脳梗塞になっちゃった!#5

おいしいー!

この記事は約4分で読めます by 楠本和子

こんにちは。楠本です。
「脳梗塞になっちゃった!」第5話です。個室から大部屋へ引っ越し、和子さんの入院生活は次のステップを迎えます。入院経験がある方もない方も、なるほど…と思っていただけるようなお話かもしれません。さあ、この後、和子さんはどうなっていくのでしょうか。

入院2日目、病室を移動した。

今度の病室は4人部屋で、1人分のスペースが車椅子や担架の保管場所になっていた。

大きな窓のある部屋の一角に、和子さんのベッドがあった。テレビ台とミニ冷蔵庫と簡易クローゼットをセットにしたつくりの家具が置いてある。病室用だと一目でわかるが、これがなかなかよく出来ている。荷物の整理も出来るし、ちょっとした洗濯物を干してもいい。窓際には、キャスター付きの細長い机が置いてある。ここで、食事をとったり、書き物なんかもできる。窓が大きいので、とても明るい。

そう、食事だ。

入院して初めての食事が出た。すっかり忘れていたが、昨夜から何も食べていないので、お腹がすいていた。もう昼食の時間だった。トレーに載せた昼食が、和子さんのもとに運ばれてきた。「食事は初めてですか?」「はい」。そう答えた和子さんの目は輝いていた。

長机に運ばれてきたのは、ごはんと煮込みハンバーグ、酢の物、大根のそぼろ煮、オレンジなどが載ったトレーだった。にんじんのグラッセまで付いている。

「おいしいー!」。思わず口に出た。空腹の和子さんは、パクパクとあっという間に平らげてしまった。夜には、キンメダイの塩焼き、里芋の炒め煮、ほうれん草のおひたし、パイナップルが出た。

S病院の食事は本当においしい。和子さんは、毎日、食事の時間が楽しみだった。和洋中のバランスもいいし、朝食には必ず牛乳も付いていた。入院は2週間ほどだったが、ちっとも飽きなかった。

担当の看護師さんは、毎日入れ替わった。朝、交代があって、一日中付き合ってくれる。もちろん夜中もだ。小柄な人、背の高い人、貫禄がある人、ちょっと年配の人など、いろいろなタイプの看護師さんがいた。みんな親切で優しくて明るかった。和子さんの苗字を覚えられなくて、楠木さん、榎本さん、橋本さん…と間違い続ける看護師さんもいた。

看護師さんが来るときは、検温と、血圧と、血液中の酸素飽和度の測定がセットになっていた。酸素飽和度は、一時期コロナのニュースでも取り上げていた、パルスオキシメーターというのを指先にはさんで見るのだ。和子さんも看護師さんに質問したのでよく覚えている。

…で、これが日課なのだが、血圧測定はいつも辛かった。血圧が高すぎると、血圧計のポンプを最大限に握って、ぎゅうっ…と絞らないと測れないのだ。和子さんは「くーっ」と我慢する。

看護師さんは「痛いよね~、痛いよね~、ごめんね~」と言いながら絞り続けるのだ。上の血圧が200を超えたら、担当医師に連絡して指示をあおがなければならないそうで、数値が「190」とかだと、和子さんも一緒になって「セーフ!」と言って笑いあったりしていた。でも、おかげで、和子さんの上腕には、赤いひび割れのような筋がいっぱい入ってしまったのだった。

3日目からは、朝食の後に、リハビリの時間が入るようになった。

看護師さんに付き添われて、別棟のリハビリルームへ向かう。病院内は広くて廊下が長く、どこも似たようなつくりだ。随分遠かったので、和子さんは「一人だと、絶対、迷子になるな」と確信していた。

リハビリルームには、数人の患者さんと先生たちがいた。患者さんはみんなお年寄りだ。平行棒につかまったまま、一歩も動けないおばあさんがいる。中央の机に向かって座り、一心にテキストの文字拾いをしているおじいさんもいる。若い人が全然いない……。

そのとき、壁際に並んだパソコンで作業をしていたN先生が振り返り、和子さんの名を呼んだ。

前の日にも一度会ったが、N先生は見れば見るほど綺麗な人だ。おまけに、ハスキーボイスが魅力的だ。N先生に言われて、平行棒の横に置いてある椅子を使って、座ったり立ったりを50回繰り返した。うっすら汗ばんだが、動けるとわかって、ちょっとうれしい。  

その後、自転車こぎを10分やったのだが、息が上がって苦しくなってしまった。心拍数が半端なく上がり、和子さんはN先生に「すみません…苦しくて…休んでいいですか…」と訴えた。すぐさま和子さんの手を取ったN先生は、マットに横になるよう促してくれた。マットに寝転んで息を整えている間、N先生も横に座り、ずっと和子さんの手首を握っていた。触った感覚で状態がわかるらしい。

N先生の体温を感じつつ、不思議な安堵感のなかで、和子さんの呼吸は徐々にゆるやかになっていった。

#6 早く退院できるように…

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クレジット

執筆・編集
神戸市の生まれだが、東京での生活のほうが随分長くなった。編集者の端くれとして日々暮らしている。生来の医者嫌いだったが、今回の入院で考えを改めるに至る。お世話になった方々に、ただただ感謝。
    イラスト
    1994年、福岡県生まれ。漫画家、イラストレーター。第71回ちばてつや賞にて『死に神』が入選。漫画雑誌『すいかとかのたね』の作家メンバー。散歩と自転車がちょっと好きで、東京から福岡まで歩いたことがある。江戸の消防と建築を研究中。