こんにちは。楠本です。
「脳梗塞になっちゃった!」第2話です。入院まで一週間、鼻血事件に翻弄された和子さんでしたが、依然として、自分の健康に問題があるとは思いもしていませんでした。今回は、そんな和子さんが遭遇した、耳鼻咽喉科の医院でのお話です。
脳梗塞になっちゃった!
突然、蛇口をひねったように…。
K病院の先生にもらった紹介状には、厄介な点があった。
宛名の病院名をネットで検索すると、耳鼻科のクリニックがすらっと出てくるのだが、住所がまったく違うのだ。念のため、住所で検索してみると、確かにそこは存在する。駅近なのも同じだ。
「うーん、これは行くしかないな」と思った和子さん。「無事にたどり着けるんやろか」。そんな不安を抱え、右の鼻穴にメンキュウを詰められたまま、その日は息苦しさの中で眠りについた。
翌、2月7日の朝が来た。9時に家を出る。まずは、紹介状の住所の場所を訪ねてみよう。
駅近だから、あの辺りだなと見当がつく。近くまで行くとただの雑居ビルがあった。階数の表示で確認すると、そこには「○○ハウジング」とある。今のところ住み替えは希望していない。
次はネットで見た住所、駅の反対側。あまり行ったことのない場所だ。駅を抜け、長い連絡通路に向かうと、クリニックの看板が見えた。「やったー。あそこだ」。喜ぶ和子さん。もう、マスクの内側が汗ばんでいる。「だめだ、暑すぎる…」と和子さんはマスクをはぎ取ってポケットに突っ込んだ。
クリニックのあるビルはまだ新しくて清潔な感じだ。「よしよし、いいぞ」と目的地へ向かう。そのフロアには歯科医院もある、薬局もある。そういうビルなんだな、と納得。
受付で、紹介状を出す。待合室のソファで質問票にあれこれ書き込んでいると、受付の女性が近づいてきたので、住所が違う旨を伝えた。だって、修正してもらわないと、次に紹介されるかもしれない人が困るもんね。これを老婆心というのだ。
9時半に受付したのは確かだ。電話予約の人が先なのはわかる。でも、和子さんの後から来た人の全員が、和子さんを抜いていく。暇じゃ、暇じゃ。待合室のテレビに映される、耳鼻咽喉科関連の情報をエンドレスに見ていると、「そこは下じゃない。舌」などという誤植も発見してしまったりする。これを職業病という。
そうこうしていると名前をよばれ、診察室のドア前の椅子に着席する。ここでも待ちぼうけが続き、11時半ごろ、やっとこさ診察室に。
「どうしました?」と先生。「どうもこうもあるもんか」と和子さんはイラっとしたが、昨日の鼻血事件の顛末を告げた。
メンキュウを2つ抜かれ、シャーシャーと鼻を洗浄され、麻酔をされ、カメラで鼻腔を診察された。特に異変はないらしい。正しい鼻血の止め方を説教された。「そんなん全部やっとうわ」と和子さんは不満だったが、「はい、はい」とおとなしく答えておいた。
結局、鼻を形成している部分の内部に腫瘍があるかもしれないので、CTスキャンが必要ってことになって、別の医院でCTをとって、そのデータを持ってまた来診することになった。技師の人がいないと無理なので、電話してから行けと言う。
受付で精算をして、処方箋をもらって、CTの医院宛の紹介状だの地図だのをもらって……と文字通りてんてこ舞い。ソファに腰かけて、大量の紙片をカバンに納める。
「どうもありがとうございました」。と一礼してクリニックを後にした和子さんは、真っ先にトイレへ。だって、もうお昼だよ。もうがまんできない。
すっきりしてから、おとなりの薬局へ行き、処方箋を見せる。
「おねがいします」。「おくすり手帳はお持ちですか?」。「ありません」。「おつくりしますか?」。「はい(そりゃ、いるでしょ)」。…てな、やりとりの後、お薬をいただく。
薬剤師さんの説明を聞きながら、右手でカバンの中をまさぐる和子さん。財布を探しているのだ。「ええ。はい。はい」と返事がうわの空な感じが自分でもわかる。財布がない、ないのだっ。「すみません。お財布忘れてきちゃったかも。ちょっと、戻って見てきます」と慌ててダッシュ。
クリニックに飛び込み「すみません。財布忘れてませんでしたかっ」と爆発するように問いかける和子さん。すると「あ~、これですかぁ」と茶色い財布がカウンターの下から出てきた。
「あちらの方が…見つけてくださいました」。あちらの方に「どうも、ありがとうございました!!」と最敬礼。あちらの方が、善良な人でほんとうによかった。
薬局で無事に支払いを済ませたところで時計を見上げる。12時過ぎてんじゃん。
次のCT検査の医院はすでに昼休憩を迎えていた。「しゃあない、今度にしよ」と和子さんは三鷹駅から会社に向かった。午後の仕事が待っている。
この時の判断がよかったのか、悪かったのか、今もってわからない……。