引っ越しの邪魔をする、ねこの絵本#4

『くろねこかあさん』

この記事は約3分で読めます by 桑原るみ

引っ越しをするので、本棚の本をダンボールに詰めている。引っ越したあとのことも考えてジャンル分けをしていたら、ねこが出てくる絵本のコーナーができた。大好きなねこたちだ。ちょっとだけなら、と読みはじめて4冊目。

幸せって、なんだろう。
『くろねこかあさん』の表紙の絵を見ながら考えている。

『くろねこかあさん』
東 君平 作(福音館書店)

この本は、10年前に友だちの親戚の小さな子にさしあげた。それなのになぜ今、手元にあるのかというと、また読みたくなって、昨日、紀伊国屋書店に買いにいってしまったから。

引っ越すというのにものを増やしてしまった。代わりに底に穴があいているジョウロを捨てよう。毎朝、儀式のように洗面所からベランダへ、底に手をあて大急ぎでジョウロを運んでいたけれど、新しい部屋では、そんなことはもうしない。

『くろねこかあさん』を10年ぶりに開いて、一見開き目で泣きそうになり、自分でもおどろいた。

 「くろねこかあさん あかちゃんうむよ
  どんな あかちゃん うまれるのかな
  どんな なきごえ してなくのかな」

これから誕生する命への、愛でいっぱいだ。幸せすぎて切ない。おなかの大きな黒ねこが、口元にほんのり笑みをたたえている。次のページにいく前に、ひとまず手を合わせておがんでおく。

二見開き目で、くろねこかあさんには、黒ねこ3匹、白ねこ3匹の合計6匹のあかちゃんが産まれる。子ねこたちは、おかあさんのおちちをのんで、お昼寝して、起きたら泣いて、遊んで、また遊んで…と、とてもにぎやか。

6つ子を育てて大変だなあと思うけれど、くろねこかあさんから大変なようすは感じられない。いつだって、ほわほわとあたたかな安心感を放っているのだ。

カポーティの小説に、こんな描写がある。

「もしも魔法使いが何か贈物をくれると言ったら、僕はあの台所にこもる笑い声だのパチパチと燃える炎の囁きの詰まった瓶、バターと砂糖のとける匂いやパンを焼く匂いで溢れそうになっている瓶がほしいと言おう。」(『草の竪琴』トルーマン・カポーティ 作 大澤 薫 訳 新潮文庫より)

『くろねこかあさん』は、記憶にはなく、実際にあったのかどうかもわからないけれど、人が共通して感じられるような、生まれたてのころの幸せな思いが詰まっている瓶ではないかと思う。

そもそも「お母さん」って、なんだろう。具体的な人物ではなく、女性でも男性でもなく、その言葉にある共通のものって、なんだろうか。

『くろねこかあさん』から感じとった思いをもとに、目をつむって、まずは「絵本」という形式をとりはらってみる。想像の中で、紙がなくなって、絵がはらはらと動く。

次に「くろねこ」をとりはらってみる。それから、口元に笑みをたたえた、くろねこかあさんの顔をとりはらってみる……むずかしい。うーんとうなりながら、極限まで「思い」だけにしていくと……白っぽくてあたたかい光を放っているものが見えた……気がする。

——コレガオ母サンノ正体カ……!

ほしいと思ったときに、その本が買えるのはありがたいことだなあ。読んでよかった。ダンボールにしまいながら、こんなペースで引っ越しの日にまにあうのかなと、ちょっと心配になったけど、くろねこかあさんがいれば安心だ。

『くろねこかあさん』裏表紙

CREDIT

クレジット

執筆
小学校中学年のときに『ひみつの花園』を読んで本が好きになる。まだインターネットが普及していなかったころ、雑誌の『フロムA』を見て当社の学生アルバイトに。以来編集に携わる。引っ越し先は緑が多いので散歩が楽しみ。
    イラスト
    1994年、福岡県生まれ。漫画家、イラストレーター。第71回ちばてつや賞にて「死に神」が入選。漫画雑誌『すいかとかのたね』の作家メンバー。散歩と自転車がちょっと好きで、東京から福岡まで歩いたことがある。時代劇漫画雑誌『コミック乱』にて「神田ごくら町職人ばなし」を不定期掲載中。