憧れの出版社に就職できたものの、リモートワークが進んでいて、まだあまり先輩たちに直接会ったことがない、新人営業マン・フジタ。
「もっと本を作っている先輩たちのことが知りたいので、呼び出して話をききたい!」
営業先でのつぶやきが、書店『ペレカスブック』の店主・新井由木子さんにおもしろがられてスタートした、『先輩呼び出し企画』です。
フジタと新井さんが、先輩のお話を一緒に伺います。
絵:ペレカスブック店主・新井由木子
出版社の新入社員が先輩を本屋さんに呼び出して 本のことやその他諸々きいてみる
はじめに
ふたりめにお呼びした先輩は、中根会美さん。
中根さんは出社組なので、ほぼ毎日お会いしています。
お休みの日に一緒に宝塚を観に行ったり、おいしそうな手作りのお弁当を見学させて頂いたり、日頃から本当にお世話になっています
また幕張オフィスの防災担当で、万全な対策を講じてくださっています。
今回は、そんな中根さんが編集者になるまでのお話を伺いました。
ムササビがよく出没し、最寄りの駅までは車で30分。愛知県の「山の上にある村で育った」という中根さん。幼少期、身近にあった文化は、テレビと図書館と、近所の電気屋のおじさんが貸してくれる映画のビデオでした。
「図書館で本を読むのが好きだったので、文系の学部に進みたい気持ちがあったのですが、留学がしてみたかったので、外国語学部に入りたいなと思っていました。外国語を勉強するならフランス語がおしゃれだし、友だちも同じ学科を受験するみたいだし…」
というふんわりした理由で、大学のフランス語学科に進学。
「あんまり人生の設計や目標を考えず、曖昧なまま生きてきたタイプの人間なんです」
3年生になると、ご両親に頼み込んで、ついにフランスへ。
1年半の留学期間中、2つの街で生活した中根さん。はじめに暮らしたのは、パリからTGV(新幹線のような鉄道)で1時間ほどのところにある「ポワチエ」。そして、かつてブルターニュ地方の主都であった「ナント」という街です。
ナントでは「ナント三大陸映画祭」が催されており、期間中は街中で映画を観ることができたそう。
日本とは、映画館のお客さんの雰囲気が違ったことも印象的だったといいます。
「日本はみんな黙って静かに観るという感じだけど、向こうの映画館ではおもしろい場面で手を叩いたり笑ったり、一体感がある。お客さんが反応を前面に出すところが、興味深くて楽しかった」
50ユーロほどのテレビをスーパーで購入し、図書館で無料で借りられる映画のビデオをたくさん観たそうです。
街中でもおうちでも、映画三昧な日々を過ごしていた中根さんが、中でも忘れがたいのが『グッバイ、レーニン!』という作品。1980年代終わりのドイツを舞台に、ベルリンの壁が崩壊したことを母親に気づかせないため、社会主義が続いているよう、必死に装う息子が主人公のコメディ映画です。
「上映中、映画の映像の上へ急に牛の絵が映りこんできて、なんだろう?と思いました。場内もざわざわして。それでも、ずっと絵は映し出されたままでした。途中で、どうやら絵をスクリーンに映すことで、この作品を放映していることに対して抗議している人がいるんだな、とわかりました。全然かっこいいことではないし迷惑行為だけど、私の知らなかった世界の姿だなと感じて、心に残っています」
当時、フランスではストライキが頻発していて、TGVが止まったり、郵便局のお休みがやけに多かったり、自分の声を上げることに躊躇がない国民性は、中根さんにとって新鮮でした。
そのことをフランス人のルームメイトに話すと、「自分の権利を、どうして主張してはいけないの?自分の意見が、何よりも大切じゃない?」と言われたそう。
「私はほかの人との和みたいなものを気にして、あまり主張できないタイプなので、全く考え方がちがうんだな、とびっくりしました」
「外国語を勉強したことが、ひとつひとつの言葉の意味について、立ち止まって考える機会になりました」
その後、日本に戻ったものの、同級生は先に卒業してしまっていて
「漠然と、本や雑誌ををつくる仕事ができたらいいなという気持ちはあったものの、就職活動について、何から考えたらいいのかすら、わからない状態になっちゃってた」
ゼミの先生に引き留められるも「目的もないのに、大学に長く居ても仕方ない」と感じていた中根さんは、9月に学年でたったひとりの卒業式を迎えます。
「とりあえず卒業したからニートになっちゃって、親にもめちゃくちゃ心配されました。焦る気持ちはあったので、とにかく何某かの職につかないと…と、気になった会社へ手当たり次第に応募していましたね。しっかりした準備もなく就活していたので、当たり前なのですが、なかなか採用してもらえませんでした」
そんななか、ようやく建築会社の営業職で内定が出て、ご両親に伝えたところ、
「私がやろうとすることに対して、いろいろ意見を言う親ではないんですけど、『なんで営業が出来ると思っちゃったんだ』って言われて、すごくドキンとしました。確かにそう言われると、私って社交性があるタイプではないし、営業職向きではないよなと」
そこで、改めて、本当にやってみたい仕事ができる就職先をさがしてみようと考えたそうです。
「そうしたら、たまたま「オフィス303」(現・303BOOKS)の求人を見つけたんです。愛知県から出ることは考えていなかったので、少し迷いましたが、編集の仕事がしたいなら東京に行くべきなんだろうな、と思ったので、受けてみることにしました」
そして、無事採用されて上京。
編集プロダクションの編集者として数々の書籍を手掛け、オフィス303が「303BOOKS」に改組されてからは、熊川哲也ArtNovelシリーズの3冊を担当されています。
〈本のこと篇〉では、中根さんが担当された『くるみ割り人形 The Nutcracker』ができるまでのお話をご紹介しています。
自分のタイミングで、大学を卒業、とか!留学とか就職にも、いつもどこか行き当たりばったりのようなハプニングを含みつつ、居場所を変えてきた中根編集者さん。そしてどの場所でも、自分に合うこと合わないことを見つめて答えを出しています。
新しい場所に飛び込むこと・考えて検証することは、様々なテーマの本を次々と作る中根さんの今の仕事と同じ。編集者になったのは「中根さんらしさ」が、そのまま仕事になったことなんだと感じました。
それから、カフェに同行してくれた303BOOKS社長の心平さんが、PC画面から顔を上げずに「何か注文していいよ」と言ったとき「もういただいています」とチーズケーキをモシャモシャしてしていたことが、ちょっとおもしろかったです。
協力:
◆ペレカスブック/pelekasbook
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【MAIL】pelekasbook@gmail.com
【Instagram】https://www.instagram.com/pelekasbookwork/
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