“Family name”は誰のもの?

結婚すれば姓が変わるのは、あたりまえだと思っていますか。 それが自分に起きることと、考えたことがありますか。

この記事は約8分で読めます by 酒井かおる

You are enough = 今のままのあなたでいい。
photo : BichTran

夫婦別姓と憲法判決

6月23日、最高裁大法廷で、結婚に関する一つの判決が出されました。この裁判は、2018年、夫婦別の姓で提出した婚姻届が受理されなかったことに対して3組のカップルが、訴えをおこしたものです。夫婦が同じ姓を名のらなくてはいけないという法律は、憲法14条1項、24条、98条2項に違反していて、不受理の処分は無効と主張しました。

最高裁は、この訴えを棄却しました。15人の判事のうち、11人は、婚姻届の不受理を認めました。ただし、そのうちの1人は、「法が夫婦別氏の選択肢を設けていないことは,憲法24条に違反する」と明確に考えを述べています。しかし現行の法のなかでは、届けを受理はできなかったという意見です。残る3人の判事は、「夫婦同姓」を強制する法律は憲法に違反しているので、市長に命じて、届けを受理させるべきだとの意見を述べています。

まず夫婦同姓を定めた法律です。

民法第七百五十条 夫婦は、婚姻の際に定めるところに従い、夫又は妻の氏を称する。
戸籍法第七十四条 婚姻をしようとする者は、左の事項を届書に記載して、その旨を届け出なければならない。
一 夫婦が称する氏
二 その他法務省令で定める事項

こうした法律に基づき、婚姻届が出された市の市長は、届けを不受理としました。

これに対し、憲法14条1項、24条、98条2項は以下になります。

第十四条 すべて国民は、法の下に平等であつて、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。
第二十四条 婚姻は、両性の合意のみに基いて成立し、夫婦が同等の権利を有することを基本として、相互の協力により、維持されなければならない。
② 配偶者の選択、財産権、相続、住居の選定、離婚並びに婚姻及び家族に関するその他の事項に関しては、法律は、個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚して、制定されなければならない。
第九十八条 
② 日本国が締結した条約及び確立された国際法規は、これを誠実に遵守することを必要とする。

夫婦同姓の歴史と不平等

「夫婦は同姓」の法律が、結婚の自由と平等を述べた24条に反するという主張は、理解できる気がします。「両性の合意のみに基いて成立」するはずなのに、法律はどちらかが姓を変更して、同じ姓にしないと結婚を認めないとしているからです。

では、14条の「法の下に平等」と「夫婦は同姓」はどのように関わってくるのでしょう。これには、歴史をふり返る必要があります。まず、知っておきたいのは、「夫婦は同姓」というあり方は、日本の歴史のなかで、決して古くからあった伝統的なものとは言えないことです。

武士だけが名字を名のることを許されていた江戸時代、武家の女性は、結婚しても実家の姓を名のっていました。明治時代になってまず、1870(明治3)年9月19日に「平民苗字許可令」が公布されます。

ちなみにこのことから、9月19日は「名字の日」とされているのだそうです。

しかし名字をもつことがあまり広まらなかったのか、1875(明治8)年2月13日には、あらためて苗字の使用を義務づける「苗字必称義務令」を出しています。この時点で名字を名のることは、「義務」になりました。そして、翌年1875(明治9)年3月17日には、「妻の氏は『所生ノ氏」(=実家の氏)』を用いること」という、夫婦別姓を定めた太政官(当時の政府最高行政機関)指令が発表されます。

「夫婦同姓」の歴史が始まるのは、1898(明治31)年に、民法が成立してからです。ただし、この法律では夫婦同姓というより、「家の」姓を定めています。

732条 戸主ノ親族ニシテ其家ニ在ル者及ヒ其配偶者ハ之ヲ家族トス
746条 戸主及ヒ家族ハ其家ノ氏ヲ称ス
788条 妻ハ婚姻ニ因リテ夫ノ家ニ入ル 入夫及ヒ婿養子ハ妻ノ家ニ入ル

ちょっとややこしいのですが、まず「戸主(その家の長)」がいます。戸主の親族で同じ家に住んでいる人とその配偶者を「家族」とします。この「家族」は同じその家の「氏」を名のります。そして女性は婚姻によって、夫の「家」に入ります。家に入ることで、自動的にその家の「氏」となるわけです。

つまり一言で言ってしまえば、この民法による婚姻は、圧倒的に男女不平等でした。結婚は結婚する二人のものではなく、女性が男性の家の一員となることを、戸主に認めてもらうという制度だったのです(婚姻には戸主の許可が必要なことも、民法に定められていました)。

この「妻が夫の家に入る」制度が続いたのは、およそ50年。1947(昭和22)年には、戦後の民法がつくられ、最初に紹介した「夫婦は、婚姻の際に定めるところに従い、夫又は妻の氏を称する」に変わります。ここでは、同姓は残しつつ、男女平等にということで、夫婦どちらかの姓を名のるとされました。しかし、現在まで、およそ96%の夫婦が夫の姓を名のっているといわれます。

姓が変わるということ

姓が変わるということは、どんなことでしょう。戦後の民法ができた頃には、女性が姓を変えることに、あまり大きな抵抗はなかったとも考えられています。当時は20代なかばころまでに結婚し、そのまま家庭に入る人が多かったからです。それでも、姓が変わることで、それまでの自分を失うという気もちをもった人も多かったことでしょう。

