時代劇に、キュン!
「大岡越前」の巻
火付盗賊改方長官・長谷川平蔵を主人公とした捕物帳、それが「鬼平犯科帳」だ。原作は池波正太郎。文庫版では24巻まで揃っている。全135作の大作だ。これから読んでみようと考えている方がいるとしたら、じつに羨ましい。何故って、毎回わくわくしながら読んだ、あの至福の時間を味わえるのだよ。素敵なことじゃないか。
さて、二代目・中村吉右衛門が主演したテレビ版の「鬼平犯科帳」は、1989(平成元)年7月に始まり、2016(平成28)年12月に二夜にわたって前後編で放送された「鬼平犯科帳スペシャル」をもってシリーズ終了となった。じつに28年間、全150作におよぶ、大人気シリーズの時代劇だった。
勇ましいオープニング曲とともに、颯爽と登場する吉右衛門さんは、本当にカッコよかった。私は毎回、オープニングからエンディングまで、きちんと観ないと気がすまなかった。CM中にうかうかしていると本編を見逃すことになるので(まあ、ほんの少しなんだけど)、1時間(スペシャルなら2時間ね)集中して観ていたものだ。
そもそも、“鬼平”というのは盗賊たちが付けた呼び名だ。“鬼の平蔵”、略して“鬼平”だ。長谷川平蔵は、江戸市中にその人ありと言われた火付盗賊改方の長官で、容赦ない取り締まりで盗賊たちをビビらせていた。時代は、松平定信が老中職に就き、“寛政の改革”が行われた頃だ。
平蔵を中心に、火付盗賊改方の役人や密偵たちがさまざまな盗賊たちと対峙し、難事件を解決していく。そのチームワークと平蔵に対する絶対的な信頼、それがこの時代劇のいちばんの魅力といっていいだろう。
ここで、登場人物をざっくり紹介しよう。
長谷川平蔵は、もちろん中村吉右衛門(実父の八代目松本幸四郎〈初代松本白鸚〉もかつて同じ役を演じていた)。火付盗賊改方は、与力・佐嶋忠介(高橋悦史)、同心・酒井祐助(篠田三郎・第1シリーズ)、木村忠吾(尾美としのり)、小柳安五郎(香川照之・第1シリーズ)、沢田小平次(真田健一郎)などなど。密偵は、小房の粂八(蟹江敬三)、伊三次(三浦浩一)、おまさ(梶芽衣子)、大滝の五郎蔵(綿引勝彦)、相模の彦十(三代目江戸家猫八)ら。そして、「軍鶏鍋屋・五鉄」の亭主・三次郎(藤巻潤)。最後に、平蔵の妻・久栄(多岐川裕美)。レギュラー陣はざっとこんなところだが、毎回毎回、ゲストも豪華だった。ベテランの役者でも、盗賊の首領を演じるのは楽しいように見受けられたものだ。
登場人物一人ひとりの性格というか、それぞれの個性が丁寧に描かれているので、観ているほうも自然と肩入れしたくなってしまう。レギュラー陣のなかでも、木村忠吾(尾美としのり)は、平蔵にも「うさぎ」と呼ばれて可愛がられている。なんでも有名な菓子舗の「うさぎ饅頭」に似ているからというのがその理由らしい。つるんとした顔で、ちょっと仕事に手を抜く感じとか、女遊びが好きなところとか、とにかく憎めないのがイイ。
密偵たちも皆、いい味を出している。密偵と書いて「いぬ」と呼ぶ。池波さんの創作語らしいが、言い得て妙だ。盗賊稼業から足を洗い、元の盗賊仲間をお上に売る。それが密偵たちの仕事だ。「いぬ」は盗賊たちが蔑んで使う言葉なのだ。この密偵たちと平蔵との信頼関係の深さが、このドラマ全体を支えている。
おまさを始め、粂八も五郎蔵も伊三次も彦十も、密偵たちは皆、平蔵に心酔している。苦い過去は捨て去った。しかし、その過去の仲間たちを見つけたら、お上に売らねばならない。信頼関係がなければ出来ることではない。
私が好きな回に「血頭の丹兵衛」(第1シリーズ・第4話)という話がある。
江戸と地方を行き来しながら、盗みと殺戮を繰り返す集団がいた。その正体は、血頭の丹兵衛(日下武史)の一味と思われていたが、ある日、伝馬町の牢屋にいた小房の粂八(蟹江敬三)が、一連の凶行は丹兵衛の偽者の仕業に違いないと平蔵に訴える。丹兵衛には「人を殺さず、貧乏人からは奪わず、女は犯さず」の掟がある。かつて手下だった自分に、偽者を捕まえる手伝いをさせてほしい。そんな粂八の願いを聞き入れた平蔵は、粂八を解き放ってやる。同じ頃、江戸の町に「丹兵衛」を名乗る者が現れ、誰も殺さず、いつ盗みに入ったのかもわからない、まるで煙のような仕事をしてのけた。本物の丹兵衛に違いないと胸を躍らせる粂八。島田宿に丹兵衛一味の消息を聞き、探索を続ける粂八は、急ぎ働き(これも池波さんの創作語)で殺しも厭わない、そんな外道になり果てた丹兵衛に遭遇する。平蔵の采配で丹兵衛一味は捕まえたが、泣いて悔しがる粂八。江戸への帰途、平蔵は粂八に密偵にならないかと持ち掛ける。と、そこへ粂八の昔の顔なじみが現れる。蓑火の喜之助(島田正吾)という老盗だ。
喜之助は最近やった盗みの仕事を楽しそうに話す。「血頭の丹兵衛」を名乗った例の盗みだ。彼も粂八と同じように丹兵衛の名誉を思ってやった仕事だったのだ。その自慢話を、煙管を口にしながら楽し気に聞く平蔵。平蔵には喜之助を捕らえる気など毛頭ない。
「その気になったらいつでも江戸に来い」と言って去る平蔵を、走って追いかける粂八。嬉しそうに笑いながら…。
ラストはもちろん、ジプシー・キングスの「インスピレイション」だ。映像は、江戸の四季折々の風景で、江戸庶民の暮らしぶりが描かれる。このエンディングは、シリーズを通して、ずーっと変わらなかったなあ…(しみじみ)。
ああ、長くなってしまった…。でも、まだまだ言い足りない…。
ということで、次回へ続く。