コロンビアで暮らす元303社員、ユースケ“丹波”ササジマが現地に暮らす無名の人々にインタビューしていく連載企画。今回は、メデジンの大学で国語(スペイン語)講師のベアトリスさんにスペイン語の特色や魅力について話していただきました。「猫」をめぐるユースケ“丹波”ササジマと現地の人との意思疎通失敗談も登場します。
夕立のアンティオキア ―パイサの生き方―
ユースケは何しにコロンビアに?
多義性があるからスペイン語は難しい?
普段からスペイン語を教えている先生に伺いたいのですが、先生から見てざっくりいうとスペイン語はどんな特徴がありますか?
そうね、どの言語も完璧に習得するのは難しいとは思うけど、他の国の人が、スペイン語は多義語が多いから習得するのが難しいって言ってるのをよく耳にするわね。たとえば、「レンガ」を意味する「ladrillo(ラドリージョ)」っていう単語があるわよね? 私が「私が読んでるこの本、すごくladrillo(ラドリージョ)」って言ったらあなたはどう解釈する?
そうですね、「私が読んでるこの本、すごくレンガ」ってなって、何を言ってるか分からないですが・・・。
そうよね。でも「ladrillo(ラドリージョ)」には「レンガ」のほかに「難しいもの」っていう意味もあるの。だからさっきの例文は「私が読んでるこの本、すごく難しい」ってなるのよ。
そうなんですか!? それは知らなかった。勉強になります。
じゃあ、「君が読んでるその本、ladrillo(ラドリージョ)ね」って言ったら?
まだあるんですか・・・?
ほかにも「大きくて厚い」っていう意味があるから、「君が読んでるその本、大きくて分厚いね」っていう文章になるわ。こういう感じで、文脈によって意味がいろいろ変わる言葉が多いから、スペイン語を学ぶ外国人はそれに苦労すると思うわ。
まさに私がその苦労している外国人の一人です(笑)。そういえば、「gato(ガト)」は「オス猫※」っていう意味のほかに、「ジャッキ」のことを指しますよね? その後者の意味を知らなかった当時、ホームセンターの車載道具コーナーで店員さんと話してたときに「gato(ガト)はお持ちですか?」って聞かれたんですよ。突然猫の話をしだすなんて変な人だなぁと思いつつも、「いや~日本の実家では飼ってるんですけど、コロンビアでは飼う予定はないっすね」って返事したら、「そ、そうっすか・・・」っていって去っていったんですよ。それで何かがおかしいということに気づいて、「gato(ガト)」という単語を調べたら「ジャッキ」の意味にたどり着きました。
※フランス語やイタリア語のように、スペイン語も全ての名詞が男性名詞か女性名詞かに分けられる。例えば、「国」を意味する「país」は男性名詞、「花」を意味する「flor」は女性名詞などである。一部例外はあるものの、語尾がoやajeなどで終わるものは男性名詞で、aやciónなどで終わるものは女性名詞であることが多い。さて、スペイン語では人間や動物のように性があるものの場合、♂か♀を言及しなければならない。その際、それぞれの単語の語尾が、♂の場合はoで終わり、♀の場合はaで終わる。だから、オス猫は「gato」になり、メス猫は「gata」になる。スペイン語を知らなくても聞いたことがあるスペイン語単語のひとつ、友達を意味する「Amigo(アミーゴ)」は、男の友達のことであり、女の友達の場合は「Amiga(アミーガ)」となる。余談だが、女性の乳房を意味する「seno(セノ)」は男性名詞、男性の乳首を意味する「tetilla(テティージャ)」は女性名詞である。「seno(セノ)」はoで終わるから男性名詞、「tetilla(テティージャ)」はaで終わるから女性名詞だと推測されるが、なんだかすっきりしない。
変な人は店員さんじゃなくてあなただったってことね?(笑)
そうですね・・・。「オス猫」という意味での「gato(ガト)」は、初めてスペイン語を学ぶ人が最初に習う言葉の一つに挙げられるほど初級レベルの単語ですけど、ふつう、この単語が「ジャッキ」の意味で教科書に登場することはないので青天の霹靂でした。あと、言葉の多義性とは違うかもしれませんが、国や地域によって使われる言葉も変わりますよね?
そうね、いろんな場所で話されてるから、それぞれバリエーションがあるわね。
たとえば、スペインだったら車は「coche(コチェ)」ですけど、ラテンアメリカだと「carro(カロ)」とか「auto(アウト)」が使われますよね。そんな言葉がたくさんあるから、ある国のスペイン語を学んだあとにほかの国のスペイン語を学ぶと色々発見があって楽しいですね。言葉以外にも文法が違ったり発音が違ったりしますし。
あと、スペイン語はティルデ※があるわよね。これは英語にもないし、あなたの母語の日本語にもないんじゃない? ティルデもスペイン語を難しくしてる要素の一つかもしれないわね。
ないですね。日本語は色々なイントネーションを使い分けますけど、日本語の表記法でティルデみたいなアクセント記号は使わないですね。
※ティルデとはñ(1)やí(2)などアルファベットの上につく符号のこと。コロンビアでは、ティルデというと(2)の符号のことを指すことが多いので、こちらの解説をしたい。これは、アクセント符号で、está(エスタ), acción(アクシオン)など、アクセントをつける箇所に挿入されるもの。ただ、正しい表記法としてはティルデがある単語にはつけないといけないが、無くても理解はできるためチャットなど素早いメールのやり取りしているときはめんどくさくてつけないネイティブは少なくない。
あと、文法も覚えることが多いわね。だから、そういう部分でネイティブじゃない人はスペイン語を学ぶときにちょっと苦労するかもしれないわ。
そうですね。たとえば、動詞の活用は慣れるまで大変ですよね。なんせ1つの動詞に活用の形が単純計算で100個以上もありますから。
多義性があるから魅力的
ネイティブではない人にとってスペイン語は少し難しいという話をしてきましたけど、ネイティブにとっても難しいですよね?
