LGBTQ+「常識」を疑ってみる 中里虎鉄

世間の当たり前に『IWAKAN』を

この記事は約10分で読めます by 笠原桃華

例えば「男女」。
なぜ男が先で、女が後なのか?「女男」じゃいけないのか?
日常生活におけるこうした違和感を、私たちは見過ごしてしまいがちです。私たちが“違和感”に直面した時、もし立ち止まってみんなで考えることができたなら…。雑誌『IWAKAN』は、そんな議論の場を作ってくれます。
今回のインタビュイーは、自身の性を「ノンバイナリー」であると位置付ける中里虎鉄さん。フォトグラファーとしても活躍し、雑誌『IWAKAN』の編集者でもある、現在進行形の注目アーティスト。第3回では、中里さんが携われている『IWAKAN』についてお話をうかがいます。

中里虎鉄なかざと こてつ)
1996年、東京生まれ。フォトグラファー、エディター、コンテンツ制作など、肩書きにとらわれず多方面に表現し続けたいノンバイナリーギャル。出版社勤務を経て、独立。Creative Studio REINGから刊行された雑誌『IWAKAN』の編集制作も行う。自身のジェンダーやセクシュアリティにまつわる経験談や考えを発信している。
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雑誌『IWAKAN』

第1話で、ご自身のジェンダーアイデンティティやお仕事についてお話をうかがいました。今回は、昨年10月にスタートされた雑誌『IWAKAN』についてうかがってもよろしいでしょうか?

常松

はい! お願いします。

中里

『IWAKAN』ではどんなコンテンツ発信をされているのですか?

常松

世の中の当たり前に“違和感”を問いかける、というのがコンセプトになっています。毎回テーマを決めていて、最初の特集は「女男」、最新刊のVolume 02では「愛情」を特集しました。

中里
『IWAKAN Volume01 | 特集 女男』創刊記念展示会

Volume 01は、「男女(だんじょ)」じゃなくって、「女男(じょだん)」なんですね!おもしろい。一見しただけでは気づきませんでした。

笠原
『IWAKAN Volume 02|特集 愛情』
社会が作り上げた恋愛のルールに違和感を感じる私たちによりそうために、規範的なジェンダーやセクシュアリティ、またはバイナリーにとらわれない愛のあり方を考えてみる一冊です。恋愛のゴールは結婚、他者に愛し愛されることが幸福、愛は一途で不変であるべき、証明できる愛こそが正しい…。愛は自由なはずなのに、何故こんなにも多くのルールに縛られなくてはいけないのでしょうか? 今号では、恋愛という当たり前に、さまざまな角度から“違和感”を問いかけています。発売日:2021年3月26日(金)。

刊行のきっかけは何かあるんでしょうか?

常松

中学生のときから「雑誌をつくりたい」という気持ちがずっとあったのと、国内唯一の商業ゲイ雑誌『SAMSON』の休刊してしまったというのがきっかけで、今だって思いました。

中里

編集はそこではじめて?

常松

1回出版社で働いていたんですけど、そこが作っている雑誌の発信していることと、自分が普段発信しているアクティビズムが結構違くて、葛藤があったんです。普段自分は「らしさ」からの解放を発信しているにもかかわらず、仕事でつくっている雑誌では既存の「女性らしさ」とか「男性らしさ」をゴリゴリに誇張・増幅させていくようなコンテンツを制作していることが多かった。何かそのギャップがしんどくて、辞めて。それからフォトグラファーをはじめて、雑誌も自分でやるようになった…って感じですね。

中里

なるほどね。紙媒体にしたのは雑誌が好きだったから?

常松

書店に並ぶ、その風景自体を変えたかったというのがあります。

中里

それで、今は自分たちの雑誌が「男らしさ・女らしさ」を押し出している雑誌と一緒に店頭に並んでいる、と。日常の景色を変えていく第一歩だったわけですね。

常松

違和感を行動に移す、当事者性

『IWAKAN』の次の号っていうのはもう決まっているんですか?

常松

はい、9月上旬に3号目を出す予定です。

中里

じゃあ今もう結構制作も佳境みたいな。

常松

そうですね。きてます。

中里

内容について、話せる範囲でなにか教えていただけますか?

