アイリッシュテナーバンジョー物語

アイリッシュ・テナー・バンジョーにうってつけの日

この記事は約7分で読めます by 林太陽

みなさんこんにちは! 林です。

はやしたいよう
林太陽

楽器を弾くことと都市伝説が好き。上京したてに買った10万円貯まる500円玉貯金箱。何度も中身を取り出しては空にしていたが、先日とうとう貯めきった。

    前回はバンジョーの成り立ち、アメリカにおけるアイルランド系移民についてお話しました。

    今回はいよいよアイリッシュテナーバンジョーとはなにか、そしてアイルランド音楽についてご紹介していこうと思います!

    テナーバンジョーへのコンバージョン

    20世紀初頭にアメリカ南部のニューオーリンズでニューオーリンズ・ジャズと呼ばれる古典的なジャズが成立しました。

    前回ご紹介したブルーグラスとほぼ同時期に生まれた音楽ですね。

    このニューオーリンズ・ジャズにもバンジョーが使用されています。しかし、従来のものと違って大きな特徴が一つあります。

    一般的なバンジョーが5弦であるのに対し、このバンジョーは1本少ない4弦で作られており、「テナーバンジョー」と呼ばれました。

    最初期のひょうたんでできたバンジョーは3弦や4弦のものがあったらしいのですが、ミンストレル・ショーの流行以降は5弦のバンジョーが一般的だったためおよそ100年ぶりに再び4弦のバンジョーが登場したことになります。

    テナーバンジョーが登場した経緯ははっきりとわかりませんが、ニューオーリンズ・ジャズではギターのようにピックを使ってコードを鳴らす奏法をする為、それにあわせて弾きやすいようこのような形になったのではないかと私は考えています。

    左がテナーバンジョー、右が一般的なバンジョー。一般的なバンジョーは指板の中腹から1本弦が追加されているのがわかる。

    アイリッシュテナーバンジョーの登場

    さて、前回ブルーグラスにはアイルランド音楽の要素も含まれているというお話をしました。

    しかしながら、アイルランド系移民の人たちの中には、アイルランド音楽を元に新しい音楽を生み出すのではなく、アメリカの楽器を用いてアイルランド音楽を演奏する人たちも現れます。つまりアイルランド本国にはないバンジョーという珍しい楽器を使って、アイルランド音楽を演奏しはじめたのですね。

    確認されている中で、アイルランド音楽で最初にバンジョーが使用された録音は1920年代にアメリカで録音されたものになります。

    そして逆輸入の形で、アイルランド国内でも徐々にバンジョーが演奏に使用されるようになっていきます。この時、ミンストレル・ショーやブルーグラスで使用される5弦の一般的なバンジョーではなく、少しチューニングを変えた4弦のテナーバンジョーが使用されました。

    タイトル回収まで長らくお待たせいたしました。

    そう、これこそが「アイリッシュテナーバンジョー」なのです!!

    「アイルランド音楽を演奏する為にチューニングを変えた(アイリッシュ)」「4弦の(テナー)」「バンジョー」ということですね。

    なぜ彼らは5弦ではなくあえて4弦のバンジョーを使用したのでしょうか? またチューニングを変えた意味はなんだったのでしょうか?

    詳しい情報が見つからなかったのであくまで私の推測になりますが、アイルランド音楽で花形とされる楽器にヴァイオリン(フィドル※)があります。

    ※カントリー音楽やアイルランド音楽ではヴァイオリンのことをフィドルと呼ぶ。楽器の構造自体は同じだが、クラシック音楽と異なり奏法や弓の持ち方等がかなり自由で独特の音色を奏でる。

    ご存じのようにヴァイオリンは4弦楽器ですので、ヴァイオリン奏者の人がすぐに弾きやすいようにテナーバンジョーを選択したのではないかと考えています。そして、ニューオーリンズ・ジャズを引く為のチューニングではなく、ヴァイオリンと全く同じチューニングにしてしまいます。

    チューニングが一緒だと、弦を押さえる左手の動きは全く同じになります。右手で弓で擦るか、ピックで弾くかだけの違いしかないわけですね。実際、世界中のアイルランド音楽の演奏家たちはフィドルとバンジョーを両方弾く人も珍しくありません(私は弓で擦っても金切り音しか出なかったので諦めました)。

    このような歴史を辿り、現在に至るまでアイルランド音楽の中でバンジョーが弾かれるようになりました。

    また、当時はテナーバンジョーのチューニングを無理やり変えていましたが、現在ではアイルランド国内の職人たちによってアイルランド音楽を演奏する為に作られたバンジョーも作られています。厳密にはこれがアイリッシュテナーバンジョーと呼ばれるものです。