スペイン語を書くってなったら、ネイティブにとっても少し複雑かもね。中学校の生徒にスペイン語を教える機会があったけど、大変だったわ。ネイティブが話すときはこれは名詞だとか形容詞だとかそんなこと考えずに話すでしょ? でも書くってなったらそういう文法規則的な部分を意識しないといけない。
話すことと、話すことを文章化するのは別物ですもんね。たぶん、後者のほうが難しい。
あとは、そうね、中学校でテキストに書いてあることだけを読むんじゃなくて、その行間に潜む思想を読み取るっていう授業をしたこともあるけど、なかなか大変だったわ。
テキストを批判的に分析するっていう感じですかね。たぶん私はまだスペイン語でそういう読み方をきちんとできてないですね。新聞のニュース記事は理解できますが、たとえばちょっと修辞的技巧が施された社説となるとしっかりと理解できないですね。勉強が足りてないなぁ。
そういう文章をきちんと解釈するにはやっぱり訓練が必要よね。あと、多くの新聞記者は口語表現を使ったり地方特有の表現もよく使うわね。そもそもそうした記者は世界中の読者に向けてっていうよりかはその新聞が読まれる地域の人に向けて書くことが多いから。
確かにBBC MUNDO※とかグローバルなメディアの社説は、一般的な表現を多く使ってるから読みやすいですね。メディアごとに使用される語彙の比較とかしたことないですけど、そんな気はします。
※英国放送協会(BBC)の、スペイン語圏の国に向けたニュースポータルサイト。
読み手が世界中にいたら、自然とより平易でわかりやすい表現になるわよね。
よく考えたらそれは日本語でも一緒ですね。私の母語は、厳密にいうと日本の関西という地方の方言なんですが、ほかの地方から来た人と話すときはより一般的な表現を使いますもんね。
標準語と方言の使い分けっていう意味では、そうね。
ところで、これまでスペイン語の特徴の話を伺いましたが、スペイン語の魅力はなんでしょうか?
そうね、やっぱりその多義性かしらね。この特徴はスペイン語を学ぶ上で難しい部分ではあるけど、同時にそうした多義語の豊かさがスペイン語特有の味わいを生み出してると思うわ。
特徴こそ魅力ですもんね。そういうスペイン語の魅力が味わえるような、もしくは単純に先生が好きな作家って誰かいますか?
そうね、ちょっと古い人でいうとCamilo José Cela(カミーロ・ホセ・セラ)※ね。あとは、スペイン語の豊かさが味わえるかどうかは別として、現代の作家ではJ. J. Benítez(ホタ ホタ ベニテス)※ね。
※Camilo José Cela(カミーロ・ホセ・セラ)はスペイン出身の作家。1989年に「豊かで熱烈な散文の中で、穏やかな同情をもって人間のもろさに対する挑戦的な洞察を実現した」(拙訳)ことでノーベル文学賞を受賞した。
※J. J. Benítez(ホタ ホタ ベニテス)はスペインのジャーナリスト、作家。イエス・キリストの一生について書かれた『トロイの木馬』という10巻からなる長編小説が有名。UFO研究や陰謀論研究でも知られている。
ありがとうございます! ちなみに、コロンビアの作家でオススメとかありますか?
コロンビアの作家ねぇ・・・、世界的に有名な作家でいうとGabriel García Márquez(ガブリエル・ガルシア=マルケス)※がいるけど、最近の作家となると麻薬カルテルをベースにした話が多くて私はあまり好きじゃないわね。
※Gabriel García Márquez(ガブリエル・ガルシア=マルケス)は、日本でもよく知られているコロンビアの作家。1960年代に起こったラテンアメリカ文学ブームで注目を浴びた作家の一人。『百年の孤独』がとにかく有名。1982年に「想像力によって豊かに紡がれた世界を舞台に、幻想的なものと現実を調和させて大陸に存在する人間の人生や争いを反映した」(拙訳)ことによってノーベル文学賞を受賞した。
Gabriel García Márquez(ガブリエル・ガルシア=マルケス)でいうと、今まさに『百年の孤独』※を読んでいます。
※Gabriel García Márquez(ガブリエル・ガルシア=マルケス)でもっとも有名な作品。7世代に渡るBuendía一族の歴史を語る長編小説。
そうなの!? あれ読むの大変でしょ?でも何回も読めば楽しめると思うわ。
そうですね、今185ページ目ぐらいなんですけど、その時点で知らない単語がすでに2000語以上も出てきてるので長い道になりそうです(笑)。
ローマは一日にしてならずよ、頑張って!
今年中に読了したいです! では、今回はここまでにして、次回は先生のご出身の街や少し個人的なことをお聞かせいただければと思います。