常松

3号目は「政治」がテーマです。

中里

おお。選挙ありますもんね。

常松

はい。衆議院選挙を控えているっていうのもあって、まぁ、自分達が投票に行くということを若い人たちにしっかり促していきたいっていうのもあります。あとは選挙に行くことだけが政治活動ではないということもみんなに知ってほしい。まず自分達が、もう生きている時点で“政治の主体である”って僕達は考えているんです。その「政治」っていうものと、あと「ジェンダー」と、「オーナーシップ」。これが軸になると思います。

中里

うんうん。

常松

今って、政治家に自分たちの未来を任せたりとか、託しているところがある。それで「あの人たちがやってくれないから」と不満をもらしてる。確かにもちろん、政治家がしっかりと国民の声をちゃんと聞いて、それを反映させなきゃいけないんですけど、でも自分たちで社会運動を起こしたりとか、発信したりとか、そういう活動でも社会っていうのは変えられるはずだよね、っていうのを伝えたいと思っています。

中里

ほ~。いいですね。選挙以外の、選挙じゃない部分も考えていこうと。

常松

そうですね。6月はプライド月間じゃないですか。この期間中になると、いろいろなブランドやメディアが積極的にLGBTQ+のサポートをしてくれたり、あるいは僕たちの存在をしっかりと伝えるために、いろいろな企画だったりとかコンテンツをつくってくれます。やっぱりこうそういう動きって絶対に必要だと思っているし、それがあることでこの期間だけはしっかりと僕たちの存在を可視化する取り組みをされていますよね。これももちろんすばらしいことだと思うんですけど、でも僕たちは今この期間だけ生きている存在ではない。僕たちは常に生きているんですよ。

中里

うん。

常松

政治もそれと同じで、選挙と選挙の間っていうのもできることはある。
選挙に繋げるために何かできることってもっとあるよね、っていうのをみんなと考えていきたい。それと同時に、やっぱり選挙期間だけでなくてそれ以外の期間もずっと継続的に関わっていかなくてはならないと感じています。例えば、「社会課題にかかわる当事者の声」っていうのは、やっぱり作り手側は取り入れていかなきゃいけないと思う。非当事者、当事者性をあまり持っていない人達だけで、そうしたイシューを取り扱ってしまうと、やっぱり抜けもれがすごく多いな…っていうふうに僕は感じていて。

中里

確かに「当事者性」ってすごく重要だと思います。物作りする中では特に大事だと思います。

常松

だから、『IWAKAN』では当事者性を持って活動しているアクティビストやコンテンツをつくっている人たちと一緒に作っていくっていうのを意識しています。

中里

熱いですね…! 9月か…。

常松

間に合えー!って思っています(笑)

中里

確かにね。選挙がギリギリ後ろ倒しだといいですね、前倒されると困っちゃう。

常松

そうそう。そうなんですよ。

中里

でもさ、こう、現実には政治家の心無い発言とかもあるじゃないですか。彼らはどういうつもりで言ってるんだかわからないけど…。うちの社員が書いたコラムがあって、その子は理系の子なんですけど、動物の図鑑をずっと作っていたんですよ。だから、人間だけじゃなくて「生物にとっての性」っていうことに対して、情報いっぱい持っているんです。

常松

「正しくない」生きものはいない 〜プライド月間に贈るどうぶつ豆知識〜

ペンギンはこうである、カクレクマノミはこうである、っていうコラムなんですけど、ちょっと引用しますね。「動物の世界には実際にさまざまな愛や性の形があります。そしてヒトを含めたどんな生きものでも、子供をつくる個体も、つくらない個体もいます。男女でパートナーをつくらない人や、子供をつくらない人がいるからといって、それが生物学に反していることはありません。また生物学は、生きものの生き方を正しい、正しくないと決める学問ではありません。このような発言はまったくおかしなことです」って書いてあるんです。

常松

最高それ!(笑)

中里

そう、すごくイイこと言うじゃんと思って。自分のやってきたことを活かしてね。

常松

うんうん。

中里

人間だからこうしよう、じゃなくて、「アンタたちはまちがっているよ」と、生物を代表として言うぞと(笑)

常松

ヤバ(笑)

中里

そうそう。でも無知であることって、すごくやっぱりカッコ悪いですよね。それで人に対して失礼なこと言ってさ。本当はわかっている人もいっぱいいるのに、何かそういう無知な人があんまり上の方でがんばっちゃうと、言いたいことがあっても言えなくなっちゃう人だっていると思うんですよね。

常松

そうですね。

中里

本当ならいい関係になれるはずの人たちが、そのせいでつながれなかったりする。だからやっぱりそのへん、僕としても自分のできることをやっていきたいなとはすごく思うんですよね。企業がものづくりする上で”性”についてコンサルというか、アドバイスを受けるのは当たり前になるような気がしますね。