    というのも弦楽器は決められたチューニングになるように製造されているので、そこからチューニングを変える為に想定外に弦を張ったり緩めたりすることは少なからず楽器にストレスを与えてしまうからですね。

    私の持っているアイリッシュテナーバンジョー。1909年アメリカ製で御年112歳の大ベテラン。恐らくニューオーリンズ・ジャズに使用されていたと思うので、上記の通り厳密にはアイリッシュテナーバンジョーではないがちゃんと演奏できるので問題ない。

    アイルランド音楽のバンジョーを鑑賞

    いかがだったでしょうか。アイリッシュテナーバンジョーについて少しでも知っていただけたでしょうか?

    ここまでお読みいただいたあなた、いったいどんな音色がするのか気になってもう仕方ないですよね? アイルランド音楽についての説明の後、私のオススメをいくつかご紹介させて頂ければと思います! もうしばしお付き合いください。

    そもそも前編から今までに渡って書かれていたアイルランド音楽ってなに、と思った人もいるでしょう。

    アイルランド音楽とは、その名の通りアイルランドで伝統的に演奏される音楽のことです。

    アイルランド音楽ではなく、ケルト音楽、というとピンとくる方も多いでしょうか。もしくは、無印良品の店内で流れているBGMとか。

    実はこの認識は少し間違っていて、ケルト音楽というとアイルランドのみならずスコットランドやフランスのブルターニュ地方・スペインのガリシア地方などの音楽も含めてしまうんです。日本や韓国、中国の音楽をまとめてアジア音楽、と呼ぶようなものでしょうか。

    日本でも有名な歌手のエンヤは、アイルランド人ですがアイルランド音楽ではなくケルト音楽を歌っています。ややこしいですね。

    アイルランド本国では、パブや路地、各家庭なんかでこのアイルランド音楽が演奏されます。食事を囲みながら、ビールを飲みながら、農作業後に焚き火を囲みながら、日常に根付いてアイルランド音楽は紡がれてきました。映画「タイタニック」の三等客室のシーンでも演奏されています。

    とはいえあくまで伝統音楽なので、日本のお琴や三味線のように大多数のアイルランド人はそこまで聴くことはないようですが・・・。

    アイルランド音楽について理解を深めたところで、最後に私のオススメをご紹介いたします!

    私が最もリスペクトしているアイリッシュテナーバンジョー奏者のGerry O’Connor。このように歌がなくインストで演奏される曲がアイルランド音楽には沢山ある。3分15秒あたりから始まる曲の超絶技巧は必見。
    1962年に結成したアイルランド音楽界の巨匠The Dublinersと1982年結成のアイリッシュパンクバンドThe Poguesが連名でリリースした楽曲The Irish Rover。全英8位という記録をヒットした。ナイスな髭を結わえているおじいちゃん達がThe Dubliners。The Poguesのボーカルであるシェイン・マガウアンは酒とドラッグの影響で歯がスカスカである。
    私の大好きなバンドの一つで1975年に結成されたDe Danann。フィドルのFrankie Gavinの胸の奥から感情を揺さぶられるような演奏がたまらない。上記のGerry O’Connorの動画と1曲目が同じであるが、伝統音楽ゆえ同じ曲がよく演奏されることは珍しくない。同じ曲でも演奏者によって全然違う曲かのように聴こえるところもアイルランド音楽の面白いところである。
    バンジョーは入っていないが、番外編として日本のアイリッシュバンドのtricolorを紹介。NHKの連続テレビ小説「マッサン」の劇中曲などを手がけている。この映像は都電荒川線でライブをするという面白い試みである。
    日本のアイルランド音楽界隈はまだまだ規模が小さいため意外とみなさん顔見知り。ゲストで参加しているフィドルの堀さんは私の大学の後輩だったりする。

    長らくお付き合いいただきありがとうございます。アイリッシュテナーバンジョー、そしてアイルランド音楽に少しでも興味を持っていただけたら幸いです。

    CREDIT

    クレジット

    執筆・編集
    楽器を弾くことと都市伝説が好き。予言で有名なイルミナティカードが欲しいなと思い調べたら、ボックスセットが20万円もしたので諦めた。
    イラスト
    1994年、福岡県生まれ。漫画家、イラストレーター。第71回ちばてつや賞にて「死に神」が入選。漫画雑誌『すいかとかのたね』の作家メンバー。散歩と自転車がちょっと好きで、東京から福岡まで歩いたことがある。時代劇漫画雑誌『コミック乱』にて「神田ごくら町職人ばなし」を不定期掲載中。