講談ビギナーがYouTubeで神田伯山の”馴れ初め”

いきなり『畔倉重四郎』全19席。

この記事は約5分で読めます by 加藤季余乃

新型コロナウイルスの影響で、映画館や舞台などに、足を運ぶことができなくなってしまい、暇つぶしの方法を模索する今日この頃…「せっかくならこの機会に、いままで触れなかったことに挑戦してみよう!」そう思った私は、最近注目が集まっている伝統芸能「講談」の鑑賞に臨んでみることにした。

執筆・編集
かとうきよの
加藤季余乃

散歩と喫茶店巡りが好き。珈琲を嗜むことに憧れているが、苦味にまだまだ慣れない。道すがら、神社やお寺を見かけたら、参拝して御朱印を頂くのも趣味の一環。

    今、注目を集める講談、その話題の火付け役となったのは神田伯山という講談師だ。彼は今年の2月に真打に昇進し、神田松之丞という名を改めて、大名跡の伯山を44年ぶりに襲名した。

    「100年に一人の天才」「いま最もチケットが取れない講談師」と賞賛され、怒涛の人気ぶりを見せている。

    「えっ、そんなに人気の講談ってどんなもの!?」

    講談を見たことがない私には、現代で話題を呼ぶ講談がどんなものなのか想像もできない!(自信を持って書くことじゃない。)

    ちょっと興味を持ち始めた私のような人にもありがたいことに、伯山は自身が今年の1月に行った『畔倉重四郎』の公演をYouTubeチャンネル『神田伯山ティービィー』で全編公開している。ビギナーとしては、まずこの動画を見ることから、講談の世界に一歩足を踏み入れてみることにした。

    『畔倉重四郎』第1席目「悪事の馴れ初め」。プレイリストになっていて、全19席。エンディングは2種類ある。

    講談は落語と似ているが、落語が江戸時代などの庶民生活を描写する「会話の芸」と呼ばれているのに対して、講談は歴史上の人物や事件を語る「ト書きの芸」と呼ばれている。

    その表現方法も異なり、講談師は右手に張り扇、左手に扇子を持って釈台という小さな机を叩き、独特の調子でストーリーテリングしていく。

    伯山の行った『畔倉重四郎』は「連続物」と呼ばれる長編の講談で、5日間かけて語られ、全19席にも及んだ。続きを観るために5日間も同じ観客が同じ会場に足を運ぶ芸というのは、聞いたことがない!

    畔倉重四郎は、江戸の名奉行・大岡越前が裁いてきた中でも、最も凶悪とされる三悪人の中の一人である。見た目は役者のような色男だが、善人を装って人を騙し、邪魔になれば簡単に殺してしまう恐ろしい人物だ。

    講談『畔倉重四郎』は、彼がなぜ天下の極悪人と言われるまでに至ったのかという物語を主軸にしており、伯山の迫真の演技で一つまた一つと悪事を重ねる畔倉の悪行三昧が舞台で再現される。

    ここまでの、内容を見て「えっ、悪い人の話なの?」とドキッとした人もいるかもしれない。落語のイメージからか「悪」をテーマにした作品が講談にあることはあまり知られていないかも。

    極悪人を描いた作品としては、映画『ジョーカー』が記憶に新しい。貧しくも人を笑わせるコメディアンとして働く青年の、人生の歯車が少しずつ狂い、徐々にダークサイドへと落ちていく様を描いた作品である。『ジョーカー』は上映が始まった当初から、この世界の「生きづらさ」を感じている人々の心に触れ、数々の賞を奪っていった作品となった。

    悪人は法やモラルを破壊していく、でも破壊した先に、人間の業や性を暴き出す。だから、私たちは惹きつけられる。講談は落語とは違い、必ずしも笑いを必要とせず、ひとりの人間の人生の痛みも悲しみも描き出す。

    『畔倉重四郎』には、畔倉の悪事の影に気が付き、仇を討たんとする人物たちが登場する。そのうちの一人が盲目の男、城富である。畔倉とは正反対の、悪に憤る純粋さが魅力的な人物だ。

    この物語は、思うがままに生きていくように見えた極悪人の畔倉がどのように法にからみとられていくのか、様々な困難に光を奪われたはずの城富たちがどのようにして道を切り開いていくのか、複数の登場人物たちの人生が交差して、全19席終わりまで飽くことなく楽しませてくれる構成になっているのである。

    伯山は、黒い計略を巡らせる畔倉の顔も、無情な行いに悲しみ憤る城富の顔も、死の恐怖にすべての希望を奪われる人々の様子も、見事に演じて分けてみせる。一人で語っているにもかかわらず、まるで壮大な舞台を見ているかのようだった。

    畔倉をいよいよひっ捕らえんとする場面では、「御用だ!」と叫ぶ役人と、壮絶な形相で彼らを切りつけて逃げる畔倉の大立ち回りを舞台上に出現させ、騒然とした追走劇が今まさに目の前で起きているかのように、たった一人で演じきった。

    『神田伯山ティービィー』では、2つの公演のエンディングが公開されている。伯山は公演ごとに違う工夫を凝らしており、大筋は同じでもセリフや演出を変えている。そのおかげで、それぞれのエンディングで印象はまったく違った。伯山の生み出した一夜限りの作品によって、観客は違った感動を持って家に帰っていくのである。

    講談ビギナーの私だったが、これは劇場や寄席で見たい!と思った。『畔倉重四郎』は長編の講談だが、1席目以外は1本30分以内なので、Netflixなどで配信すれば、私と同じビギナーズ(笑)ももっと身近に、講談を体験することができるのではないだろうか。

    神田伯山は、本音をむき出しにして生きる人々を演じきり、コンプライアンスに汲々として生きる私たちの心を奪う覚悟を示した。伯山がこれから、どのように講談界の未来を切り開いていくのか、彼の講談と同じく先の展開はきっと彼次第なのだ。

    神田伯山ティービィー
    「神田伯山」の襲名披露興行の模様を収録し、寄席の楽屋裏の様子が大評判に。その後、伯山の代表作である、『中村仲蔵』『畔倉重四郎』『グレーゾーン』などを公開している。

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    執筆・編集
    303BOOKS編集スタッフ。コーヒーをいれることにハマっているけれど、ブラックコーヒーが飲めず、ミルクをいれたカフェオレしか飲めないことを、ちょっとだけ気にしている。
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    1994年、福岡県生まれ。漫画家、イラストレーター。第71回ちばてつや賞にて「死に神」が入選。漫画雑誌『すいかとかのたね』の作家メンバー。散歩と自転車がちょっと好きで、東京から福岡まで歩いたことがある。時代劇漫画雑誌『コミック乱』にて「神田ごくら町職人ばなし」を不定期掲載中。