常松

本当にそうですね。

中里

その視点がないものづくりなんてなくなっちゃうんじゃないかというか、ありえないというかね。

常松

何か、バレますしね。当事者コミュニティからしたら、これが自分たちのコミュニティやカルチャーを搾取・盗用してるかどうかなんて、もうすぐわかっちゃう。別に、プライド月間だから~とかいって某ブランドの「GAY」って書かれたTシャツなんか、誰も買わないからみたいな。そんなものを僕たちは別に欲しくないし~、とか思ったりしますね。

中里

『IWAKAN』と、その先

『IWAKAN』というメディアを作っていく以外のところで、今考えている事とかってございますか?

常松

考えていることっていうのは。

中里

はい、こういうことがやりたいなとか。もしくは現在進行形でやっていることだとか。

常松

そうですね…、『IWAKAN』をつくる動機の一つに、今自分達が当たり前だと思って見ている“社会の景色”を変えたいと思った…というのがあって。だから、既存の雑誌と一緒に、ちゃんと書店に並ぶ雑誌を作りたかたんです。それで、ジェンダーニュートラルなアンダーウェアを作ったり、コミュニティーベースで色々なプロダクトや広告、社会の改革になるようなコンテンツを作っているクリエイティブスタジオREINGから同じ思いを持ったメンバーとともに雑誌を作りました。

中里

でも、その気持ちは雑誌だけで達成されるものじゃない。自分たちが当たり前のように生きていく景色の中に、自分達の存在だったりをしっかり出していきたいっていうのがあります。それは本当に、街中の広告かもしれないし、テレビ番組かもしれないし、CMかもしれない。何かそういった身近なところ、誰もが目にする日常に、当事者性を持ったものを提示していきたい。当事者やそのコミュニティを搾取したり、利用するといったカタチではなくて、本当の自分たちの声が入ったコンテンツを作っていきたいなと思っていますね。

中里

なるほどね。

常松

まだ全然そこに対する活動っていうか、具体的にお仕事とか出来ているわけではないんですけど。でも少しずつ写真のお仕事を少なくしていくつもりなので、ちょとずつシフトしていきたいなと思っています。

中里

なにか現時点考えていることとかはあるんですか?

常松

今はいろいろなコンテンツが次から次へと新しくできては消えていくじゃないですか。でも、何かこうブームとかムーブメントで終わらないようにしたいんです。本当に持続的に伝え続けられるようなブランドだったりメディアっていうのをつくっていきたいなっていうのはありますね。

中里

うーん、確かに。さっきのブランドのTシャツの話もそうですけど、LGBTQ+を、なんていうか、一時的なお祭りのようにとらえているというか…。

笠原

現状では、制度やキャンペーンを決めている人達が当事者性を持っていない場合がほとんどだと思います。「そりゃ、いい制度になるわけないじゃん」みたいな。女性のための法律も同じで、何で男性が決めているのかっていう。今の政治界にその当事者性を持った人たちが少ないっていうのは、すごく問題だと思う。

中里

女性の政治家・管理職自体、いまだに少ないですからね。

笠原

本当にこれは女性だけじゃなくてLGBTQ+もそうで。でも現実には、政治界に入れる人達っていうのは、色々な特権・権力を持つ人がほとんどじゃないですか。そういう中に、当事者性を持った人達が入っていくのはすごく大きなリスクやハードルがあって、長い時間をかけて今後チャレンジしていかなければならない部分だと思います。そのハードルを乗り越えるために、「当事者性を持った人以外」の人の力も必要で。だから長期継続的に発信できる基盤が必要だと思っています。

中里

次回、第4回は中里さんの今後についてうかがいます。

「次の世代に渡すつもりでいちゃダメ」

CREDIT

クレジット

執筆・編集
長野で野山を駆け回り、果物をもりもり食べ、育つ。好奇心旺盛で、何でも「とりあえず…」と始めてしまうため、広く浅いタイプの多趣味。普段はフリーで翻訳などをしている。敬愛するのは松本隆、田辺聖子、ロアルド・ダール。お腹が空くと電池切れ。
聞き手
303 BOOKS(株式会社オフィス303)代表取締役。千葉県千葉市の埋めたて地出身。バイク雑誌、パズル雑誌を経て、児童書の編集者になる。本は読むものではなく、つくるものだと思っている。