しかし今では、多くの女性が、結婚前も結婚後も社会で活躍することが増えています。すると、姓が変わることは、多くの不都合を生み出します。例えば、「山田華子」さんのそれまでの仕事の実績は、「川村華子」さんのものと認めてもらえるのでしょうか。「水野裕美子」さんが発表してきた論文は「山本裕美子」さんが書いたものだとわかってもらえるのでしょうか。

姓を変えることの不便を減らす手段は、増えてはきています。職場での旧姓使用、住民票や運転免許、パスポート、看護師などの職業の免許や登録証に旧姓を併記することなどが認められてきています。ただし、これにも限界があり、納税や年金の受給などには、戸籍名しか認められていません。

選択的夫婦別姓

1991年から、法務省で婚姻に関する法律の見直しが行われ、96年には、「民法の一部を改正する法律案要綱」として、希望する人は各自の姓を名のれる「選択的夫婦別姓」についての法案を作成しています。

第三 夫婦の氏
一 夫婦は、婚姻の際に定めるところに従い、夫若しくは妻の氏を称し、又は各自の婚姻前の氏を称するものとする。
二 夫婦が各自の婚姻前の氏を称する旨の定めをするときは、夫婦は、婚姻の際に、夫又は妻の氏を子が称する氏として定めなければならないものとする。

しかし、この案はいまだに国会に提出すらされていません。与党自民党を中心とした、国会議員のなかに、法案提出に反対、つまり法改正に反対の立場をとる人が多いからと言われています。

民法750条が憲法に違反するかと問われたのは、今回が初めてではありません。2015年にも、裁判官15人のうち10人(反対5人)が、憲法には反していないと判断した判決が出されています。このときの最高裁判事のうち、女性は3人、今回の判事は女性が2人でした。姓を変えるのがほとんど女性であること、それを判断するのが多くの男性であること。これも、知っておきたいことの一つです。

ちなみにこの判断をした人たち、最高裁判事ですが、実は私たちとも、しっかり関わりがあります。衆議院選挙のときに、「最高裁判所裁判官国民審査の投票」が行われているのです。選挙の投票用紙のほかに、人の名前を書いた用紙を渡されたこと、ありませんか。それが「最高裁判所裁判官国民審査の投票」のための用紙です。最高裁の裁判官としてふさわしくない、辞めてほしいと思う人の名前の上に「×」をつけます。総務省のサイトによれば、「『×』が記載された票が、何も記載されていない票の票数を超えた場合、その裁判官は罷免されます。」とのことです。逆に×をつけなければ、私たちは、その人を最高裁判所裁判官にふさわしいと認めたことになるのです。

98条2項と夫婦同姓

もう1点、なぜ、夫婦同姓が、憲法98条2項に反するかも、みておきたいと思います。

1979年、国連は「男女の完全な平等の達成に貢献することを目的として、女子に対するあらゆる差別を撤廃することを基本理念」とした「女子差別撤廃条約」を採択しました。条約は81年に発効し、日本も85年に締結しています。その後、国連の女子差別撤廃委員会から、いくつかの勧告が出されています。委員会の目から見て、日本での「女子差別撤廃」がまだ十分ではないというメッセージです。

「学界の女性を含め、女性の雇用及び政治的・公的活動への女性の参画に関する分野に重点を置き、かつあらゆるレベルでの意思決定過程への女性の参画を拡大する」といった要請とともに、改正を求められているのが婚姻に関する法律です。「男女共に婚姻適齢を18歳に設定すること、女性のみに課せられている6カ月の再婚禁止期間を廃止すること、及び選択的夫婦別氏制度を採用することを内容とする民法改正」です。このうち、女性の再婚禁止期間については、2016年に法律が改正されました。選択的夫婦別姓についても、1996年には法改正の準備はできていたものの、こちらは今も変わっていません。つまり、98条2項の「日本国が締結した条約及び確立された国際法規は、これを誠実に遵守」していないという主張です。

変化する意識をとどめようとする法律

差別には、制度の問題と意識の問題があると思います。そして日本の法律、制度は、男女が結婚して、子どもをもち、家族として同じ姓を名のって絆を深める、いまだにそういったイメージを描きつづけているように見えます。それが日本の伝統であり、美徳であると信じている人もいるでしょう。

でも、多くの人の意識は、法が描くイメージに一致しているでしょうか。例えば、離婚をする人もいる。結婚をしない人もいる。子どもをもたない人もいる。同性をパートナーに選ぶ人もいる。シングルマザーもシングルファーザーもいる。法や血縁をこえたところで、家族としての結びつきを育んでいる人たちもいる。カップルにも家族にもさまざまな形があるのに、今の制度は、その一つだけを強調し、守ろうとしているのではないでしょうか。

2015年の判決でも、今回の判決でも、「合憲」との判断をしめしながらも、世論調査などを示して人々の意識の変化にふれ、「国会において、この問題をめぐる国民の様々な意見や社会の状況の変化等を十分に踏まえた真摯な議論がされることを期待する」とされています。さてその国会の状況は……。

知ること、考えることで、意識は変わっていくと思います。そして、制度は、多くの人がどこかおかしいと気づくこと、それを声にしていくことで、変えていくものではないでしょうか。

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緑の多い地域で、今年18歳になる老猫たちと暮らしています。少し体を動かそうと、たまに林や畑のなかを散歩します。家にこもる日々がつづくと、気持ち的にも内向きになりがちなので、少し窓を開けていきたいなと思っています。