかしたら学芸員とかになってたかもしれないですね(笑)

その学科でグラフィックを学んで、その後はどうして専門学校に行こうと思ったんですか?

大学では広く浅くしか学べなかったんですよ。なので、深く狭く学んでいくにはやっぱり専門学校で学んでいく必要があると思い、HALに入ったという感じですね。

腹を決めたわけですね、グラフィックの方で行こうと。

そうですね。やっぱり映像の方が楽しいなって思って。

HALでは何か専攻とかはあったんですか?

カーデザインだとか、いろいろCGにまつわる学部があったんですけど、自分はそこで3Dを専攻してました。

街を作ったり?

街を作ったり、キャラクターを作ったり。そこでちゃんと学んだっていう感じです。

じゃあ就職するときは、グラフィックデザインができる会社に就職したんですか?

そうですね。ただ、2Dグラフィックメインの会社だったので、学校で学んだ3Dの知識っていうのは完全に忘れてしまいましたね。


会社での仕事内容を聞く前に、グラフィックデザイナーはどういうことをする人なのか教えてもらえますか?

グラフィックデザイナーというよりは、どちらかというと自分はモーショングラフィックデザイナーって言う方がしっくりくるかもしれませんね。After Effectsっていうソフトを使って、動くグラフィックを作る仕事をしてます。

なるほど。映像のグラフィックを作るモーショングラフィックデザイナーということなんですね。

グラフィックデザインって紙媒体やイラストのイメージが強いですね。で、モーショングラフィックスが動きのあるイラストということです。
子供に夢を与える仕事がしたくて、一度アニメの道へ


最初に就職した会社がM社とのことですが、ここではどんな仕事をしていたんですか?

ここで主にAfter Effects※1とかPremiere※2の知識を学びながら、企業VPやテレビCM、株主総会の映像などを作っていました。
1. After Effects(アフターエフェクト)とは「Adobeのモーショングラフィック制作ソフト」のこと。
2. Premiere(プレミア)とは「Adobeの映像編集ソフト」のこと。

その会社には何年いたんですか?

1年半ですね。もともと映像を作り続けようと思った理由というのが、子供に夢を与える仕事がしたいなと思っていて、ダメ元で終活時に1度落ちたアニメ制作会社に応募したんですよ。そしたら受かっちゃいまして。

もともとその会社に行きたかったから、受かったら転職するつもりだったんですね。

そうです。それで、自分はアニメは作れないんですけれど、作れない人でもアニメに携わることのできる制作進行っていう職種で入りました。

モーショングラフィックデザイナーとは全然違う職種に就いたんですね。

全然違う、スケジュール管理とか、スタジオの手配とか、人材の確保とか、そういう仕事をしました。

アニメの仕事がしたかったんですか?

したい仕事の一つでしたね。ただアニメの制作会社に入ってアニメが嫌いになりましたね(笑)

どうしてですか?

アニメの制作進行という職種はアニメの打ち合わせから納品まで一貫して経験できて、監督や演出、プロデューサーに一番近い職種なんです。でもその反面、何日も会社に缶詰状態になったりで精神的に辛くなりまして。

結構大変だったんですね。そこには何年いたんですか?

契約社員だったので2年間ですね。そこで子供に夢を与えることもできたので、契約更新の時期にまた映像制作会社に戻ろうかなということで「B社」という会社に入りました。

そこではどんな仕事をしてたんですか?

一社目と同じような、いわゆる企業紹介の映像であったり、テレビCM、あとはパチンコの実機の紹介映像とかを作ってました。この会社に3年いて、その後フリーランスになった感じです。

合計3つの会社で経験を培ってきたんですね。次回は、フリーランスになった後の仕事の話について詳しく聞いていきたいと思います!
