昭和の時代には、毎日のように、テレビで普通に見ることができた時代劇。
令和のいま、その存在のありがたさを思い出しています。
愛すべき時代劇と、時代劇を愛する人たちに、エールを送ります。
幼い頃の私は、「おおきくなったら、おさむらいさんになる!」と思っていた。もちろん、夢がかなうことはなかった。
高度経済成長期の真っただ中に生まれ育ち、文字通りの“テレビっ子”だった私は、時代劇が大好きだった。ブラウン管の中で繰り広げられるチャンバラに夢中になっていたのだ。母が裁縫のときに使う、長い木製の定規を腰に差し、武士になりきって胸を張っていたものだ(もちろん、その度に母にどやされた)。
時代劇好きの少女のあこがれの的は、「大岡越前」だ。
「大岡越前」は、1970(昭和45)年から1999(平成11)年の長きにわたり、第15部まで放送されていた番組で、2006(平成18)年には、50周年の特別スペシャル版も放送された。いまは年に数回、BSで新作が放送されている。昔のままのテイストで製作されていて、主題曲やタイトルバックも同じなのがうれしい。主演は東山紀之だ。
「大岡越前」は、毎週月曜夜8時の放送で、一家団欒の時間にぴったりのアットホームな時代劇だった。主演はもちろん、加藤 剛。きりりと美しい姿が目に浮かぶ。
南町奉行所のお奉行さま(大岡越前守[おおおかえちぜんのかみ]のこと。大岡忠相[おおおかただすけ]ともいう)を中心に、父上・母上、役宅でともに暮らす妻子、奉行所の同心や岡っ引き、皆がたむろする小料理屋の“たぬき”(店主は元盗っ人で、いまはお奉行さまの手下だ)の面々。そして忘れちゃならないのが、八代将軍・徳川吉宗の存在だ。目安箱や小石川の養生所など、当時の吉宗の政策がドラマにもちらほらと出てくる。歴史のお勉強ができちゃったりもするのだ。
お奉行さまの親友・榊原伊織(演じるのは竹脇無我、どちらも二枚目の名前だね)は長崎帰りの医者で、小石川養生所の先生だ。「忠相、伊織」と互いを呼び合い、助けたり助けられたりする仲だ。
お奉行さまの衣装はブルーが基本らしく、青を基調とした裃や袴が、視聴者に清廉潔白な印象を与えている。奉行所が登場する時代劇には、「遠山の金さん」や「江戸を斬る」などもあるが、「大岡越前」のお白洲は、デザインとしてタイトルバックにも使われていて、「法を守り、人を守る」という大岡越前の姿勢が投影されているように思う。とにかく真っすぐで正しいのが、大岡越前の最大の魅力なのだ。
さて、「大岡越前」といえば、人情と機知にあふれた“大岡裁き”が有名だと思う。どれも落語が元になっていて、後付けされた話ばかりらしいが、なかでも私が気に入っているのは「三方一両損(さんぽういちりょうぞん)」のお話だ。ご存じない方のために少し説明しておこう。
大工の熊さんが道で三両(結構大金だ)を落とした。それを左官の八つぁんが拾う。財布に書付が入っていたので、熊さんに届けてやるが、江戸っ子の熊さんは「落とした金はあきらめた。拾った金はおめえのもんだ」と言って八つぁんを追い返そうとする。ところが、こちらも江戸っ子の八つぁんは「てやんでえ、そんな金要らねえよ」と怒り出す。…ということで、引き取り手のない三両をどうするか、お奉行さまに決めていただこうということになる。裁きの行方をめぐって意見が分かれ、江戸中が大騒ぎ。やがて、お白洲に呼び出された二人に越前が裁きを言い渡す。「この三両に一両たして、お前たちに二両ずつ授けよう。互いに素直に金をもらわなかったお前たちと、この騒動を持ち込まれた奉行、三人が三人とも一両ずつ損をしたことになる。どうだ、これで文句はあるまい」というわけだ。
これぞ、“三方一両損”なのだ。やれ、めでたし、めでたし。にっこり微笑むお奉行さま。“たぬき”では、「さすがはお奉行さまだよなあ!」と、おなじみの同心やら岡っ引きが盛り上がり、平和なナレーションと主題曲のBGMとともに番組は終了するのだ。
ところで、時代劇といえば、チャンバラがつきものだ。
「大岡越前」にももちろん殺陣のシーンはあるのだが、お奉行さまは決して相手を斬らない。飛び切り強いのは当たり前なのだが、必ず峰打ち(刀の背面で相手を打つこと)にするのも素敵だった。桃太郎侍のように、やたらと人を斬ったりしないのだ。
お奉行さまは、吉宗と違い、頻繁に市中を出歩いたりはしないが、たまの町歩きのシーンで見せる着流し姿も、加藤 剛はかっこよかった。深編笠も似合っていたなあ。
お白洲での裁きのあと、人情たっぷりのお裁きのときには、あたたかい微笑みをくれ、凶悪犯を罰するときには、真一文字に結んだ口元と厳しい眼で相手を見据えるお奉行さま。
大岡越前守忠相さま、貴方は、ほんとうに素敵なお奉行さまでした。