独自のガレージ・アニメの世界を掘り下げた前回と打って変わって、今回は人形アニメーションの魅力に迫ります。ちょうど佐藤さんが制作した最新のアニメーションが公開されたので、まずそれを観てみましょう。
ガレージ・アニメ“マウスマン”と佐藤亮の世界
「アートアニメーション」ってなに?
1年でこんなものがつくれるんだ
最新作“I SEE YOU”、すごい力作ですね! TVで放送されていても違和感ないと思います。人形アニメーションではないですが、昔好きだった『ウォレスとグルミット』シリーズを思い出しました。今回はどうして「怪奇現象」をテーマにしたんですか?
ありがとうございます。そもそもがトリック映像であるストップモーションアニメにおいて、「動かないはずのものが動く、出たり消えたりする」という怪奇現象の表現はうってつけです。この点が「存在しないものを動かす」CGアニメやドローイングアニメと大きく違うところです。
人形やセットももちろんですが、演出や音響、音楽などもとてもハイクオリティでした。今年の吉祥寺アニメーション映画祭では賞を取ったとか。
これまでの作品の良かったところと初めてのことを盛り込み、自主の人形アニメでは最後のものとして制作しました。「もう1つ作って有終の美を飾りなさい」と言ってくれた真賀里文子※先生の期待には応えられたと思っています。
※真賀里文子=人形アニメーター、演出家。映画やTVコマーシャルにとどまらず、教材制作などにも携わり、これまで制作した作品は1000本を超える。
人形アニメーションに興味を持ったのはなぜなんでしょうか?
まず、「アート・アニメーションのちいさな学校」では、平面アニメーションのコースにいました。
そこでアニメーションをつくり始めたんですよね。
はい。1年でコースが終了したあと、学校の事務で授業の準備などしていました。そのときに人形アニメーションに触れ、衝撃を受けたんです。
始めから人形アニメーションに興味を持っていたわけじゃなかったんですね。具体的に、どんな衝撃だったんでしょう?
まったくの未経験で学校に入ってきた人が、1年でちゃんと作品をつくり上げていたことです。たった1年でこんなものがつくれるんだと。2年目の人はさらに技術を向上させてすばらしい作品をつくっていました。
YouTubeで生徒さんの作品が観られますが、どれもあたたかみがあって、TVで放映されていても違和感のないようなしっかりした作品ばかりです。
それで、もうこれはやってみるしかないと。これだけ機材や場所が揃っていて、やらないのは人生の損になりますから。
ひとりではつくれない
「アート・アニメーションのちいさな学校」は日本で人形アニメーションを学べる唯一の学校なんですよね。今までで何作くらいつくったんでしょうか。
これで6作目ですね。
前回のマウスマンに比べるとかなり少ないですね。
人形アニメーションはつくるのにとても時間がかかります。1年で1作というペースでつくってきました。
そんなに時間がかかるんですね。
24fps※ですから、1秒撮るのに24回の撮影をしなくちゃいけません。1日に4秒くらいしか進まないんですよ。さらに、セットや人形の制作、照明、カメラのセッティング、編集などもあります。
動画において、1秒間にいくつのコマを表示するかの単位。フレームレートと呼ばれ、数値が大きくなるほどなめらかな動きになる。TV番組などは30fps、映画は24fpsでつくられることが多い。frames per secondの略。
たった4秒!? 気が遠くなるような作業です・・・。
Netflixで公開されていた『リラックマとカオルさん※』は12fpsで制作されていたので、今回の作品でその手法を取り入れようとしたら、逆に難しいことがわかって・・・。コマが少ない分、動きの軌道をきれいにしないと違和感が出てきてしまうんですよね。
2019年4月にNetflixで公開された人形アニメーション。「アート・アニメーションのちいさな学校」関係者も制作に関わっている。
それだけ作業が多いと、マウスマンとは違った難しさがありそうです。
まず、人形アニメーションをひとりでつくることはできません。プロだと分業も多く、人形づくりだけをする人もいます。
チームで制作を進めるわけですね。
はい。技術的なこと以外にも、メンバーのスケジュール調整だったり、モチベーションだったりと、チームでやる難しさを感じましたね。
先生たちとの出会い
人形アニメーションを始めたのには、講師の先生方のおかげもあります。
平面のアニメーションでも、講師の久里洋二さんに影響を受けたとおっしゃっていましたね。
そうですね。人形アニメーションだと、人形の作り方を教えてくれた山本真由美※さん。日本の人形アニメを発展させてきた人形作家・保坂純子さんのお弟子さんでもあります。そして何より、アニメーターの真賀里文子さんの人柄に惹かれました。
※山本真由美=人形作家。舞台や映画から、CM、広告、アニメーションなど、幅広く活動している。
人柄、ですか。
真賀里さんは人への興味、愛情であふれていて、その思いを人形に込める事に情熱を注いでいる方です。animateという言葉は、生命を吹き込むという意味があります。その技術を次の世代に繋げたいと強く思っている人なんです。
アニメーションに限らず、すばらしい作品には、対象物への興味や愛が感じられるものですね。
そんな真賀里先生の言葉でいちばん印象に残っているのが、「人形アニメーションはコマとコマの間に愛と憎しみがこもっている」というものです。
コマの間って、ほんの一瞬ですよね。
そうなんです。でも、人形アニメーションの撮影では、このコマとコマの間に僕らが動き、いろんなドラマが起こるんです。
まさに、人形アニメーションの世界で長く作品をつくり続けてきた方ならではのすごみを感じます。
この方がいなければ人形アニメーションを始めることはありませんでしたし、6年間も人形コースで作品をつくり続けることもなかったと思います。
思いがけない出会いが、佐藤さんのアニメーション人生の新しい扉を開いたんですね。最終回である第4回は、303 BOOKS『そらごとの月』『ほんとうの星』のPVと、今後のことについてお聞きしたいと思います。