こんにちは。楠本です。
「脳梗塞になっちゃった!」第3話です。ついに、その時が来ました。入院です。しかも脳梗塞です。信じがたいことですが、本当なのだから、どうしようもありません。和子さんが、初めての入院で何をどう経験したのか、どうぞご覧ください。
脳梗塞になっちゃった!
突然、蛇口をひねったように…。
慌ただしい一週間だった。締め切りの迫った仕事を持ち帰り、土日・祝日も作業をしていたので、和子さんは、紹介された病院になかなか連絡できないでいた。
そして、2月13日がやってきた。抱えていた仕事もようやく一段落し、後回しになっていた作業に取り掛かったところだった。
午後3時ころだったか、何か疲れを感じ、コーヒーでも飲もうかと思った。立ち上がって給湯室にいくと、KB氏がいたので声をかけようとした。ところが……。
「あの、なんか呂律が回らないんだけど…」とたどたどしく発声する和子さん。KB氏が怪訝な顔で見る。「ろ・れ・つ・が・ま・わ・ら・な・い・って、やばい?」と懸命にしゃべろうとしたが、左あごが下がって、よだれが出そうだ。
そこから、KB氏、OGUちゃんの連携は早かった。異変を聞きつけたOGUちゃんは病院に連絡した。先週、救急で運ばれたK病院だ。診察券があるという理由で、電話口の相手を説き伏せ、脳神経専門の医師につなげと言っている。
そうして、診察の権利をごり押しで奪ったOGUちゃんとともに、タクシーに乗り込んだ和子さんは、「今日は、日差しが暖かいなあ」とぼんやり思っていた。そんな和子さんを尻目に、「早いほうのルートで」「できるだけ急いでください」と、タクシーの運転手さんに焼きを入れるOGUちゃんが頼もしい。
K病院は大病院だ。受付を2、3、移動させられたが、無事、医師の元にたどり着いた。
軽い問診のあと、ベッドに横たわり、採血される。和子さんの腕は昔から看護師さん泣かせだ。超がつくほど血管が出にくいのだ。看護師さんが二人がかりで和子さんの腕と格闘して、ようやく採血が済んだ。「ごめんなさいね~」と言い続けた看護師さんは、もう汗びっしょりだ。
このときも血圧はかなり高かったようだ。200を軽く超えていたのだろう。医師とのやり取りのなかで、「CTは問題なさそうなので、念のためMRIも撮りますが、たぶん、入院しないでも大丈夫でしょう」というお墨付きをもらって、和子さんは喜んでいた。
その後のMRI検査の結果、「脳梗塞が見つかりました。入院しましょう」と宣告された和子さん。
「が、が、がーーーーん!!!!」。ほんとうにショックだった。頭が真っ白になった和子さんの横で、毅然としたOGUちゃんが次の段取りをしっかりと聞いていた。
結局、ベッド数が足りないということで、提携先のS病院へと転院が決まった。救命士さんたちに車付きの担架に結わえ付けられ、病院の外へと運ばれた。夜の風が冷たい。
OGUちゃんが付き添っていてくれる。ほんとうにありがたい。こんなとき、一人ぽっちの人は、さぞかし心細いだろうと思う。
人生二度目の救急車に乗る。こんなことってあるんだなあ。もう、なりゆきにまかせるしかないと和子さんは思っていた。
救急車は、S病院に着いた。怒涛の夜が幕をあけたのだ。和子さんを翻弄する人々との出会いが、ついに始まった。
救急用だと思われる処置室に運ばれた和子さん。次から次へと人が現れる。同じ顔を見かけない。その人たちに服をはぎ取られ、病衣を着せられ、採血やら、心電図のシールやら、点滴やら、あと、何があったっけ……。もう思い出せないほどの慌ただしさで、ベッドのまま病院の廊下を走り抜け、エレベーターを乗り降りし、CTやMRIの検査を受けた。
その間ずっと天井しか見ていない状態が続いた。和子さんは、自分の目が、主人公の視線を追い続ける、映画のカメラになったような気がしていた。
一日のうちに、CTとMRIのどちらも、二度受ける人は珍しいのではないかと思う。CTのほうは、耐えられないほどではないが音がうるさい。MRIの騒音はとにかくけたたましいといっていい。道路工事中に掘り起こされるアスファルトが受けるダメージといったところだ。K病院では耳栓をしてくれた。S病院ではヘッドホンを装着した。ヘッドホンからは、なんとも哀しげな音楽が流れている。
その曲に心を寄せていると、ふいに、友人のYの顔が浮かんだ。なぜだか突然悲しくなってしまった和子さん。目から涙がこぼれた。拭うことができないので、顔がびしゃびしゃになっていく。MRIから出たら、技師さんたちが驚くかもね……。
こうして、S病院での治療が始まった。そして、この夜、和子さんは、人生最大のピンチを経験することになるのだった。